7 盗賊、娼婦、名も無きモブ
『世界樹の花嫁』の攻略キャラは五人に隠しキャラの二人。
第一王子アリオス、貴族グラモール卿、司祭ヘルティニウスは顔を合わせたので残りは三人。
そのうちの一人は主人公つきの護衛騎士なので、主人公と共に出て来る事になるだろう。
隠しキャラについてはひとまずおいておく事にする。
なお、主人公がグラモール卿や護衛騎士と駆け落ちでくっついた場合の末路もろくなものではないが、この二つのパターンだとベルタ公まで潰される。
王家の娘である主人公の管理責任を問われた訳だ。
で、そこからいつもの世界樹の花嫁の不在による不作が深刻化していつもの王国崩壊がはじまるのだが、王家の親族たるベルタ公がいないからダイレクトに民の怨嗟が王家に降り注ぐ。
つまり、革命が勃発し王族があらかた断頭台の露に消えるというすてきぶり。
話がそれた。
まあ、残りの攻略キャラに会いに、私は麓まで降りて街に入る。
この手の冒険者の店は外に仕事があるから街を囲う城壁の近くにあると相場が決まっている。
護衛としてセリアを連れているが、正直自分の身は自分で守れるのでヘインワーズ侯の監視を無碍にする事も無いからだ。
しかし、魔術学園の制服姿は人目を引くものらしい。
なんて適当に歩いていたら、歓楽街を発見したのでセリアの制止を聞かずにずかずかと入ってゆく。
おー。
露骨に視線が敵意と鴨が葱背負ってやっていたという欲望に満ち溢れてやがる。
こっちに寄ったのは、盗賊ギルドに顔を出すためだ。
ダンジョン探索において罠等の警戒をするシーフは必須の存在だが、そんなシーフの一人が攻略対象だったりする。
攻略本でこのあたりのマップは頭に叩き込んできたから勝手知ったるなんとやらで、古くて大きないかがわしい屋敷の中にずかすがと入ってゆく。
この屋敷は老男爵の持ち物で、彼から管理を委任されている。
つまりこの屋敷内において、メリアスの法や衛視は仕事ができない。
『屋敷貴族』や『部屋貴族』の主な収入源である。
布地の少ない女性達が男どもに媚を売るお店で、この仕事は主人公が選べる仕事の中で二番目に収入が良く魅力上昇が高い。
じゃあ一番目は?決まっている。その先だ。
「お嬢様。
このような所に社会勉強に来るのはまだ早いと思いますが?」
見張りの男が卑下た笑みを浮かべて近づこうとして、私の笑顔に押されて下がってゆく。
三下程度のチンピラだからやばさが分からないのだろう。
肩にのっているぽちのやばさが分かる連中は即座に戦闘態勢に入っている。
さすが盗賊ギルド。
「おい。
そいつ、獲物だと思って近寄ったら返って食われるぞ」
画面向こうから何度も聞いた声がしたのでその方向に振り向く。
短めの黒髪としなやかな体つきはまさにシーフと言った所。
顔にはあどけなさが残るが、目はしっかりと大人として男として私の値踏みに入っている。
今のギルドマスターの孫という背景を持つ攻略対象キャラに、私は憮然と言葉をなげつけた。
「失礼ね。
かわいく食べられる乙女に向かって」
「普通の乙女は肩に化け物乗せてこんな店に来やしないよ。
ヘインワーズのお嬢様」
さすがは盗賊ギルド。
私の情報は既に入手済みという訳だ。
「知っているならば、話は早いわ。
私は世界樹の花嫁になる為に課外授業でダンジョンに潜る事になるわ。
で、優秀なシーフを探しているのよ」
「俺達底辺には上の争いなんて知らねぇな。
金払いの良い方につく」
「十分。
エリー・ヘインワーズ。
貴方を雇うかもしれない女の名前よ。
覚えておいて」
あえて名前を先に名乗った事で、このイケメン盗賊に名前を名乗らせるようにしむけた。
彼はこちらの術中にはまった事を悟って、苦々しく己の名前を告げたのだった。
「ギルドマスターベルディナッドの孫シド・ベルディナッドだ」
主人公がシドを選んだ場合のこの国の末路も悲惨である。
盗賊ギルドマスターの孫だった彼が主人公と共に西の新大陸に渡った結果、王国の崩壊と義賊的キャラだったシドの不在がアンダーグラウンドの無法状態を加速させる。
そして、周辺の侵攻に対して何も対策が打てずに飢餓が広がった結果、新大陸の穀物を買うために人間を奴隷として輸出するという身も蓋もないオチが。
アフリカの奴隷交易を参考にしたのだろうそれが完膚なきまでに文化や社会を破壊して再建に長い時間がかかるという末路に、いや現実にあったから説得力はあるだろうが誰がここまでしろと言ったおい。
これらが、世界を捨てて己の恋愛をとった結末と言うのだから、そりゃもう叩かれた。
話がそれた。
「すいませーん。
この花一輪くださいな」
歓楽街にある花屋で、銅貨を払って私は世界樹の模造花を買う。
それを見ていたセリアが唖然とするが、ためらうこと無く私はその世界樹の模造花を胸元に飾って歓楽街を歩く。
歓楽街といえば夜が華であり、欲望渦巻くその街で行われる男女の駆け引きはあまた多くの男女を虜にし物語として語られてきた。
更に連れ込み宿を借りて着替え、目的の店での営業活動を開始する。
盗賊ギルドが運営する高級店『夜の花園』。
そこで私は男達に媚を売っていた。
「いらっしゃませぇ♪」
バニーである。
日本のコスプレショップより取り寄せたそれは、正確には燕尾バニーに呼ばれる物で無駄に出来が良い。
なお、こんなコスプレを選んだのは胸元に世界樹の模造花を刺し、燕尾ジャケットのポケットに銀時計を入れられて、大勲位世界樹章と五枚葉従軍章を飾れるからである。
しかし網タイツは凄い。
男の視線が足から外れやしない。
なお、ぽちは壁に張り付いており、付き人のセリアが冒険者姿でちゃんとついてきているが、柱の影で額に手を当てている。
さもありなん。
「おっ。
新入りの華姫様かい?
嬢ちゃんかわいいな。
指名しちゃうかも」
「ありがとうございまぁす。
エリー・ヘインワーズと申します。
お金を稼ぐために、ここでバイトしようと思うんです」
ぴくりと声をかけてきた顔の赤い男の顔が固まる。
さすが高級店。
金払いが良いだけに、金を持っている連中しか来ない。
だから、私の名前の意味に気付く。
「ヘインワーズ。
あのヘインワーズ侯の?」
「ええ。
その一族で、ちょっと世界樹の花嫁候補生なんてしているヘインワーズですが何か?」
しらじらしく笑顔で右斜め45度に顔を傾けてにっこり。
頭につけているうさ耳がぴこっとゆれる事も忘れない。
両手を口元に当ててかわいらしさもアピール。
けど、なぜか相手は一歩下がった。失礼な。
「うん。
が、がんばってください。
応援しているので。
遠くから」
だから、露骨な厄ネタになりかねないと判断した彼はずささっと後退して一気に私の射程圏から遠ざかる。
失礼な。
私を化け物か何かと勘違いしているのではないだろうか?
「というか、今のどう見ても捕食する怖さがあったんだが?」
「何でここにいるのよ。シド?」
「お嬢様がアホな事していると店の支配人から泣きつかれた。
で、来て見たら獲物を物色しているお嬢が居たので止めにきた」
失礼な。
人手が足りないからと人材募集の札を出していたのは店の方である。
明確な華姫という資格コミで採用されたのに、名前に気づいて狼狽えるのだから自業自得なのだが黙ってあげよう。
今の私はアザトイ系チョロインの予定なのだ。
ほら、男の視線が私にくぎづけ。
「……いや、気づいてないから言ってやるが、男がその足から胸元の世界樹の模造花に視線を移した先に銀時計の鎖と大勲位世界樹章と五枚葉従軍章が輝いていたらそりゃ逃げるぞ。
というか、いくら必要なんだよ。金?」
「んーと、都市一つ作る程度?」
「……悪い事言わないから商会か銀行に行けよ……」
ある意味当然な発言をしてくれるシドだが、既にセリアを使って商人たちに内々に打診はしていたのである。
でも、どこもかしこも『今後のご健闘をお祈り申し上げます』系のお断りを入れおってからに。
このゲームはミニゲームとして領地開発も行えたりする。
辺境開拓地に街を作って発展させてリターンを得るものだが、ゲームにおいてその領主になるエンドは存在しなかった。
そりゃそうだ。
オークラム統合王国はこの後崩壊するのだから。
だから、この都市開発は徹頭徹尾『投資』として処理される。
開発地に資金をぶち込んで都市を作って価値を生み出し、その都市の権利を売る事でこちらは資金回収、買収先は御領主様の地位を得るというデベロッパー取引なのだ。
このミニゲーム開放条件が私がぶら下げている銀時計つまり上級文官資格を持っている事で、この取引は辺境の王家直轄領を使うために御領主様は『知事』扱いとなる。
ここから貴族に成り上がる為には王室法院に席を持つ必要があり、それによって男爵位が自動的に付与される。
あとはそこから金と忠勤を注ぎ込む事でヘインワーズ家は侯爵に成り上がった訳だ。
「つーか何であんたの実家から金引っ張ってこないんだよ?」
「実家から金引っ張ったら意味ないじゃない。
金という鎖で繋がれた与党が欲しいんだから。私は。
今回はベルタ公とガチでぶつかる可能性があるから、大手の連中は保身に走って逃げちゃったのよ」
「まぁ、賭けるならば相手を見てからでも遅くはないだろうからな。
この際だからはっきり言うが、お嬢の存在そのものが商人達に二の足踏ませているんだよ。
あと、そんな会話している時点で客が引くのに気づけ。
本当に華姫……なんだろうなぁ。
あの支配人も馬鹿じゃないし」
なお、この会話はオープンで行われている。
ちらちらと聞き耳を立てている商人の皆様のアピールタイムになっている事も忘れずに、私はシド相手に売り込みをかける。
シドとて攻略キャラという公式チートなので、こちらに付き合ってくれているのだろう。感謝。
「どういう事?」
「お嬢様相手にベルタ公は一歩も引かない。
じゃあ、その引かない理由ってのを考えちまうんだよ。
銀時計に大勲位世界樹章と五枚葉従軍章を相手に引かないベルタ公側花嫁候補生の隠し玉って何だ?」
王家の血ですなんて口が裂けても言えない。
ほぼその時点で勝負が決まってしまうからだ。
頬に手を当てて頭を揺らしながら、あえて私もその不安に乗っかる。
「そうなのよ。
ここまで見せているのにベルタ公引いてくれないのよ。
だから、街作って王家に忠勤をアピールしておこうと思って」
「アピールするなら、何もせずにおとなしくしてくれた方がいいと思うぞ。多分」
いちいち正論をいうシドに私はぐうの音もでない。
というか、周囲の商人どももうんうんと首を縦に振るんじゃない。
仕方が無いのでもっと不安を煽っておこう。
「いや、ヘインワーズ家門とすればその選択が正解だけど、それだと私トカゲの尻尾きりで潰されるじゃない。
街作って御領主様なら逃げられる可能性があるから」
はっきりと部屋の空気が下がるのが分かる。
私が暗にこう言っているに等しいからだ。
下手するとヘインワーズ家そのものが取り潰される可能性があると。
ゲーム内では事実取り潰されたのだが。
御領主様、特に爵位持ちの貴族処分は王室法院にその権限がある。
で、身内である貴族は必然的に王権の介入に過度に警戒するから、裏取引等で命は助かる可能性は高い。
それをさせない為だろう。
ヘインワーズ候の反乱は暴発させられて誰にも取り潰しが取り消せない状況下で、堂々と鎮圧させられたのである。
「けどさ。お嬢様。
俺がベルタ公側だったら迷う事なくお嬢は粛清リストに入れるぞ」
「ですよねー」
根はいいやつなんだろうなぁ。シド。
こういう場で堂々とそれを口に出すのだから。
このあたりの茶番は誰もが皆わかっている事なのだ。
だが、こんな茶番が後に重要なポイントになって命が助かるなんて事も人生それなりに生きていると稀に良くある訳で。
「ちょっと!
シドも馬鹿に付き合ってないでこの人止めてよ!
仕事になりゃしないじゃない!!!」
茶番に付き合いきれなくなったのか、一人の高級娼婦が額に怒りマークをつけてづかづかと突っ込んでくる。
頭に一輪の花の髪飾りが波打つ栗色の髪になじみ、花飾りを美しく見せつける。
豊満な胸元まで開いた赤いドレスに輝く宝石が彩られたネックレスは己の価値の象徴。
白く小さな顔にきりりと引かれた強めの眉は知性の印。
で、私やシドに突っ込んでくる度胸もありと。
胸元には世界樹の模造花はなし。つまり華姫ではない。
「この人シドのいい人?」
「そうよ」
「なっ!
何言ってやがる!!」
シドの狼狽をよそに彼女は貴族の儀礼で私に挨拶をする。さすが高級娼婦。
では、こっちも貴族の儀礼で挨拶を返してあげよう。バニーだけど。
「イベリス鐘の家門に連なる者で花園の花の一輪かつシドの幼馴染、アマラと申します。
どうぞよしなに」
「シボラの街の君主に連なる者の娘で世界樹の花嫁候補生、エリー・ヘインワーズと申します。
どうぞよしなに」
前に貴族と新興貴族の違いは領地を持っているかどうかと言ったが、もう少し補足すると、貴族特権の一つに領地内の統治を委任される--つまり好き勝手できる--というのがある。
が、土地の無い貴族、具体的には諸侯の次男・三男坊に与えられる子爵位や、成り上がり商人が最初に買う男爵位にもこの特権が与えられる。
しかし、彼らには土地が無いのでどうしたかというと、己の屋敷にその特権を当てはめたのだ。
その為、屋敷を境に法律が違うなんて事も起こり、土地持ち貴族からは『屋敷貴族』や『部屋貴族』なんて陰口を叩かれたりする。
法院貴族と同じではあるが、成り上がりで金を持っているやつが法院貴族、諸侯の分家筋で領地無しが屋敷貴族・部屋貴族と覚えるといい。
この手のお店は、部屋貴族や屋敷貴族の主な収入源で、こうやって身分をロンダリングする事で箔をつける事ができる。
部屋貴族が金欲しさか借金のかたに貴族身分を手放したか貸したかしたのだろう。
鐘は始まりや終わりの合図であり、イベリスの花言葉には『誘惑』ってのがあったりする。
こういう場所にある意味ふさわしい家門は高値で取引され、それ目的で家門を申請する輩も居るそうな。
話がそれたが、多分私もアマラも同時に、『あ、こいつ血族じゃないかも』と思っているだろう。
「で、シドのお味はどうだった?」
「最初カチカチでキスするのにも手が震え……」
「頼むからそんな話はせめて俺の居ない所でしてくれないか」
まあ、盗賊の御曹司なんぞしていると、早いうちに女の味を覚えさせないと組織を動かせないからなぁ。
シドとのイチャラブはそのあたり彼が一番のテクニシャンとして表記されていたりする。
ここから主人公一筋に持ってゆくまでシドを溶かすのも楽しいのだが、開発陣の悪意が。が。
そんなシドの彼女というか幼馴染である。
ゲームではまったく出てこなかったが、出てくるとある意味やっぱりと思ったり。
「で、ヘインワーズのお嬢様。
あんた本当にお嬢様?
その模造花といい、明らかに怪しいんですけど」
おお。突っ込んできた。
では、遠慮無く設定を開示してあげよう。
「母が娼婦でね。
そっちで育てられていたのよ。
ヘインワーズ家の血が入っていたから急遽呼ばれたって訳。
一応タリルカンドの奴隷市場出身」
「!?
あんた、タリルカンドの華姫!?」
はっきりとアマラの顔色が変わる。
東部交易路の要衝都市タリルカンドの奴隷市場というと、手に入らぬ者はいないといわれるほどの多種多様の奴隷が手に入る。
同時に、ここ出身の華姫はその優秀さから統合王国内でブランドが確立していた。
私が華姫だった時、統合王国無くなっていたのだけど。
「こっちでもブランド確立してるんだ」
「何言っているのよ!
王家、諸侯、豪商の側室の常連じゃない!!」
アマラの悲鳴に懐かしさを感じる。
統合王国が無くなって、宿場町の一番として売られた私は高値のはずだったのだが、昔はそれ以上の価値があった訳だ。
名前のとおり王侯貴族権力者の飾り物として若さの代償に子供の生めぬ体にされるが、そのあたり神殿の治療魔法で治してもついに子供はできなかった訳で。
なんかやるせない顔になったのを見て、アマラが気を使う。
「触れたらまずい過去だった?」
「いいわよ。
振ったのはこっちだし。
アマラは華姫じゃないの?」
「いいえ。
華姫になりたかった娘」
こちらが過去を明かしたから、アマラも明かすつもりらしい。
こうやって、人はその繋がりを深めてゆく訳だ。
「この道に行くのは決められていたけどね。
元華姫にしこまれたおかげで、ここまでくる事ができた。
それもあるから、その名前には憧れがあるなぁ。
という訳で第二夫人で手を打つからシドの事よろしく」
「突っ込んでくるわね。
周りの商人ですらリスクを恐れて手を出さなかったのに」
「だって、一期一会に愛を囁くのが私達の生き様でしょ。
ならば、その出会いに全力を尽くさないと」
清清しいまでの割り切りと、己の引けない最終線の即時提示に私は感心するしかない。
これは当たりの玉だ。
決めた。
「ねぇ。
そこまで言うのならば、私が貴方を『買いたい』のだけどどう?」
「あら、私は高いわよ」
「残念。
今は資金繰りに苦労しているけど、私、貴方より『高い』ので」
「大変ね。
高値で売らないと『売れ残っちゃう』人は」
ぴきっ!と部屋の空気が凍る。
なお、私もアマラも営業スマイルである。あしからず。
「おい」
流石に見かねたシドの一言で二人とも我にかえる。
そして二人ともアマラは扇で、私は手袋をした手で口をかくして同じように笑った。
そして仲直りの握手。
なぜかガン飛ばして握られた手が痛いし向こうも痛いはずなのだが、仲直りである。
「あら失礼。
おほほ」
「ごめんあそばせ。
ほほほ」
「お嬢様。
あのアマラという娘を買うとかおっしゃっていましたが、何に使うおつもりで?」
帰り道、セリアの質問に私は笑って答えた。
なお、燕尾バニーのままなのだが、誰もよりついて来ない。
頭にぽちを乗せて垂れドラゴンにしているのが悪いのかもしれないが、女の尊厳的に少しは欲情とかちょっかいをかけてほしいものである。
返り討ちにするが。
「貴方が言ったんじゃない。
肉壁が必要だって。
教室内の私の取り巻きに使うわ」
「信用できるので?」
セリアの疑念を私は即座に切り捨てる。
とてもいい笑顔で
「できるわよ。
私達がシドを裏切らない限り、彼女は私達に忠誠を誓ってくれる。
ヘインワーズ侯が用意した取り巻きより確実に裏切らないわよ」
なお、セリアにも言えない役をアマラには押し付けたい所である。
ゲーム上、ひたすら腰を振り続けないと認められない世界樹の花嫁という役を。
数日後、金が少し使われて、私の取り巻きとしてアマラ・イベリスベルがメリアス魔術学園に転入してくる。交渉に当たったセリアの愚痴とともに
なお、心配になって一緒に転入したシドの言葉によると、取り巻きというより悪友というか喧嘩友達みたいになるのは後の話。
「もうああいう危ない真似はおよしになってください!
路地から出るまで気が休まりませんでしたよ……」
セリアの小言を聞き流しながら、私は歓楽街から出る。
まぁ、セリアもぽちを知っているから私の身に何かあるとは思っていないだろうが、役割柄小言を言わねばいけない立場に同情せざるを得ない。
「はいはい。
無事に終ったのだから……!!」
(……昔、冒険者としてメリアスに居てな。
世界樹の花嫁の探索に同行した事があったんだ。
駆け出しの青二才の時の話さ)
いつの寝物語だっだろうか。
あの頃より背が低く、冒険心は高く、まっすぐ前を見つめていた赤髪の剣士の名前を口に出そうとして思い留まる。
「ア……!」
「?
どうした?
俺に何か用か?」
私と同じ年だろうか。
それでも背は彼の方が高い。
体は鍛えているのだろうが、経験が伴っていないから若さの方が先に出る。
そして、燃えるような赤髪とまっすぐ私を見つめる漆黒の瞳の中に私が映っている事に何故か涙が出そうになる。
「い、いえ。
ごめんなさい。
人違いだったみたい。
けど、何かの縁だし、よかったら貴方の名前を聞かせてくれないかしら?」
こちらのごまかしに彼は気づかないが、胸元の模造花を見て華姫だろうというのは感づいたらしい。
営業トークと勘違いして、彼は愛想よく笑った。
「いいぜ。
俺の名前はアルフレッド・カラカル。
駆け出しの剣士だからどんな依頼でもうけるぜ。
あんたを買うのはずっと先になるが、それでもいいのかい?」
「……え。ええ。
その時を待っていますわ。
冒険者さん」
こちらの名前を言う前に、あの人は歓楽街の中に消えてゆく。
アルフレッド。
私が本陣で指揮をとらねばならなかった為に、見殺しにした最愛の人。
セリアの前で泣くのを堪え、表情を崩さずお嬢様面を維持するのは、かなり辛かった。
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