5 育成ゲーム(族議員)

 世界が、まだ女神イーノの子として育まれていた頃の話。

 世界は大きくなる体に不安がり泣いた。


「どうして貴方は泣いているの?」


 女神は世界に尋ねた。

 世界は泣きながら答える。


「体は大きくなるのに、私の体はなにもない」


 女神は世界が泣いた涙を集めて微笑んだ。


「そんな事はないわ。

 ほら。

 貴方の涙が『海』になった」


 こうして、世界は海という衣を纏った。




 またある時、世界は泣いた。

 泣く度に体が震えて、海には波ができた。


「どうして貴方は泣いているの?」


 女神は世界に尋ねた。

 世界は泣きながら叫んだ。


「海という衣を纏っても、私の体は何もない」


 女神は世界が叫んだ息吹を集めて微笑んだ。


「そんな事はないわ。

 ほら。

 貴方の声が『風』になった」


 こうして、世界は風に包まれた。




 またある時、世界は泣いた。

 泣く度に風が吹き荒れ、天気というものができた。


「どうして貴方は泣いているの?」


 女神は世界に尋ねた。

 世界は地団駄を踏みながら泣いた。


「海という衣を纏っても、風に包まれても、私の体は何もない」


 女神は世界が地団駄を踏んだ所を指さして微笑んだ。


「そんな事はないわ。

 ほら。

 貴方が地団駄を踏んで『大地』ができた」


 こうして、世界に大地が現れた。




 またある時、世界は泣いた。

 泣く度に大地が揺れ、山や谷が島ができていった。


「どうして貴方は泣いているの?」


 女神は世界に尋ねた。

 世界は体を震わせて呟く。


「海という衣を纏っても、風に包まれても、大地に立っても、私の体は何もない」


 女神はやっと間違いに気づいた。

 そして世界を抱きしめる。


「そんな事はないわ。

 ほら。

 貴方はこんなにも温かい」


 世界は泣いた。

 嬉しくて泣いた。

 それは、自分が一人ではないとわかったから。


 こうして、世界に生き物が現れた。



 

 女神が世界の元を去る時、世界は泣かなかった。

 世界は女神に多くのものを与えられたと分かっていたから。

 ただ女神の為に、一本の花を捧げた。

 海の穏やかさを捧げ、風の変化を捧げ、大地の豊かさを捧げ、生き物達の暖かさを捧げた白い花は女神の髪を飾った。

 女神は泣いた。

 自分が与えたもの以上のものを世界から与えられたのだから。

 世界は、もう自分がいなくてもやっていけると確信できたから。


 その白い花は永遠に咲き誇り、女神の髪を飾り続ける。


 その白い花は世界に咲き誇り、女神の思いを世界に飾り続ける。



 海は波をたたえる。

 風は天気とともに世界を巡り続ける。

 大地はその色を変えてゆく。

 生き物たちはそこで生を育み死んでゆく。



 はるか古の物語。

 女神が去り、世界が残した思いは、今や白い花にのみ残される。

 女神に捧げた世界樹と世界樹の花の物語に。



------------------------------------------------------



 ヘルティニウス司祭が語る世界樹神話を聞きながら、私達は魔術学園の校舎を歩く。

 この世界の住人なら知っている女神と世界樹の物語なので、アリオス王子もグラモール卿も口を挟まずに目的地に到着する。


「こちらが図書館です」

「大きいわね」

「世界樹の花嫁の為に古今東西の知識をかき集めましたから」


 私が最初に来た時は既に廃墟と化していたこの地の図書館を発掘して知識をかき集めたものだが、整然と並ぶ本棚に私は感動せざるを得ない。

 全部読むのにどれぐらいの時間がかかるのやら。


「それにしては、人が少ないわね」


 これだけの大きさの図書館の割には見渡すと閲覧している人は多くない。

 ヘルティニウス司祭が眼鏡をかけ直して苦笑する。


「お貴族様はこの学園をサロンと勘違いしているのでしょう。

 これだけの知識があるのに活用しようともしない」


「耳が痛いな」

「肝に銘じておきます」


 アリオス王子とグラモール卿と私は苦笑するしかない。

 彼は年上なので年配者のアドバイスとして受け取ることにするが、それを聞かない貴族連中を見てきたという訳だ。 

 『世界樹の花嫁』は一週間単位で行動を決める事になっている。

 平日は午前と午後で行動選択が選べる。

 で、種類は以下のとおり。


 授業

 言うまでも無く自分のステータスをあげる事ができる。

 いくつかのスキルを取る事ができる。


 バイト

 職によってスキルが付与されるがバイトはステータスによって制限がある。

 また、このバイトで主人公は収入を得る事ができる。


 迷宮探索

 ダンジョンに潜って、モンスターを倒したりお宝を手に入れる。

 攻略対象と行くことで好感度大幅上昇の可能性あり。


 花嫁修行

 世界樹の花嫁になる為の修行。

 このゲームをクリアするためにはこの修行を一定数こなさないといけない。

 国内の困った人たちを助けることが目的となる。



 乙女ゲー登場期、歴史系SLGを中心にしたとあるゲームメーカーがあった。

 そのメーカーは殿方といちゃいちゃするだけでなくゲームシステムもその分野からもってきたのか、かなり味のあるシステムになっている。

 具体的に言うと主人公とライバルは大陸の人々の求めているものを陳情され、その加護が使える攻略対象にその陳情を伝えてその力を大陸の民に与えるのだ。

 で、民は感謝の為にその陳情仲介者と攻略キャラの神殿を建てるのだ。

 この神殿の数が勝敗を決める。

 さて、このシステムにとある男性プレイヤーがやりこみまくってある事に気づいた。


 『攻略キャラ』に陳情を働きかけて『神殿』を誘致する。


 この『』をこう置き換える事が可能だという事に。


 『各省庁』に陳情を働きかけて『公共事業』を誘致する。


 そう。

 このゲーム、乙女ゲーの仮面をかぶったネゴシエートゲーム。

 もっと露骨に言うと族議員育成ゲームでもあったのだ。

 陳情は花嫁修業の部分にあたる。 

 この路線を世界樹の花嫁も継承しているというか、ここの開発陣ゲームには手を抜いていない。

 ただ、どす黒い悪意をトッピングしているだけなのだ。もっとたちが悪いとも言う。

 世界樹の花嫁は豊穣の加護を司る。

 それが近年の花嫁不出来で呪いよろしく各地で機能不全を起こしているというのは言ったと思う。

 その為に各地より、加護を求める陳情が急増。

 同時に、商人や彼らとつるむ新興貴族は高止まりしている穀物市場の暴落を望んではいない。

 このあたりの新旧貴族の対立がヘインワーズ侯とベルタ公の対立の根底なのだが、花嫁の身は一人しかない訳だ。

 その為に陳情は花嫁の前にあげられる前に、根回しされ整理されて届く事になる。

 かくして、オークラム統合王国の権力構造のしくみの説明までしないといけなくなる長い話だが、退屈せずに聞いていただけるとうれしい。

 オークラム統合王国は名前のとおり王が支配する制限君主制国家である。

 統合王国初代国王が近隣諸侯や自治都市と盟約を結んで統一政体を組んだ事からはじまったこの国は、それゆえに王権は制限されていた。

 だからこそ、この国には王室法院という貴族議会がある。

 貴族間の争いは王家が仲裁するが、中央集権を目指す王家(とそこから抜擢された官僚達)と既得権益を持つ貴族達は構造的に対立する形になっている。

 そして、王が親政を行う事はまれで、王の指名する執政官という名前の宰相か摂政(王家の血を引く場合)の下に大臣以下内閣が組まれるのだ。

 豊穣の加護という露骨に国政に響く世界樹の花嫁は、必然的に内閣の一員として国政を助ける形になる。

 内閣は国王に選ばれるだけでなく、国会である法院の承認が必要となる。

 花嫁候補生の時点で既に選ばれており、ゲーム的には法院の承認を得るための多数派工作がこのゲームの本質である。

 そして、修行と言う名目で私達は地方を行脚し、地方の貴族や太守達の支持を得なければならないわけだ。

 もうお分かりだろう。

 世界樹の花嫁はそれ自身が大量の官僚を率いる巨大官庁であるという事に。

 そして、そこの省庁が常に景気がよろしくないときた。

 何しろ世界樹の花嫁は基本不在気味。

 なったとしてもそのまま王妃とか側室になってしまうからだ。

 政治経験の無い乙女をそんな省庁のトップにすえるようなものだから、当然次席たる長官級がいやでも力を持つ。

 花嫁候補はその時点で相当の待遇が与えられるが、構造上長官たる花嫁女官長と次官たる花嫁侍従長の下について仕事をする事になる。


「はじめましてエリー様」

「どうかよろしくお願いいたします」


 図書館の中にある執務室。

 ここで花嫁候補生達が攻略キャラと共に陳情を受けて統合王国各地に出向くことになる、ゲームでなじみの部屋がここである。

 で、その初顔合わせなのだが、挨拶に来た花嫁女官長と花嫁侍従長の顔色が良くないというか、官僚的仮面が外れかかっている。

 そりゃそうだ。

 私を含めたこの三人は上級文官の資格の証である銀時計の鎖が揺れているのだから。


「きゅ?」


 テーブルの上のぽちが不思議そうに見ているが、それを眺めるアリオス王子以下攻略キャラも苦笑するしかない。

 統合王国官僚のキャリア組と呼ばれるそれは、王家直轄領の知事や長官・大臣職必須の資格というのは話した。

 つまり、何も知らぬ主人公がここに来ると、彼ら銀時計組の指示の下でお仕事をして学んでもらうという訳だ。

 この文官の資格も、上級文官・中級文官・下級文官の下に上級書記・中級書記・下級書記と分かれており、主人公がこれらの資格を取れば仕事を行う範囲が広がってゆくという訳。

 ついでにこのゲームにおける省庁の席順は大臣・長官・次官である。

 なお、ついてきているアリオス王子も銀時計持ちで、グラモール卿は上級書記、ヘルティニウス司祭は下級文官の資格持ちである。

 ここで問題。

 何も知らない小娘だからこそ、花嫁女官長と花嫁侍従長の下について仕事をする訳だ。

 では、その小娘が彼らと同じ銀時計を持っていた場合、誰がトップにつくのか?

 ここであと二つの勲章が容赦なく発揮する。

 アリオス王子やグラモール卿すら持っていない五枚葉従軍章は、私が命じたら軍事的にはこの二人を顎で使えることを意味する。

 そして、国家及び王室に多大な貢献をした者にしか与えられない大勲位世界樹章のネックレスが胸で揺れている以上、必然的に国家と王室に強力な影響力がある事を意味している。

 統合王国史上において発生しなかった構造上の問題が露呈しているからで、攻略キャラ達はそれを理解した上で私の立ち回りを見守っていた。

  

「それで、エリー様はどのような花嫁を目指すおつもりで?」


 女官長が最初の探りを入れてくる。

 という訳で、遠慮なくストレートをぶちかましてあげよう。


「『花嫁請願』を行っていいなら色々するんだけど、とりあえずはおとなしく陳情をこまめにするつもり。

 近年の穀物生産と価格の推移データと、王室法院の出した関所税に関する布告を確認したいわ」


 その言葉に私とぽち以外の全員が体を震わせる。

 『花嫁請願』というのは世界樹の花嫁が行える伝家の宝刀で、直接陳情を国王に言う事ができて国王がそれを認めれば勅令として布告できる凶悪な手段でもある。

 ゲーム後半で世界樹に認められて名実共に花嫁になった場合、これを使ってライバルを容赦なくしゅくせ……げふんげふん。叩き潰す事もできる。

 なお、私が言った穀物生産と王立法院の出した関所税の布告確認というのは商人側であるヘインワーズ侯の悲願でもある政策の事だ。

 日本人に分かりやすく言うと四文字の言葉でまとめられる。

 『楽市楽座』と。


「かしこまりました。

 書記の者に用意させましょう。

 エリー様もその銀時計を身につけているのならば、言う事はないでしょう」


「もちろん。

 花嫁前に居なくなりましたなんてごめんだからね。

 おとなしくするわよ」


(……今はね)


 花嫁女官長への最後の一言を心の中で呟いて二人を退出させる。

 そして、成り行きを見守っていた書記資格持ちに声をかける事にする。


「よろしくね。

 ヘルティニウス下級文官とグラモール上級書記」


 なお、このゲームは乙女ゲーなのでこうやって攻略キャラが手伝う事で親密度をあげる事ができるのだ。

 ヘルティニウス司祭は下級文官持ちで、街に必ずあり人々の相談がもちこまれる神殿の司祭には自動的に与えられるというものだ。

 上の閣僚がらみの話になるが、司法がらみがかなり曖昧になっているのは、宗教と王権と貴族権益の微妙なバランスの為である。

 もちろんこの曖昧さが王国崩壊時に火を噴いて王国崩壊の一因になったのは言うまでもない。

 グラモール卿は、貴族枠という特権から下級書紀が自動的に与えられて、上級まで昇格している。

 これも自前の領地を裁く以上、資格は必要であるという配慮からだ。

 なお、アリオス王子は王室特権で当然のように銀時計を持たされているが、彼を顎で使うなんてしたくないので除外。


「こちらが頼まれていた資料です。

 関所税に関する布告に目を通されるとか?」


 数分後。

 資料をテーブルに置いたヘルティニウス司祭は即座に探りを入れてきた。さすが文官資格持ちである。

 なお、神殿御用荷物はこの関所税の対象外だったりする。


「別に何もしないわよ。

 ただ、近年の穀物生産と価格の推移データと関所税の収入を照らし合わせようかなって思って」


「調べなくても貴方なら分かっているはすでは?

 穀物生産は減少傾向にあり、関所税はそれを埋めるために高騰の一途を辿っています」


 グラモール卿が過程をすっ飛ばして結論をぶっちゃける。

 さすがまだ上級書記止まり。

 政治は過程こそ大事で、結論だけ見ると確実に足をすくわれるのだが、それを知るにはみんな若すぎる。

 そういえば、このゲーム一応いちゃらぶ目的だが、攻略キャラ達はこの国の現状は把握してヒロインとがんばってこの国を良い方に導こうと努力するテーマはあったりするのだ。

 で、イチャラブの果てが国を捨てての逃避行。

 さすが開発陣。正しいが悪意しかねぇ。

 そんな訳だから三人に尋ねる事にした。


「ねぇ、三人は私に何を求めるの?

 こんなのがあるから、私結構できるわよ」


 三人に銀時計の鎖を見せつけながらあえて問いを投げかけてみる。

 さっきの顔合わせで、世界樹の花嫁候補で上級文官は長官である花嫁女官長と次官たる花嫁侍従長の上に立ち、大臣格として扱われる事がほぼ確定した。

 そして、さっきも言ったが世界樹に認められて花嫁になった暁には、国王への直接誓願という最強の武器が使えるようになる。

 その為、多くの野心家達が花嫁に近づいて野望の階段を上り、転げ落ちていったのだ。


「生活必需品の幾ばくかを神殿の喜捨として運んで各地に分配していますが、それに法院が目をつけだしています。

 エリー様が本当に何かなさりたいならば、覚えていただきたく」


「利権の巣窟たる神殿喜捨に手を入れろと?

 なかなか大変な事を言ってくれるわね」


 ヘルティニウス司祭が最初に口火を切るが、私はそれを鼻で笑う。

 それに、それを言う人間はもう一人居るだろうにと私は目でアイコンタクトを送る。


「それを私に振るのかい?」


「もちろん。

 殿下ですから」


 なお、私もアリオス王子もヘルティニウス司祭もとてもいい笑顔である。

 残されたグラモール卿は苦笑するしかない。

 私達のやり取りにヘルティニウス司祭はとってもいい笑顔で言い切ってくれた。

 その笑顔にだまされて、開発陣の悪意になんども折れかかった心を癒した乙女達は多かったはすだ。

 私の事なんだが。


「でも、できるでしょう。

 あなたたちならば」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る