美術室の怪 2

「着いたよ。ここが我らがオカルト部の部室!」


 野田君は一階の東館にある『生徒相談室』と書かれてあるプレートをビシッと指差して得意気に笑う。そして勢いよく生徒相談室のドアを開けた。


 生徒相談室は放課後どころか昼間もろくに使われていないから埃が積もっていて、日が当たらず暗くてじめじめとしている。


 いかにも出そう、な雰囲気だ。


 野田君が意気揚々と生徒相談室に乗り込むのに対し、私と蘭ちゃんはおそるおそる足を踏み出した。


 生徒相談室の中心には長机とその長机を囲むように椅子が六つ並んでいる。

 そして六つある椅子の一番端に荒井先生が体育座りで身を縮ませていた。


「のののののの、野田君っ。ドアを開けるときはノックして下さいって言ってるじゃないですかぁ~~~」と涙を浮かべる荒井先生。それに対して野田君は「いや。スミマセン。ついウッカリ。ハハハハハ」と軽い口調で答える。


 私は二人の様子に違和感を覚えて、野田君の腕をツンツンとつつく。


「あのー。野田君。もしかして荒井先生って。妖怪にそんな興味ないんじゃ」


 というよりも。そのむしろ逆……。


「うん。というよりも荒井先生はものすごーく恐がり。怖い話を話すのも聞くのも無理だし。見るなんてもってのほかだよ」

「ええ? じゃあどうしてオカルト部の顧問なんか」

「『美術部の顧問なんて暇でしょ?』って言われちゃってオカルト部と掛け持ちになったらしいよ」

「それはまたお気の毒に」


 と言ったものの私はホッと息を吐き出す。

 荒井先生が野田君みたいに嬉々として怪談話を始めるタイプじゃなくて良かった。こういう特殊な人種は山本さんと野田君だけで手いっぱいだよ。


「それでね、荒井先生。もう一回、美術室の怪について聞かせてほしいんです」

「いいいいいいい、嫌ですよっ! こういう怪談話をすると実際に出るって言うじゃないですかっ! 僕は酷い目になんて会いたくなんてないですからねっ!」


 その荒井先生の姿に脳内でガラガラと岩壁が崩れる音が響き渡る。


 う、うん……。山本さんや野田君みたいじゃないのはいいけど。静かで知性的で絵画が良く似合う……。今までの荒井先生のイメージとかけ離れていくような。


 荒井先生は「ぜっっっっったい話しませんからね!!!」と子供のようにそっぽ向いてしまう。それを見て野田君は「まあまあ」と私の背後に回り込み肩をトンと押した。


「ここにいる日髙さんは妖怪と仲が良いんだ」

「ええ!? 本当ですか!? というより、本当だったとしたら逆に言いたくありませんよ」

「ちょ、ちょっと。妖怪と仲が良いわけじゃ」


 あれは仲が良いというより協力体制だし。


 私は深く息を吐き出す。その間も荒井先生はそっぽを向いたままだ。


 どうも自分の家業について話さないと納得してくれなさそうだ。いつものことだけど家業について話す時は緊張してしまう。というのも話をしても嘘だと思われるか、気味悪がられるかのどちらかだったからだ。

 まあ、荒井先生はともかく野田君は今まで以上に喜ぶだろうけど。


 私は苦笑いを浮かべている蘭ちゃんに目を向ける。


 退治屋と聞いても態度が変わらず余計な事は詮索してこない。けれども心配はしてくれる。そんな蘭ちゃんの存在が本当にありがたい。


 私はもう一度深く息を吐いてから「実は」と荒井先生に目を向けた。


「実は私の家は代々妖怪の退治屋をやっていて。私も退治屋見習いなんです。だから今回の件、何か力になれるかもしれなくて」

「…………」

「…………」


 しばらくの無言。

 やがて口を開いたのは予想通り野田君だった。


「妖怪の退治屋っ!? 何でそういうことを言わないんだ日髙さんはっ!!!!」


 そう言いながら野田君は肩をガッシリと掴んで私の体を激しく揺らす。


「い、いや。その。言うタイミングが、ね」

「そんな面白い、いや。貴重な職業についているならもっと前からオカルト部に勧誘していたのに」

「今、面白いって言ったよね」

「日髙さんっ! 今すぐオカルト部に入ろう! 日髙さんはオカルト部の救世主だ!」

「は・い・ら・な・い!!!」


 そんなやり取りをしている横で荒井先生はというと何故か不敵な笑みを浮かべている。


 なんだろう……。


 私の視線に気付いたのか荒井先生は今度は穏やかな笑みを私に向ける。


「日髙さん。妖怪の退治屋だったんですね。あぁ、助かった。これで美術室に平穏が訪れます」

「それで。一体何が」

「あの日のことは忘れもしませんよ。その日は美術部の春のコンテスト用の絵を生徒が書き終わって、いよいよ美術室の鍵を閉めようって思っていた時です。急に何かがガタガタと動く音がして」


 ゴクリと蘭ちゃんが唾を飲みこむ音が聞こえる。


「様子を見ようともう一度美術室の中に入ったら、木彫りの雀が微かに動いていて」

「木彫りの雀? 熊じゃなくて?」

「卒業生の作品なのか分かりませんが。ずっと美術室に置いてありますよ。出来がかなり良くて。美術部のお守りみたいになってます」

「それでその後は」

「僕はもう怖くて、怖くて。美術室のドアを開けたまま逃げ帰りました。以上です」


 ……え?


「もしかして今ので終わり、ですか」

「はい、そうですよ」


 私と蘭ちゃんは二人そろってガックリと肩を落とす。

 蘭ちゃんは私にこっそりと「なんだか大したことないね」と耳打ちをする。


「うん。よくある、というか。よくある怪談話よりも酷かったね」


 そんな私と蘭ちゃんを見て「まぁまぁ。この話には続きがあるんだよ」と野田君が目を爛々とさせる。


「その後。美術室で怖い体験をしたっていう人がたくさん出たんだよ」

「怖い体験?」

「荒井先生と同じように雀が動いたっていう人や声をかけられたっていう人。中には木彫りの雀が飛んできて襲われたっていう人もいるんだ」

「襲われた!?」


 私は思わず顎に手をのせる。


 木彫りの雀は美術部のお守りみたいだって言うし。物に何かが憑いているとしたら付喪神かと思ったけれど。襲われたとなると。付喪神が荒神になってしまったか、それとも――。山本さんの情報通り、新しい妖怪が出現したか――。

 何にせよ、直接その木彫りの雀を見に行った方がいい。


 私は「荒井先生」と声をかける。


「美術室に行きましょう。その木彫りの雀を実際に見てもっと詳しい話を聞かせて下さい」

「え。僕も行くんですか。嫌ですよっ! 僕、こういう怖いのは無理なんですからぁ~~~」


 私は思わずガクッと肩を落とす。


 人がせっかくやる気になっているのに出鼻をくじかれた気分だ。


 蘭ちゃんは「先生、落ち着いて」と声をかける。


「大丈夫です。陽ちゃんの凄さは私がよく知っていますから。何かあっても私達を守ってくれます」


 その蘭ちゃんの言葉に私は強く頷く。


「退治屋は妖怪から人間を守るのが仕事ですから」

「……それじゃあ」


 渋々ながらも荒井先生はやっと椅子から立ち上がる。


「ぼ、僕に何かあったら真っ先に助けて下さいよっ」

「分かりましたって」


 その様子に蘭ちゃんが苦笑いを浮かべながら私にウインクを飛ばした。

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