-1 名も無き宰相の話

「賭けをしよう」


「賭け?」


 敵陣本営の天幕の一つ。

 片方は一軍の大将で片方は敵軍大将。

 ぎりぎりまで粘った話し合いはついに平行線のままだった。


「華姫なのだろう?

 ならば、俺を蕩けさせてみせよ」


「いいわよ」


 片方の大将は他の大将を出し抜きたかった。

 片方の大将は守る王都を落とされたくはなかった。

 だから接触して話を持ったのだが、最後の妥協に彼はその身を求めたのだ。

 それに女は応じた。

 服を脱ごうとした女を男は制す。

 罠にかかった獲物を憐れむような目でそれを告げた。


「あいにく、俺は女など飽きるほど抱いている。

 だから、お前みたいな女が下賤の者に汚されるのに興奮するのだ」


 出てきた醜悪な魔物達に女も嘲笑で返す。

 男と同じような目をしているのはどうしてなのか男には理解できないが少しだけ興味が湧いた。


「私を誰だと思っているの?」


「半日だ。

 総攻撃は一週間後の吉日に決められており夜明けから各軍が進撃する。

 我が軍は昼に王都に進撃する。

 その半日の為に、お前は一週間体を昼夜問わずに魔物たちに嬲られる」


 その言葉を引き出したのを勝利と信じて、女は裸のまま魔物達の群れにその身を投じた。

 その半日が歴史を変えたと確信していたのは、現在魔物達に身を穢され続ける女しかいなかった。


--『オークラム統合王国再興記 王都防衛戦 華姫取引より』--



王都住民の話


「あれは何時だったかな……?

 そう。

 王都オークラム防衛戦。『花宮殿』まで攻めこまれたあれですよ。

 王国が再興したのは今でも奇跡と思いますね。

 北方蛮族に東方騎馬民族に魔族の大侵攻で王国は崩壊していたのですから。

 それを立て直したあのお方の功績は計り知れないものがありますよ。

 侵攻や内戦の果てに破壊された王都オークラムを再興しただけでも凄いのに、あの人は外敵の脅威をえさに離反した諸侯を王家に引き寄せ、外敵同士を争わせたんですよ。

 あの人のところには、実際『望むならば王位を』という声が常に上がっていました。

 それを押しのけて王の側室におさまった時、やっと戦いは終ったんだって皆感じる事ができました。

 側室としてよりも実務を手放さなかったから宰相と呼ばれるのを好んだらしいですけどね。あの人。

 えっと、あの人の名前何ていいましたっけ?

 ど忘れしてしまったみたいで……」



王都行政官の話


「王都オークラムは王宮『花宮殿』を中心に二重の城壁が囲む城砦都市です。

 人口はおよそ三十万。

 最盛期には百万を超えていたらしいですが、王国崩壊後のこの廃墟に残った人は万を切っていたらしいですね。

 あの人の復興プロセスは見事なものでしたよ。

 人間が少ない事を良い事に『花宮殿』を城砦化してそこに住民全てを移して、中の治安を回復。

 治安回復が生活再建の第一歩って知っていたのでしょう。

 そこから、人が増えるたびに街区を簡単な石壁と関所で囲んで少しずつ、確実に復興させていったのですよ。

 これらの網の目状の石壁が王都防衛戦において多大な貢献をしたのですからその功績は称えられてしかるべきでしょう。

 王都が戦場になると判断した後の決断も凄い。

 世界樹が枯れて廃墟になっていたメリアスに住民を避難させて、決戦を挑んだのですから。

 たしか……

 なんて名前でしたっけ?」



王都従士の話


「明らかに発想が違っていたよ。

 俺達には何の事か分からなかったけど、あの人王都攻防戦の時しきりに呟いていたな。

 『スターリングラード』と『カンネー』って。

 北方蛮族と東方騎馬民族を味方につけたはいいけれども、その大軍を魔族の王都進入まで郊外に伏せるって度胸が凄い。

 更に傭兵将軍アルフレッドがいるとはいえ、寄せ集めの傭兵軍に外周城壁の守備を任せるなんて正気の沙汰じゃない。

 え?王国軍主力はどこにいたかって?

 近衛軍が『花宮殿』に詰めた以外は彼らも郊外、北方蛮族と東方騎馬民族の更に外周部に置いていたらしい。

 外壁大手門の爆発と共に傭兵軍が壊滅した時俺達は終ったと思ったね。

 そこから魔族は一気に『花宮殿』に押し寄せたのだが、あの人の使い魔たる聖竜が『花宮殿』正門で奮戦していたので魔族はついに『花宮殿』を落とせなかった。

 伏せていた北方蛮族と東方騎馬民族と王国軍主力が外回りで魔族を包囲したのがちょうどこの時。

 未だに信じられないね。

 俺達より体格が大きく体力もある魔族が、強大な魔法を唱えて俺達を思うがままに攻め立てていた魔族達が次々となすすべなく殺されてゆく。

 『行動スペースを奪った』。

 あの人の言葉だが、王都、いや王宮すら囮にして、勝ったと思った瞬間に罠に叩き落すあの冷酷さ。

 とどめは、王都の2/3を焼き、『花宮殿』も燃えかかった大火。

 王国軍は傭兵軍の壊滅と引き換えに、上位魔族をはじめとした魔族諸侯とその主力をたった一回の会戦で殲滅しつくした。

 それ以後、完全に弱体化した魔族に東方騎馬民族が略奪対象を変えた事で、王国は再建を確実なものにしていったのは知っているとおり。

 名前?

 知らないよ。

 俺はあの時、名も無い一兵卒でしかなかったんだから」



北方諸国連合大使の話


「何が凄いって、あの方相手に対して常に同じ目線で接していた所でしょう。

 この国が言う北方蛮族は大森林地帯にする我々の事ですが、その多くはエルフやドワーフや獣人達といった亜人種達でした。

 彼らは我々を蛮族と蔑み、国境線ぞいに長城まで作って追い出したのですが、あの方は相手の話を必ず聞こうとした。

 その過程で襲われた事もあったらしいが、相手を理解しようとしていたのは間違いがありません。

 だからこそ、我々の南下の理由である『大森林地帯の食糧不足』という原因をつきとめ、講和の糸口を掴めたのですから。

 王国側は食料を提供し、蛮族側からは木材・鉱石・兵士などを王国に提供する取引が成立した結果、王国北部は安定し王国復興の礎になったのは知っての通り。

 東方騎馬民族はもっと露骨でした。

 放棄せざるをえなかった王国南部穀倉地帯を魔族達に抑えさせて、略奪対象が南部にあると東方騎馬民族にたれこんだのですから。

 城に篭ってなかなか略奪ができなかった王国軍に対して、侵略軍だった魔族側は兵站線が伸びきっていました。

 彼らが、魔族相手に略奪をするのは自然の成り行きでしたよ」



東方部族連合大使の話


「この国が言う東方騎馬民族は人間の諸部族の集合体です。

 砂漠に高山が連なり、決して豊かではないそこが交易路として賑わっているのも、極東の大帝国と繋がっているというのがあります。

 我々は遊牧しなければ生きていけないのですが、それに交易の側面が加わったのはある種自然の成り行きでしょう。

 だから、話ができるならば取引に応じる用意はあったのです。

 正直、我々も、北方蛮族も、南方魔族もこの統合王国全土を支配する力も意思もありませんでした。

 その一点を見極めていたからこそ、あの人は魔法ではない言葉で時に同盟し、時に敵対しでこの国を復興させて見せたのです。

 西方の新大陸から交易品が入りだしたのも助けになったのでしょうが、それを生かしたのはあの人の力です。

 我々も一枚岩ではありません。

 復興後に発生した諸部族の対立に介入というか仲介して、我々の首根っこを抑えたのは腹が立つよりお見事と言わざるを得ませんでしたよ」



新大陸交易を行う商人の話


「え?

 崩壊したこの国の復興の金はどこから出ていたのかって?

 我々だよ。

 我々があの人の金主となった。

 とにかく国が乱れていては安心して交易が行えないからな。

 領内の盗賊討伐に指定交易都市の治安回復を行い、あの人が用意した『安全』に我々は金を支払った。

 借金(復興国債)という形でな。

 そこからはもう雪だるまさ。

 派手に借金を繰り返したが、北方蛮族との交易協定の締結でこっちは元が取れた。

 新大陸からは食料、北方蛮族からは木材や鉱石が指定交易都市に運ばれ、加工されて新大陸に運ばれてゆく。

 巨万の富を得た大商人の多くはここで財を成したのさ。

 財を成した人は今度は贅沢を覚え、名誉に手を出す。

 極東大帝国の絹や香辛料諸島の胡椒は飛ぶように売れた。

 復興後、爵位の授与と引き換えに復興国債の放棄を求めた時、やられたと思ったが栄誉に負けるほど身代は膨らんでいたのだから。

 あの人は、金の大事さ、信用の大事さ、技術の大事さを知っていた人でしたよ。

 商人に生まれてたら、きっと大商人として名を残していたでしょうな」



南方魔族連邦大使の話


「我々がこの地にいるのは、話をする為だ。

 統合王国の崩壊とその混乱で我々は回復に長い時間がかかる打撃を受けたのだから。

 我々魔族とその諸部族が統合王国の崩壊のような悲劇を避けられたのは、あれのおかげさ。

 敵がいれば身内は固まる。

 あれは、本当に人なのか?

 人の皮をかぶった我々魔族じゃないかと疑いたくなるよ。

 あれが何をしたかって?

 そうか。王都防衛戦のあれは知らないのか。

 そちらの記録だと王都にまで攻め込まれた大苦戦となっていたが、我々の攻撃は外週城壁で頓挫しかかっていたんだよ。

 傭兵将軍アルフレッドを討ち取ったのが精一杯だった。

 そこに、空から隕石が落ちてきて大手門を崩壊させたんだ。

 大規模儀式対城攻撃魔法『メテオストライク』。

 我々が王都を攻撃したのは、敵の主力を引きずり出して野戦でけりをつけたかったからだ。

 敵の陣地を攻めるってのはこういう儀式魔法を相手にすると同じだから避けたかったのに、大手門の崩壊で我先にと突っ込んであの様だ。

 傭兵将軍アルフレッドの最後の叫びを今でも忘れる事はできないよ。


 『お前を英雄にしてやる!』


 その名のとおり、我々の多くは死せる敗者として英雄に加わったがな。

 そうだ。

 この話もしておくか。

 あの時の我が軍にはメテオストライクが使える上級魔族がいなかったのは知っていたか?

 我々も内部が一枚岩ではなく、次期魔王の座をめぐって暗闘を繰り返し、あの王都攻撃参加の諸隊はオーガやジャイアント、ミノタウロス等の直接攻撃系で作られていた。

 今、でかい顔をしている魔法系魔族はなぜか参加を取りやめたのさ。

 あのメテオストライク、誰が撃ったんだろうな……」



王都スラムの娼館の娼婦の話


「え?

 『白濁姫』の話?

 この王都での怪談の一つみたいね。

 スラムに一糸まとわぬ美女が出向いてその身を汚されるって艶話。

 ただ、実際に居たらしいわね。

 うちのお客にも抱いた人いるみたいらし。

 何が怖いって、その美女の目。

 開かれているのにまったくこっちを見ていないんだって。

 で、抱くとお願いされるらしくって、王都防衛戦で亡くなった恋人の形見を探しているんだって。

 そのくせ、その形見が何なのか分からないらしいし、おかしくなって男に嬲られるがままだとか。

 だから『白濁姫』。

 朝には姿を消しているし、幽霊じゃないかって最後はスラムの連中すら抱かなくなって、野犬や野良コブリンどもの慰みものになっていたわよ。

 そういえば、最近はすっかり見なくなったわね。

 見つかって成仏したのかしら?」



あの人の記憶を集める統合王国宮廷主席魔術師の独白


「今は名前すら忘れさせられた我が師ですが、甘い人でしたよ。基本は。

 とにかく詰めが甘かったし、身内にはもっと甘かった。

 傭兵将軍アルフレッドと恋仲になった時、せがまれてあの人はあの人が知る英雄達の物語や戦術を寝物語に教えていたそうです。

 傭兵将軍アルフレッドがあれほどの功績を打ち立てたのは、あの人のおかげなのでしょうね。

 それでも戦場では一切の妥協をしなかったからこそ、あの人はこの国を守れたのですが。

 『ソウル・コーリング』って呪文がありましてね。

 深い深い仲になった二人を繋ぐ通信呪文みたいなもので、相手が何処にいるかもわかります。

 あの人は傭兵将軍アルフレッドを助けようと思えば助けられた。

 それを、アルフレッドの方が拒んだそうです。

 『お前を英雄にしてやる。今まで苦労し、叩かれ、蔑まれてきたお前を誰からも文句を言わせない英雄にしてやる!』って。

 メテオストライクの呪文を唱えていた時、あの人は泣いていたそうですよ。

 あの人が帰った為に発生した因果律の修正から、あの人の功績は少しずつ傭兵将軍アルフレッドの功績に切り替わってゆくのでしょうね。

 大勲位世界樹章も五枚葉従軍章も傭兵将軍アルフレッドに与えられたものに変わってゆくのでしょう。

 あの人は己の存在を捨てても、アルフレッドを英雄にしたかったのでしょうか?

 わからないですね。

 え?何か冷酷非道のように聞こえるって?

 甘い人でしたよ。

 弟子の成長に気づかずに記憶の完全消去にしくじり、アルフレッドの最後の願いを無碍にできなかった甘い人でしたよ。

 あのアルフレッドの最後の言葉には続きがあるんですよ。


 『だから、この国をお前が居た平和で、穏やかで、退屈な国に導いてくれ』


 ……本当に甘い人でしたよ」

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