6 授業に出よう。顔見せだけど

「起立!礼!」

「終ったー!」

「ねぇ。ファミレス行かない?」

「いいわよ。

 週末付き合えないから、こんな時に親睦を図らないとね」

「まあ、家庭事情じゃ仕方ないか。

 で、絵梨あんた何をしている訳?」


(異世界に行って、悪徳令嬢やっています)


 なんて言える訳も無く。

 いつもは学生としてJK生活を満喫し、週末は悪徳令嬢として傅かれる私の明日はどっちだろうか。


「『アストラル・ゲート』開門!メリアスの私の部屋へ!!」




 光が消えると、魔方陣の中に私とぽちは立っていた。

 私の現実における週末がこちらの一週間になるという離れ業をやりやがったのは大賢者モーフィアスの仕業である。

 逆にこちらの週末が現実の一週間となるあたり帳尻はあっているのかな?

 このあたり伊達に大賢者を名乗ってはいない。

 最初に飛ばされた召還魔方陣から更にメリアス魔術学園貴族寮の私の部屋に作られた転移魔方陣まで飛べるのだから。


「お帰りなさいませ。エリー様

 お着替えの準備ができております」


 ヘインワーズ侯からの雇われメイドであるセリアが頭を下げて私を出迎える。

 彼女は元冒険者あがりでヘインワーズ侯に雇われたという経歴を持つ。

 女性冒険者の第二の人生でメイドというのはそれほど意外ではない。

 冒険者として色々見識とスキルがあり、流れ者だから背後関係を気にする必要がないというメリットがある。

 冒険者側のメリットとしては、有力者のコネで余生が送れるし、お手がついたらめでたく側室として『あがれる』のだ。

 で、このセリアは魔法剣士の過去持ちである。

 簡単な攻撃魔法と防御魔法を覚えるだけで攻撃手段が格段に増える為、男性剣士と互角に戦えるという職で魔法適正の高い女性の花形職業だ。

 その為、彼女達相手に素手だからといって油断してはいけない。

 ちなみに、私もこの職業を経て他職にクラスチェンジした口である。


「何か変わった事は?」


 セリアの後ろに控えていた二人のメイドが私が持っていた旅行鞄を預かり、私の制服を脱がせて、魔術学園の制服に着替えさせる。

 制服を受け取ったメイドたちは私が着ていた制服を見て、その技術の高さに驚くまでがお約束。

 現代日本の衣服は万金の価値があるらしい。

 私からすれば、こちらの制服というかドレスに装飾品だけで遊んで暮らせるのだけど。

 コルセットの文化が無いのはありがたい。


「グラモール卿がいらっしゃって、アリオス様主催で歓迎会を開きたいと。

 こちらの方で三日後の夜にとお答えしておきました」


 週末に動けない事を除けば、残りのスケジュールはセリアに任せている。

 本番は『世界樹の花嫁』の主人公がやってきてからだろうが、わざわざ敵を作る必要も無い。

 セリアが私の旅行鞄を持って後ろに控える。


「今日は何をすればいいの?」

「挨拶周りを。

 授業が始まるのは来週からでしょうから、それまでにベルタ公が対抗馬を連れてくるでしょう」


 セリアの言葉を反芻する。

 現実に戻って私は『世界樹の花嫁』の資料を漁った。

 その結果考えられる推測は、本来主人公の出来レースだったのではないかという可能性だ。

 主人公が王家の一族である事は既に話したと思うが、彼女は国王の兄であるダミアン殿下とその侍女との間にできた子らしい。

 だからこそ、アリオス王子と結ばれる事ができる訳だ。

 で、そのダミアン殿下なのだが病死という事になっている。

 怪しい事この上ない。

 何しろ資料には彼は放蕩の限りを尽くし、貴族から見放されていたなんて書いているのだから。

 この手の記録は勝者が改ざんしているから敗者が悪く書かれるのはある種当たり前の事。

 それは仕方が無いしこちらもそこまで深く探るつもりもない。

 残された遺児だが、普通この手の遺児というのは使い勝手があるので殺す事はしない。

 ましてや娘ならば、政略結婚の良い駒になれるからだ。

 で、その娘のお披露目がこのサロンと化していた世界樹の花嫁という訳。

 ベルタ公は『公爵』だから、王家の血を引いていて王家への忠誠が厚い家だ。

 遺児をそれとなく支援するのは王家の意向もあるのだろう。

 問題なのは、この世界樹の花嫁を本気で狙いに行ったヘインワーズ侯の存在。

 王家の秘密になっている以上、主人公が王家の娘というのをヘインワーズ侯は多分知らない。

 だからこそ、諦めずにこうして私をここに送り出しているのだ。

 ヘインワーズ候粛清の根本的原因は多分そこだ。

 経済的思惑から今後の不作解消と穀物市場の独占を狙ったヘインワーズ候。

 王家の血族問題の解消の為に政治的お披露目が必要だったベルタ公。

 つまり、何をしても私は悪役令嬢に『仕立て上げられる』。

 何?

 この無理ゲー。

 

「空いた時間は自由に使っていいのかしら?」

「私どもをお連れするのでしたら。

 何か御用事があるのでしょうか?」


 中々に絶望する今後なんて顔に微塵も出さずに、私は部屋に旅行鞄を置いたセリアに話しかける。

 赤髪ポニーテールでメイドカチューシャが凛々しく見えるのも彼女が私の護衛兼監視を兼ねているからだ。

 まあ、監視を兼ねているからついてくる事は予想していたのだが。

 ついでに、メイド服についているエプロンの裏とタイトスカートの中にナイフを隠しているのはお約束。


「冒険者の店に顔を出しておこうと思ってね。

 使える人間は抑えておきたいし」


 『世界樹の花嫁』は課外授業扱いでダンジョンに潜れる。

 で、その時は攻略キャラと一緒なのだが、それだけでは手が足りずにサポート要員として冒険者を雇うことができるのだ。

 このモブキャラは定期的に使い続けたり装備を与えることで使える戦力になる。

 それゆえに、高レベルキャラクターは雇うのに金がかかるし、相手側の引き抜きまであるのでアイテムを与えて忠誠度をあげる必要が出る。

 で、その資金繰りに世の乙女達は苦しみ、ゲーム内の己の分身を手っ取り早く稼げる夜のお仕事につかせるなんて羽目に。

 今回私は悪役令嬢役なので自前のパーティを作れるのと同時に、その枠に監視者をいれるという事になるので痛し痒し。


「我々および、我々が選んだ者たちだけでは信用できませぬか?」

「顔合わせただけで戦ってないからね。

 戦場に出てはじめてお互いの評価って決まるでしょ?」


 少しきつめのセリアの物言いに、私は歩きながら飄々と返事を返す。

 こちとら、実戦経験どころか万単位の軍団指揮すら経験しているんだ。

 戦場の空気なんて懐かしいものである。

 悲しい事に。



 メリアス魔術学園は選択授業制を採用している。

 ゲーム的に各パラメーターを処理する為なのだろうが、その為にクラスというものがなかった。

 とはいえ、そのあたりは集団行動を学ぶ場でもある学校。

 ちゃんとクラスがあり、朝と午後のホームルームはあったりするのである。

 世界樹の花嫁はこのオークラム統合王国における閣僚クラス。

 その花嫁候補生をとりまく生徒達も、庶民貴族問わずに優秀な者が集められた。

 ただし、人間性について判断するのはこれから。

 メイドを連れて歩いている私は、午後からのホームルームに顔を出して挨拶をしておこうという魂胆なのだ。

 その為に、今の服装はドレスではなく魔術学園の制服である。

 もちろんドレスでも可だが、最初からそんな選民思想丸出しで行く度胸は無い。


「あ!あのお方……」

「ヘインワーズ一族のエリー様でしょ。

 もうすぐこちらで学ばれるとか」

「メイドしか連れていないなんて、どうするのでしょうか?」

「何でも取り巻きをお断りなさったそうで」


 聞こえているぞ。おい。

 この手のひそひそ話は本人に聞かせる為にやるものだから、ある意味正しいのだろうが。


「エリー様。

 先ほどの会話にもありましたが、私どもでは教室に入る事はできません」

「あら、貴方も取り巻きを作れと言うの?」

「毒は防ぎようがありません」


 茶化すように言うと、セリアは真顔で言い切った。

 それが言葉に凄みを与えている。

 要するに取り巻きと一緒に同じものを食べて取り巻きを毒見に使えと。

 そうか。

 毒殺という手もあるのか。


「必要ならば作らないとね。

 で、何人要るの?」


「最低二人。

 予備を入れて三人は必要かと」


 私の場合はヘインワーズの名はあるが、一族の娘という事で本家本流ではない。

 その為にヘインワーズに取り入ろうとする野心家達が一度手を引いた経緯がある。

 その後勲章とかで実力を晒したので、手のひらを返して再度取り巻きにと推薦してきたらしくヘインワーズ侯も苦笑しているとか。

 なお、ゲームだとその枠に攻略キャラも入る事がある。

 このあたり露骨に派閥を意識しているのだろう。

 つまり、買収も色仕掛けも可。

 このあたり乙女ゲーにあるまじきブラックな手段は実際苦情が出たらしいが、開発陣の解答が火にニトロぶっかけるもので、


「某国某党総裁選よりましです。

 某国某党中央政治局常務委員会にしなかっただけ自重しました」


ときたもんだ。おい。

 この解答に激昂した乙女の一部が某掲示板のナウでヤングな乙女が集まる某党オチ研で愚痴った結果、


「えー、大粛清できないんでしょ?

 優しい優しい」

「不自然な自殺や病死がないって欠陥だよな。

 開発陣にクレームつけておかないと」

「賄賂の額が街すら買えないレベルになってる。

 大陸の賄賂額から見てなんて良心的なんでしょう♪」


 などの集中砲火を食らって返り討ちに合い、目の光をなくして現実のクソゲーぶりを悟るなんてほほえましい一幕もあったりしたがそれはさておき。

 悪役令嬢側に攻略キャラがつく事で、さりげなく主人公の立ち位置を知らせてくれているのだ。

 なお、ハーレムプレイの終盤だと、悪役令嬢には取り巻きすら居なくなってぽっちの悪役令嬢が涙を誘うがやってきた事が事だけに『ざまぁ』としか言葉が出ない訳で。


「肉壁ならきちんと雇った方が楽よ。

 ヘインワーズ侯にやってきている連中を雇ったら何をたかられるか分かったものじゃないわ」


「おっしゃるとおりで」


 私の物言いにセリアも苦笑する。

 さてと、扉の前に着いた。

 セリアは隣の従者控え室にて待機する事になる。


「じゃあ、行ってくるわ」

「いってらっしゃいませ」


 セリアが頭を下げたのを見て私は教室の扉を開けた。

 クラスの中にいる男女は30人ぐらい。

 男女ともほぼ同数だが、制服をつけていない特権階級が10人ほど。

 

「失礼いたします。

 わたくし、来週からこの学び舎で皆様と一緒に学ぶことになる、エリー・ヘインワーズと申します。

 今日は皆様にご挨拶をと思いましてお邪魔させていただきました。

 どうぞ、よろしくお願いしますね」


 奇襲の衝撃を受けて硬直しているクラスメイトを相手に肩にぽちを置いてつらつらと挨拶口上を述べる私。

 まさか今をときめくヘインワーズ侯の花嫁候補生が、取り巻きも連れずに制服を着て内々に挨拶をするなんて思っていなかったのだろう。

 私の挨拶に頬を赤める男子数人確認。

 まあ、強くてニューゲームならばそうなるかと頭の片隅で納得。

 このゲーム、難易度についてははなから調整する気が無いので、救済手段として強くてニューゲーム機能が搭載されている。

 何度も失敗してやり直して攻略してほしいという事なのだろうが、ゲーム解析班が解析した結果とんでもない事が発覚する。

 データの引継ぎだけでなく、回数ごとに補正がかかって強く美しくなるようになっているが、そのトリガーが『ゲーム内で主人公が男と寝た回数』だったのだ。

 しかも引継ぎの為にその回数だけはリセットされない。

 かくして生まれながらならにしてビッチという状況に祭り状態となったが、その回答も煽ってゆくスタイルだった。


「一般風俗嬢が生活するにおいて一日に男と寝る回数が大体四人。

 一月20日働くとして80人。

 それが一年で960人で、10年働いたとして9600人です。

 このゲーム、一週間あたりの恋愛(えっち)回数上限は平日の午前と午後の二回の10回と週末デートの一回の計11回。

 月四週なので44回で、年528回。

 それで二年だから最大1056回しか恋愛はできず、主人公はビッチ『ですら』ありません」


 何で購買層にここまで喧嘩を売るのだろう。ここの開発陣は。

 なお、隠されていた乱交システムを解禁してプレイしてもおよそ7000回にしか届かない。

 その為、ストレスフリーでイケメンといちゃらぶする為には、乱交プレイを解禁して捨てゲームとしてひたすら男相手に腰を振る事が最短攻略法となる。

 こうして、


『何か問題があっても男の上で腰を振れば解決する清楚系ビッチプレイ』


 という推薦文と共にその年のクソゲーおふじいやー乙女ゲー部門大賞を獲得。

 その時に開発陣がコメントを残してここまでのどす黒い悪意の理由も判明する。



「クソゲーおふじいやー乙女ゲー部門大賞受賞ありがとうございます。

 本来このゲームはネゴシエートゲームとして企画されたものが没になり、乙女ゲーとしてイケメンを入れたらOKが出たという経緯で発売されました。

 なお、その開発途中で私情ではありますが彼女をイケメンに寝取られ、『男は顔なのか!顔なんだな!!』と激昂してイケメン度をあげた結果爆発的ヒットを獲得。

 世の中の真理を悟り、涙と乾いた笑いしか出てくる事ができませんでした。

 リア充爆発しろ。イケメン達に災いあれ」



という、怨嗟の塊を浴びた乙女達はそれ以上何もいう事ができずに怒りの炎を鎮めていったという。

 かくして、一部のマニアに熱狂的に迎えられ、二次創作はその反動からか純愛系大流行という伝説のゲームはできあがった。

 閑話休題。


 さて、三十路ちかい人生で男と寝た回数を考えてみる。

 初体験からサルのようにやられていたし、負け戦で捕虜になってsenka的な目にも何度かあったし、大きな戦の前にはしてたし、戦争終ったら終ったで浮名流してたな。

 そのあたり補正で引き継がれていたらこうなる訳だ。 

 見るとこちらの奇襲に即座に態勢を立て直したのは攻略キャラ連中である。

 この場に居るのが、アリオス殿下とグラモール卿、ヘルティニウス司祭の三人。

 後メインキャラの一人が盗賊ギルドにいて迷宮探索等で親しくなると転入してくるというイベントがあったりする。


「よろしくお願いします。

 その制服もお似合いですよ」


 アリオス殿下が口火を切って、私の周りに輪ができる。

 このあたりそつがないのだが、同時に状況に反応しているだけにも見える。

 アリオス殿下はこの斜陽のオークラム統合王国の現状は把握してそれに対処しようとする志はあったりするんだよな。

 その結果がこの微妙な孤立感だったり。

 王というものは孤独である。

 それは王の傍で支えた私も知っているが、その位置にこの人は既に立っている。

 主人公に触れた事で人の心を取り戻したのは良い事なのか悪い事なのか。


「ありがとうございます。殿下。

 花嫁修業で何か問題が発生したら、どうか助けて頂きたいのですが?」


「あなたの修行の邪魔にならない程度には」


 ヘルティニウス司祭が目で挨拶を送る。

 図書館執務室のやり取りを覚えているならば、即座に殿下を味方に引き込もうとしたと判断するのだろうなぁ。

 間違ってはいないが。


「それがしも姫君の手助けならば何処にでも駆けつけますぞ」


 武人らしい言い回しでグラモール卿が茶化して笑いが広がる。

 彼はアリオス殿下の外付け良心回路という所だろうか。

 大貴族の後継者であり、統合王国の武人でもあった彼は、それゆえに貴族としてでなく騎士として振る舞うのを好んでいた。

 そのあたりもあって、アリオス王子と仲良くなったという設定があったりする。

 もちろん、殿下との絡みで腐女子たちの人気も高い。


「何分不慣れなもので、色々迷惑をかけると思いますがよろしくお願いします」


「何か分からない事があったら聞いてください。

 できる限りお手伝いさせて頂きますよ」


 委員長ポジはアリオス殿下では無くヘルティニウス司祭だったりする。

 これは殿下に世事を関わらせないというのと、関わらせて問題が発生したら首が飛ぶという二つの理由からだ。

 その為他の攻略キャラはほぼ同年代なのに、ヘルティニウス司祭は教会での修行後に学びなおすという理由の元で年上としてこのクラスに居る。


「これはお近づきのしるしです。

 良かったら皆で頂きませんか?」


 私が出したのはパーティパックのお菓子で、量を優先してクッキーやチョコ系でまとめられている。

 上流階級とは言え、食についてはうるさい事この上ない日本のお菓子技術が負けるはずは無く、事実ホームルーム終了後に開かれたお茶会は大成功の内に終った。

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