1 再召喚・再々召喚

 子供のころの話。

 町外れの里山に一人の老婆が住んでいた。

 幼い頃、森で一人遊ぶのが好きだった私は、それゆえに周りとあまり馴染めずにさらに一人で森で遊ぶという悪循環を繰り返していた。

 私のお気に入りは街の外れにあった里山で、光さす緑の庭は私の王国であり、私はたった一人の女王だった。

 そんな私の王国に一人の来訪者がやってきたのは万緑が眩しい五月のある日の事。


「こんにちは。小さな妖精さん。

 帰る家を忘れたのかしら?」


 それが、後の師匠こと神奈世羅との出会いだった。

 後で聞いた話だとかなり最初の頃から私をずっと見ていたらしく、だったらもっとはやく声をかけてくれと私が抗議した覚えがある。

 今ではもう覚えていないのだが、師匠曰く私は妖精を相手に遊んでいたらしく、このままだと妖精に連れて行かれると思って声をかけたそうだ。

 その師匠と知り合いになってから、色々な事を教えてもらった。

 師匠が黄泉へ旅立った時に見送った一人が私で、知らない大人達が師匠の存在を過去に送ろうとした時、いつの間にか私も彼女の技と業を受け継ぐ事になった。

 今、その里山は開発されてその面影は残ってはない。

 私はそこを毎日通学しているが、師匠から受け継いだタロットカードを鞄の中に入れたまま自転車を走らせる。

 異世界に飛ばされた時、体を売る他にこのカードと技が私の命を救ってくれた。

 きっと、あの出会いもこの結末もあの人は知っていたんだろうなと。



 老婆だった師匠は占い師。

 そして、このお話はその最後の弟子で異世界まで行く羽目になった私の物語。



 たしか学校に行く途中だったと思ったが、目に広がるのは大理石の神殿。

 通学前の景色は前に召還された場所だったなと思い出す。

 神官服を来た人々が私がかつて覚えた言葉でこんな事を言っている。

 鞄の中のぽちが出ようとするので、出るなと鞄を押さえつける。


「おお!

 予言の花嫁の召喚に成功したぞ!!」


「お断りします」


 その一言の後、私が唱えた時空跳躍によって、私の再召喚はわずか十数秒という短さで終る事になった。

 帰ってきて気づく。

 ここ、前の召喚と同じ場所だったと。

 次からこの道は避けて通ることにしよう。 



「しつこいわね。あんたら」


 諦めたと思ったのだが、再再召喚が行われたのは一月後。

 儀式呪文だから、霊脈の魔力が溜まるまで待っていたのだろう。

 あの手の連中が諦めるとは思えないので、万全の準備を整えてあの場所に出向いたらこれである。

 今度はこちらの呪文を封じ込む為か、既に周囲の神官達は私に杖を向けている。


「手荒な事はしたくない。

 じゃが、これも世界の為なのじゃ」


 世界の為。

 長く王宮にいるとこの言葉の白々しさをいやでも知る事になるから、この言葉は嫌いだ。

 特に、それで私があの人を助けられなかった為に。

 で、こういう連中には手っ取り早く立場を分からせるのにぽちは実に便利が良い。

 来るだろうと踏んでいたので、魔法で小さくしていた世界樹の杖を元に戻して神官達に向けつつ、鞄の蓋を開けてぽちを中から取り出すと、事態の緊迫さを知ってその擬態を解く。

 ただのおっきなトカゲから白銀の神竜へと。

 それだけで、彼らは明確に格の違いが分かる。

 ぽちの魂まで震える咆哮に、ただ一人を除いてすくみ上がってしまったからだ。

 その一人は魔方陣の前で儀式を執り行っていた白髪の老人。

 白いローブを纏い、同じく白くなった髭を蓄え、三角帽子をかぶる姿は古の魔法使いに見える。

 持っている杖は遠目から見ても業物で、他にもマジックアイテムをローブの中に隠しているのだろう。

 おそらくは、彼が儀式の中心。 

 さっきわたしに世界の為とほざいたやつだ。


「時空跳躍、神竜を使い魔にするその才、世界樹の杖ときたか!

 希代の魔術師として我らが求める花嫁に相応しい」


 杖を向ける周囲の連中とは違って、彼は杖を向けない。

 向けなくてもいい理由があるか、こっちが攻撃しないと読みきっているのか。


「お褒めにあずかり恐悦至極。

 大賢者モーフィアスがいらっしゃったら、弟子に見込まれていたと言われていた程度の魔術の才はありますので」


「何じゃ。

 おぬし、儂の事を知っていたのか。

 その言葉通り、弟子にしてやってもいいぞ」


「!?」


 手を考えながらの戯言に真顔で返す老人に私がびっくりする。

 こいつが大賢者モーフィアス。

 『ザ・ロード・オブ・キング』のフレーバーテキストキャラクターだが、彼は舞台であるオークラム統合王国の宮廷魔術師として長くその統治を支えていた大賢者である。

 だが、そんな大賢者も王国崩壊は救えず、その後の戦乱から主人公が世に出る事で『ザ・ロード・オブ・キング』の物語は始まる。

 そんな大賢者だからこそ、異世界から私が呼べたのかと納得。

 

「お主、『いらっしゃったら』と言ったな。

 という事は儂が死んだ後の魔術師か?」


 鋭い。

 さすが大賢者。

 こちらの一言でおよそ察しやがった。

 さて、魔術戦となった場合、この大賢者相手に勝てるか?

 魔術戦。つまり呪文の撃ちあいは呪文詠唱が絡むから、詠唱の短い呪文連打で圧殺するのが基本となる。

 逆に、ぽちみたいな盾がいる場合一撃必殺の大技が狙える訳で、センスが問われる戦いでもある。

 時空跳躍で逃げてもいいが、また来月に召喚さねかねない。

 ここでモーフィアスを叩くのもありだが、ぽちと共に戦って勝てるかどうかは微妙。周囲の神官達もいるし。


「一つ尋ねるわ。

 今は何年かしら?」


 私の質問にモーフィアスが口を開くが、双方とも呪文発動寸前、つまり引き金に手をかけたままの会話である。

 私の武器は世界樹の杖とタロットカード。

 タロットの方が秘密兵器なので、普段はこの世界樹の杖を使う事にしている。

 これも、この世界では中々手に入らない業物の杖なのだが、向こうの杖の方が性能は良さそうだ。

 そんな事を考えながら相手の返事を待つ。


「統合暦365年。

 オークラム統合王国パイロン三世の治世よ」


 返ってきた答えが嘘でないならば統合暦365年。

 オークラム統合王国崩壊は統合暦369年。

 統一戦争が始まって再統一が果たされるのが統合暦374年。


 どくん。


 心臓が跳ねる。

 おちつけ。

 交渉中だ。心を悟らせるな。


 どくん。


 けど、私の心臓は喜びに跳ねる。

 それを必死に押さえ込もうとしても、心臓が、心が私に叫び続ける。



 戦争が始まっていない……あの人が生きている!



 私はなんとか表情を取り繕う。

 魔力を霧消させて攻撃姿勢を解いたが、まだぽちには警戒させて言葉を吐き出す。


「花嫁って言ったわね。

 もしかして、『世界樹の花嫁』の事?」


「知っておるなら話は早い」


 知っているも何も、『ザ・ロード・オブ・キング』の外伝として何をとち狂ったのか乙女ゲーとして販売されましたがな。

 耽美で魅力ある敵役・脇役キャラに物語を与えたと乙女達から大好評で、そこから『ザ・ロード・オブ・キング』をやって悲鳴をあげるまでがお約束である。

 私もそんな一人だったのだが。

 『ザ・ロード・オブ・キング』は大陸を支配していたオークラム統合王国の崩壊とその再統一が行われる物語だった事もあって、ゲームとは関係のない実に無駄……もといフレーバーテキストが大量に存在していた。

 で、オークラム統合王国崩壊の理由の一つにこの『世界樹の花嫁』があげられるのだ。

 大陸中央にそびえる世界樹は古代魔法王国の遺産の一つで、そこから大陸に波及する豊穣の加護で大陸の人々は飢える事無く暮らせるという代物だ。

 だが、その『世界樹の花嫁』になる為には魔力の資質だけでなく高度な魔法管理が必要な為に、高度な教育を受けた人間が必要になってくる。

 永きにわたる統治の結果、その花嫁候補者が貴族層に限定されてゆき、市井から出てもそんな彼女たちは力をつけてきた商人達に掻っ攫われる。

 つまり、花嫁候補者が上流階級のサロンとしてしか機能せず、本当の意味での『世界樹の花嫁』は近年出現していなかったという訳だ。

 もちろん、こんな設定を『世界樹の花嫁』で暴露した開発陣の悪意――お前らの自由恋愛の結果、大陸が戦乱に巻き込まれました。ねぇ、どんな気持ち?――

は壮絶にメイン購入者である乙女層からぶっ叩かれる結果となったが、それについて、


「世界の平和と己の恋愛を秤にかけて、己の恋愛を取ったのだろう?」


という、燃料投下で派手に燃え上がるのだが、これで当時最高級男性声優を大量に使って甘く時には容赦なく主人公に迫るという乙女ゲーの出来が最高だから文句も言えずに困るというぐぬぬ具合。

 話がそれた。

 そんな訳で、その世界樹の花嫁が出現しなかった結果、少しずつ加護が薄れて不作になってゆく。

 加護が呪いに名を変えた結果物価が高騰し、商人達が更に力をつけて貴族層と激しく対立し、あとはお約束の王家の御家争いでついにオークラム統合王国は崩壊する事になる。

 この崩壊によってチャンスとみた北方蛮族と東方騎馬民族の侵攻と、南方魔族襲来という大戦乱でこの大陸の人々は塗炭の苦しみを味わう事になるのだから、自由恋愛の代償は高くついた訳だ。


「つまり、私に世界樹の花嫁になれと?」


 うわぁめんどくさいとげんなりする私の顔に、大賢者モーフィアスは右斜め上にかっ飛んだ言葉をお吐きになってくれやがりましたよ。

 杖を持たない手を上げると、杖を向けていた神官達が杖をおろして、臣下の礼を私に向ける。


「うむ。

 本来はヘインワーズ侯のご息女がこれにつく予定だったのだが、有力諸侯との婚礼の話があがってな。

 お主にはヘインワーズ家分家の子女として、ヘインワーズ侯の養女となってもらう」


 ヘインワーズ家。

 オークラム統合王国の崩壊の引き金を引いた家で、『世界樹の花嫁』におけるライバル役。

 あれ?

 私、もしかして悪役令嬢?

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