昨日宰相今日JK明日悪役令嬢 恋愛陰謀増々版

二日市とふろう

物語が始まる前に

0 胡蝶からの帰還

 赤い月と青い月が輝き、王都は紫の夜の中で眠りについている。

 数年に一度起こるという美しい奇跡の夜の中、その眠りを覚ますように兵士達が靴音を立てて拠点に駆けてゆく。

 この景色も現実と受け入れるのに時間がかかったものだ。

 ファンタジーSLG『ザ・ロード・オブ・キング』。

 このゲームは大陸を支配していたオークラム統合王国の崩壊とその再統一が行われる物語で、その世界に飛ばされた私は統一されたこの国で生きていた。

 ゲームにおける時間は過ぎ、今はいろいろありながらもこの国は復興に向けて進んでいた。


「見つかったか?」

「いや」

「見つけても、絶対に手を出すな。

 あのお方はお前らでは抑えられんからな」


 兵達にも緊張の色が浮かぶ。

 彼等は先ごろ起こった政変を知っていたからだ。

 近年王都でクーデターの首魁と目されていた宰相兼主席魔術師の辞任という大激震を。


「もし?」


 兵達に可憐な声がかけられる。

 彼らが振り向くと、顔を隠したローブ姿の女が口元で笑みを作っている。

 私のことなのだが。

 こんな夜に出歩く女なぞまっとうな職業ではないと直感するだろうが、ローブに飾られた世界樹の模造花が彼女の身分を知らしめていた。


「我が主様が何事かと尋ねております」


 華姫。

 この国に伝わる王族や貴族、豪商に仕える専属の高級娼婦。

 不老の代償に子を産めぬ体にされ、彼ら上流階級の飾り物として一生を生きる女達は、必然的に主である上流階級に近いこともあって兵達も下手に出る。


「主殿に伝えて欲しい。

 何事かについては、法院衛視隊の機密に触れると」


「法院衛視隊?

 近衛騎士団や王都方位騎士団ではないのですか?」


 この国の議会にあたる王室法院直轄騎士団の法院衛視隊は、近年王権の強化に伴って王室守護を任務とする近衛騎士団と鋭く対立していた。

 また、王宮の守護が最上位任務である近衛騎士団一つでは王都の守備に支障が出るために王都の四方に守備任務の騎士団が置かれ、彼らの事は王都方位騎士団と呼ばれて王都の民に親しまれていた。


「それも機密ゆえお話しすることはできませぬ」


 申し訳なさそうに兵達を率いる騎士が頭を下げると、私は顔を隠したまま一礼し彼らを見送った。

 よかった。

 ばれていない。

 彼らが探しているのが私だからだ。

 紫の月明かり、己の足音しかしない深夜、私は王都大手門を目指す。

 かつての王都防衛戦時、この大手門に隕石落下の魔法が炸裂し全壊した為に再建された門を中心に円状の池が広がっている。

 実際の出入りはその池の橋にて行われるため、この国再興の象徴としてこの大手門は凱旋門よろしく観光の名所になっていた。

 入り口の衛視達を魅了の魔法でごまかし、私は大手門屋上からこの王都を眺める。

 崩壊したこの国はここまで復興できた。

 私はこの王都を眺めるのが好きだった。

 この景色を最後にしようと決めていたから。

 私が殺したあの人が眠るこの場所で。


「帰るのですか?

 わが師よ」


 どれぐらい眺めていただろうか?

 後ろから声が聞こえてきたがその声は馴染みのある声だった。

 風が吹いてローブがはためいて己の顔が水面に映る。

 腰まで届く美しい黒髪に華やかな飾り紐がつけられ、肌はなめらかでその艶が真面目そうな顔に凛とした雰囲気を与えている。

 その黒目は鋭く、賢者らしく相手を知ろうとするのでまっすぐ見つめられるとちょっと怖いなんて言われた事もある。

 体つきは豊かで、華姫という高級娼婦から国王陛下の側室に入るぐらいのだから、ローブ越しにもその輪郭が出て男性達を刺激せずにはいられない。

 まあ、私の体の隅々まで味わっているこいつには今更な話ではあるので、振り向きもせずにただ一言だけ告げた。


「ええ」


 何度も繰り返された言葉。

 だからこそ、その言葉には既に心がない。

 足元にあるのは古ぼけた学生鞄。

 位人臣を極めて権力と栄華を極めきった私が本当に残したかったものは、この鞄の中に入る程度のものだった。


「やっと国が安定してきたわ。

 戦乱で隠れていた貴族も出てきだしたし、私が育てた官僚達も一線に立ちつつある。

 兎を狩っていた猟犬は、その兎がいなくなったらお役ごめんって訳」


「猟犬って、ドラゴン一人で叩き落とせるお方の言う台詞じゃないですな」


 呆れた口調だが、師匠と弟子の関係でもあるし、男と女の関係でもあった。

 そんな距離感が心地よかったのは否定できないが、ことわざの意味までは同じ世界でないと伝わらないものである。

 で、ドラゴンと聞いて呼ばれたと思った本物が鞄の中から這い出て私の足元でうろつく。


「ぽち。

 あんたの事じゃないの」


「きゅー」


 持ち上げてなでなでしてやるが、この子犬ほどのとかげは擬態で正体は私を乗せて飛ぶ事ができる守護竜だったりする。

 この使い魔もすっかりなついて最近は町や人を焼くより屋敷のネズミを狩る事が楽しくなっているらしいが。


「王も王妃も寂しがりますな」


「挨拶は済ませておいたわ。

 あの人たちも納得した人事なのに宮廷魔術師様は御反対なされるので?」


 良い人たちだった。

 大きなお腹をさすりながら、『さっさと孕め』と圧力をかけてくる王妃。

 御家争いの元だからと何度お茶会で口喧嘩をした事か。

 戦乱時にガチで殺しあったので、お付のメイドたちははらはらしていたのは後から知ったが。

 色々あったがそれでも私を側室に入れた王には本当に頭が上がらない。

 王が王妃を説得して私を側室に入れなかったら、私は反乱の首魁にされる所だった。

 あとは仕事に逃げていた私に女としての喜びを忘れさせなかったあたりも感謝している。

 王と王妃と私の三人裸ですることしたあとで、仕事の残業をするのは今となっては良い思い出だ。


「その首席魔術師が失踪するから、次席より繰り上がった私は何も言えませんな。我が師よ」


 こいつは慇懃無礼で口も悪いが次世代魔術師として突出した才を持つ。

 私の所へ弟子入りしたのも、


「あんたを倒して、俺が一番になる」


だったのが懐かしい。

 容赦なく凹って弟子にしたが、才能の違いを思い知らされる。

 あと数年で間違いなく私よりこいつが魔術の才では頂点に立つだろう。

 既に魔法で時を止めているから私の体はぴちぴちのままではあるけど、心の老いまでは止める事は魔法でもできない。


「この世界に流れてはや15年。

 長いようであっという間だったわ。

 このまま時を過ごすと本当に帰れなくなる。

 それぐらいここには思い出が、いっぱい詰まっているわ」


「ならばどうして!」


 珍しく弟子の言葉に感情がこもる。

 その気遣いが優しくて、痛い。

 懐から取り出したのはタロットカード。

 この世界に飛ばされた時、これが無かったら私はここに立ってなかった。

 今では魔改造の果てに、カード配置で魔術陣の代用までできるチートアイテムになってしまっている。

 一枚、一枚丁寧にカードを置くと、こっちも長い付き合いになった世界樹の杖を手に取る。

 この世界における最後の魔法を唱えるために。


「だからよ。

 この世界に来た時、私は何の覚悟もなかった。

 巻き込まれたせいで、両親や親しい人達に別れすら言えずにこの地で戦い続けた。

 あの人達を忘れつつある今、それだけが心残りなの」


 せめて別れの挨拶すら言えたのならば、こんな事を吐く事無く私はこの地で骨を埋めただろう。

 この心の棘は同時に故郷へ辿る細い帰り道でもあったのだ。

 それが抜けてしまうと、きっと帰れなくなる。

 今日は魔法を使うのに一番適しているという紫の夜。

 やろうと思う大規模魔法を考えたら、千載一遇のチャンスだった。


「俺では、あの人の代わりにはなりませんか?」

「……」


 あの人が戦場で散って10年。

 目の前の彼を含めて浮名を流したが、それもあの人が抜けた穴を埋める事はできなかった。

 何よりも、助ける手立てがあったのに、それを使えなかった後悔の念は今でも私の心に大きな傷をつけている。

 その言葉に何も返さず、私は別の話題を口にした。


「月がとっても綺麗ね。

 踊っていただけます?」


 宮廷作法にのっとって、一礼。

 こいつの性格は知り尽くしている。

 納得しないし、帰る為の儀式魔法は禁呪級の大呪文で、邪魔されたらたまらない。

 ここで、叩いておとなしくさせる必要があった。


「死んでも良いぐらいの栄誉ですな。

 月に帰るお姫様を止めて見せましょう」


 こういう気障な言い回し何処で覚えたのやら。

 その割には私以外と浮名を流してないから、師匠としては少し心配なのだが。

 私は世界樹の杖を構え、弟子も同じように杖を構える。

 なお、弟子の杖は私が作った賢者の石をはめ込んでいるので、賢者の杖と呼ばれている。

 極めた高位魔術師は戦略兵器に例えられる。

 その為、高位魔術師同士の魔術戦において派手に撃ち合うと周囲に甚大な被害が出る為、互いに被害を与えないような呪文を使う読み合いの勝負になる事が多い。

 ついでに、私はこの後帰還の為の大規模魔法を使わないといけないから、効率良く弟子を倒さないといけない。


「マジックバインド!」


 弟子の呪文が先に完成し、魔法の鎖が私に絡みつくが、その瞬間に私の呪文が完成する。


「ディスエンチャント!」


 絡み付いた鎖が雲散霧消するが、その隙に杖を構えて弟子が突っ込んでくる。

 魔術師としても剣士としても一流になった弟子はその身体能力で私を抑えにかかろうとするが、


「ぽち!」


「がうっ!!」


 巨大化したぽちに阻まれて、弟子の杖は私に届かない。

 弟子は即座に下がり呪文を再度唱える。


「ファイヤーボール!」

「アイスランス!!」


 弟子の呪文を属性の反対の魔法をぶつけて対消滅させる。

 たまらず私は叫ばざるを得ない。


「あんた!

 殺す気で撃ってきたでしょう!!」


「それを対消滅で簡単に消す我が師は何なんですか!!!」


 口喧嘩も魔術戦には大事になる。

 精神攻撃は本当に基本なのだ。

 まだ弟子は切り札、ぽちの子である守護竜を出していない。

 魔術師の戦場使用は大規模儀式魔法による大量破壊兵器だ。

 その為、護衛として多くの魔術師は使い魔を持っている。

 ぽちやまだ姿を出していないぽちの子クラスだとそれ自体が大量破壊兵器だったりするのだが、ひとまずおいておく。

 何でこの弟子はまだ使い魔を出していない?

 それを探るためにも口喧嘩をしかける。


「弟子の魔法を抑えられるのが師匠ってものよ。

 けど、これもあと数年で無理になるでしょうね」


 ついつい笑みがこぼれる。

 色々あったこの異世界生活だが、こうして残すことものができた。


「それは光栄ですな。我が師よ。

 だからこそ、勝ち逃げは許す気は無いのですよ!!」


「負けを認めても、勝負は続けるんでしょう?」


「よくご存知でっ!」


 再度私に迫ろうとする弟子がぽちに阻まれる。

 この時点でおおよそ弟子が使い魔を出さない理由は見当がついた。 


「使い魔をマジックカウンターに使う為にまだ出さないなんて、貴方も強情よね」


 ぽちに弟子を任せて、私は戦闘態勢を解く。

 弟子が使い魔を出さない限り、私を止めることはできない。

 要するに、私の魔法と弟子のカウンターのどちらが勝つかという勝負で、下手に引きずられて魔力枯渇なんて起こしたら目も当てられない。

 ならば、これも運命なのだろう。

 これからやる賭けのレートが少しあがっただけと私は覚悟を決めた。


「最後の授業よ。

 今から使うのは空間転移呪文の最終系、時空跳躍よ。

 空間までは時間軸を狂わさないから比較的……と言ってもこれも禁呪だからあまりおおっぴらには言えないけどね」


 戦争が終わって治安の回復作業に追われながら、各地の迷宮に潜ってやっと見つけ出した禁断の秘術。

 こちらに私を呼ぶ事ができるのならば、帰る事も可能だろうとある種惰性で探していたものが先ごろ完成した時、私の心は決まった。

 下に置かれたタロットカードたちを見て微笑む。

 置かれたタロットカードは六枚。


 『女帝』正位置

 『女司祭長』正位置


 この二枚は私自身の暗示。

 『女帝』である今の私から『女司祭長』に戻る過去への逆行を意味している。


 『月』逆位置

 『星』正位置


 故郷への道のりを示すのがこの二枚。

 月みたいな異世界との決別と、星のようにか細い故郷への道を見失わないように。 


 『世界』逆位置

 『審判』逆位置


 この世界から元の世界に帰るのだ。

 その為には、この世界の理を揺らす必要がある。

 審判の逆位置はやり直し。


 私のタロットカードは、カードの意味を組み合わせて物語を作り出し、その物語に運命を添わせる。

 

 帰るならば、15年経過した故郷ではない。

 この地に来る前の、何も知らなかった15年前の私に帰らないといけない。

 全てを無かった事に、忘れることができるように。

 帰れないならば、それもまた運命。

 帰れるならば、またそれも運命。

 こういう分の悪い賭けは、私もあの人も嫌いではなかった。


「本来ならば霊脈を使った大規模儀式を使うんだけど、それは因果律の狂いを強引に魔力で修正しているからなのよ。

 だから、因果律の狂いを最小で行う場合、私の魔力では少し足りないけど、ぽちと一緒ならば問題ないって訳」


「我が師!

 あなたこの世界からあなたの存在を消すおつもりか!」


 何を言っているのか即座に分かるのだから、こいつは本当に頭がいい。

 こいつがいる限り、この国はしばらくは安泰だろう。

 世界樹の杖が輝き、私の足元に魔方陣が広がる。

 タロットカードからまばゆい光があふれる。

 光が周囲に広がる前に、私は我が弟子に最後の言葉をなげかけた。


「ありがとう。

 あなたの支えがなかったら私はこうしてここにいなかった。

 こんなおばさんの事は忘れて、若い娘捕まえなさい」


「させな……しまった!!!」


 カウンターマジックを撃とうとした弟子の杖をぽちの尻尾がはじく。

 最後の最後で晒した弟子のミスを私は逃すつもりは無い。

 魔力が満ち、私の体が崩れ魔力と同一化する。

 そして、この世界最後の言葉を呪文として発した。


「『アストラル・ゲート』開門! 我が故郷へ!!」



 その瞬間、白い光が私の視野一杯に広がる。






 かぁーかぁー


 懐かしい鳴き声を耳にして、私は目を開けた。

 死肉を漁るカラスではなく、電柱に止まりゴミを漁るカラスが私の目に映っていた。

 夕方の帰り道。

 召喚で飛ばされる前の景色。

 ポケットに手を入れると、古ぼけたタロットカードの他に電池が切れて使えなくなっていた携帯が召喚前の時刻を刻んでいた。

 帰ってきた。

 交差点のミラーに己を移す。

 魔法で時を止める前の、学校帰りで学生服姿の若々しい私の姿が映る。

 体は過去に戻ったが、記憶は全部覚えている。

 あれは夢だったのだろうか?

 まるで胡蝶の夢のように。


「きゅー」


 鳴き声で背中の重みに気づき、鏡に映すとぽちがいつものように私の背中を登ろうとする。

 こいつは私を木か何かと勘違いして登ろうとする悪い癖があるのだが、そんな事は今はどうでもいい。

 使い魔だからこっちに引っ張られたのか、ぽちとの契約も因果律の狂いを避ける為に解除したはずなのだが、こいつ自身がそれを拒否したか。

 肩に乗っかるのがぽちのお気に入りなのだが、撫でながら私は微笑む。


「大きくなったらダメだからね。いい?」

「きゅー」


 こくりと頷くぽち。

 こんななりだが人以上の知力と魔力を持ち、あの世界の監理者として恐れられかつ崇められていた竜だ。

 地面に置かれている鞄をあけると、無くなったはずの教科書やノートの他に向こうでの思い出の品が詰まっていた。

 その隣に、力を失った世界樹の杖が転がっていたので拾い上げる。

 とりあえず、家路に急ごう。

 父や母や妹に何を話そうか。

 歩きながら帰りを急ぐと、忘れかけていた故郷の町並みが滲む。

 泣いていると気づいたのはしばらくしてからだった。

 ハンカチで涙をふき、少しおちついてから私は家族が待つ家の扉を開け、もう二度と言う事がなかった言葉を口にした。


「ただいま」

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