美術室の怪 3

 美術室は西館の三階にある。私は教室のドアについている小さなガラスからそっと美術室の様子を伺う。

 木で出来た長椅子の机と、背もたれのない椅子がズラリと並んでいる。問題の木彫りの雀は教室の後ろ側、作品が展示されている棚の一番端に置いてあった。


 今のところ雀にも教室にも変わったところはない。本当に妖怪絡みなのか……?


 私は眉に皺を作りながら思いきり美術室のドアを開ける。美術室へ一歩踏み出そうとしたその時、グイッと強く腕を引かれた。


「!!!」

「日髙さぁぁぁぁぁああああん!!! 本当に行くんですか!?」


 腕を引いたのは荒井先生だ。私は一気に力が抜ける。


 これから妖怪と対峙するかもしれないという緊張感が全くない……。


 私は「大丈夫ですから」と軽めに荒井先生をあしらってズンズンと教室に入っていく。


「あああああああ!!! 入りたくない!!! 怖ぃいいいいいい!!!」


 その間も荒井先生は大絶叫している。


「先生、大丈夫ですから」と蘭ちゃんが荒井先生を慰めつつ、美術室へ引っ張ってくれる。


 私は蘭ちゃんに心の中で感謝を述べながら木彫りの雀をジッと見る。動く気配はない。けれどもこの独特の気配は――。鏡蛸の気配に近いものがある。


「蘭ちゃん、いつでも教室から出られるようにしておいて。野田君も」

「うん」


 蘭ちゃんが一瞬でこわばった顔に変わる。対して野田君は妙にキラキラとした目を向けてくる。それでもドアから離れないあたり、オカルトに慣れているだけある。


「うわああああああああ!!! やっぱり何かあるんだ!!! 僕は雀に襲われて殺されるんだぁぁぁぁぁ!!!」

「あ、荒井先生。落ち着いて下さい」


 蘭ちゃんは顔をこわばらせながら、荒井先生を必死になだめている。

 私はなんとか集中力を保ちながら雀を凝視する。


 変な気配はするのに。動く気配はやはり一向にない。


「この雀はきっと大きくなるんだぁぁぁああ!!!」

「荒井先生っ」

「人をたくさん喰って大きくなっていくんだぁぁああ!!!」


 蘭ちゃんが必死になだめているが、荒井先生はもはやきちんとした話が出来そうにない。


 美術室には私一人で来た方が良かったかも……と荒井先生を横目に肩を落としていると、ガタガタと急に雀が動き出す。


「っ!!! 蘭ちゃん、野田君!!!」


 蘭ちゃんは鏡蛸のことがあるからか荒井先生を素早く引っ張り美術室の外へ連れ出す。野田君は蘭ちゃんと荒井先生が美術室の外に出るのを見届けてから、素早く美術室のドアを閉めた。美術室には私と雀だけになる。

 雀は変わらずガタガタと動き、徐々にではあるが姿が大きくなっていく。


 嘘でしょ。だって……。


 私は雀を警戒しながら美術室の窓を一瞥する。窓からは日の光が差し込んでいる。


 妖怪の活動時間は基本夜だ。今は放課後とはいえ夕暮れにもなっていない。だからこそ蘭ちゃん達を連れてきても大丈夫だろうと思っていたけれど。完全に油断していた。


 小さな木彫りの雀は今や棚から落ち、下半身くらいの大きさになってしまっている。私はポケットにギリギリ収まっていた花柄の赤い財布を取り出し、真神を手に持つ。


 私が蘭ちゃん達を巻き込んでしまった。だから、私が――。守らないと。


「真神っ!!!」


 鋭く叫んだその時だった。

 ガラッと美術室のドアが開く。


「!」


 ハッと振り返るとそこには小学生くらいの女の子が立っていた。おかっぱ頭でピンクのワンピース。そして赤のランドセルを背負っている。

 ――トイレの花子さんだ。

 花子さんのすぐ後ろに息を切らした蘭ちゃんがいるところを見ると、ヤバいと思って花子さんを連れてきてくれたみたい。


「少し落ち着きなさいな」


 相変わらず可愛らしい声だが、口調は厳かだ。花子さんはゆったりと雀に近寄ると、羽を撫でた。すると雀は徐々に落ち着きを取り戻し元の木彫りの雀に戻っていく。


「ふう」と花子さんはホッと息を吐き出す。


「最近はぶっそうで困るね~。大丈夫だったかい」


 そう言って花子さんは私にニコッと微笑みかける。


「あ、はい。助かりました。花子さん」とお辞儀をすると「いやいや。お礼を言うならこのお嬢ちゃんにしな」と花子さんは親指で後ろの蘭ちゃんを指す。


 私は「そう、ですね」と蘭ちゃんに視線を向ける。


「ありがとう、蘭ちゃん。花子さんを呼んでくれて」

「ううん。私は花子さんを呼んで来ただけだし」

「それでも。蘭ちゃんが機転を利かせてくれたおかげだよ」


 そう言うと蘭ちゃんは嬉しそうにはにかむ。


 可愛い……。


 私はそんな蘭ちゃんにほんのり癒されると、ゴホンとわざとらしく咳き込んだ。

 ここからは仕事モードだ。


「それで」


 私は花子さんを一瞥する。


「最近はぶっそうって。どういうことですか」

「あー。それはねー」

「それにあの雀の気配。鏡蛸に似た気配がしましたけど」

「まあまあ。落ち着きなさい。それにこういう話は大勢の前でするもんじゃあないと思うがね」

「っ」


 ハッとして周囲を見渡す。蘭ちゃんはもちろんのこと、花子さんの登場に興味津々な野田君。そしていろいろなことが起こりすぎて放心状態の荒井先生。


 確かに。退治屋の仕事は人のいる前ですることじゃない。それにこれ以上、皆には危ない目に合わせられない。


 そんな私の様子を見て花子さんは「夜行さんと今夜にでもおいで」と声をかけてくれた。

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