偽狼 5
二つ目! 三つ目!
私は順調に偽狼の目を潰していく。
今の私は目を瞑っているというのにいつもより好調だ。やっぱり父さんがいると心強いしい、安心するし。やる気が出る。
父さんはというと小声でブツブツと祝詞を唱えて、偽狼の周りを歩いて結界を張っているようだ。
だから。そんな私の役目は偽狼の興味を父さんから逸らすこと。そして偽狼の足止めだ。
私は四つ目、五つ目と目を潰していく。そのたびに偽狼は機械音に似た悲鳴を上げる。
よしっ。まだまだ!!!
グッと刀を持つ手に力を込めた。その時――。
「す、凄い!!!」
後ろから突如として感嘆の声が上がった。
「え?」
思わず私は目を開けて後ろを向いてしまう。そこには先程まで真神に保護され気絶していた野田君が立っていた。
野田君はふらふらと偽狼に近づいていく。
「ちょっと! 野田君!!!」
野田君はどこか恍惚とした表情で私のことなど気にせず、偽狼に一歩一歩歩いていく。
まさかまだ憑りつかれている? でもそんな様子は見られないし。
「偽狼。本当に復活した……。本当に!!! あの伝説の!!! 妖怪が!!!」
「っ!」
野田君、偽狼のこと知っているの!? もしかしたら野田君、偽狼が復活した理由を知っているんじゃ。
そう疑っている間に野田君は私の横を通り抜けていく。
とにかく! 野田君を偽狼に近づかせたらいけない!
そう思って野田君の腕を掴もうと思った。その時――。目が合った。
偽狼の赤い瞳と――。
直後、体が硬直して動けなくなる。
「!」
マズい!!!
まだ父さんの結界は出来上がっていない。それどころか偽狼は足元に広がる結界の円陣模様を踏み潰し消していく。
「!」
そして偽狼は鋭い爪を野田君へ向けた。
もう駄目だっ!
赤い血が飛び散るのを覚悟してギュッと目を閉じる。
………………。
いつまで経っても野田君の悲鳴は聞こえてこない。それどころか。
パカラ、パカラと特徴的な音が連続で聞こえてきた。
この音……。馬の蹄の……。まさかっ。
そう思っていると「ギュルルルル!!!」と偽狼の悲鳴が聞こえた。
まさか。まさか。まさか――。
ハッと目を開いた。
「なんだ。こんなのに手こずっているのか」
首のない馬。そしてその馬に乗っている黒の着物に青の羽織を着た人物。
夜行さん!?
夜行さんは馬から降りて私の肩にそっと手を置いた。
「や、夜行さん。どうしてここに!?」
って。また話せるようになってるし。それに辺りはすっかり暗くなっている。
夜行さんは野田君の脇腹を大刀の柄で軽く突いて気絶させると、ジッと遠くを……いや、父さんを見た。父さんもジッと夜行さんを見ている。
夜行さんは父さんを見たまま口を開いた。
「こいつ一人で偽狼を抑え込むのは無理だろう」
……ん? こいつって私のこと!?
失礼な、と夜行さんを睨むが夜行さんは父さんから視線を外さない。
「ここは貸し一つ、でどうだ」
「……何が目的だ」
「偽狼の追加された能力。それが新しく出てきた妖怪に関係があるのかどうか」
「素直に言ったらどうだ。新しい妖怪『人喰いの屋敷』に関係があるのかどうか知りたい、と」
「……」
夜行さんは何も答えない。その間にも偽狼は夜行さんの抱えている野田君を奪おうと数多の目をギョロギョロと動かし、爪を伸ばす。それを夜行さんは野田君を抱えていることなど感じさせない軽い動きで、爪を大刀で受け流した。
父さんは「まぁいい。お前の案にのってやる」とフッと息を吐いて夜行さんから偽狼へと目を移した。
「だ、そうだ。退治屋」と夜行さんはこちらに目を向ける。
「……」
いろいろと言いたいこと、聞きたいことは山ほどある。けど。
私も偽狼へと目を向けた。
今は偽狼のことだけ考えないと――。
父さんが祝詞を唱え始める。夜行さんは野田君を地面に横たわらせ、武器を構えた。私も夜行さんに倣って刀を握る。
「あまり離れてまた動けなくなるなよ」
「……余計なお世話です」
偽狼はなかなか野田君に手が出せないのか、ギュルルルとより一層低く唸る。そして標的を変えたのか、一斉に赤い目が私を捉える。
「!」
偽狼の爪がいつの間にか眼前に迫っていた。
「退治屋!!!」
夜行さんに腕を引かれ、間一髪で攻撃を交わした。
「すみません」と私は夜行さんを視界の隅にとらえる。
「謝るくらいならしっかりしろ」
「言われなくても」
もう出遅れたりしない。
偽狼はもう一度私に攻撃を仕掛けてくる。私は素早く攻撃を避けて、刀を水平に構え偽狼の目を潰す。
もう一撃、と刀を構えた瞬間、偽狼はもう片方の腕を伸ばした。爪が再び眼前まで迫る。私は刀で爪を受け止める。だが。
「ぐっ!」
重い。それに受け止めるのが精一杯で父さんや夜行さんのように上手く受け流せない。まだまだ実践不足で未熟だからだ。
偽狼はそんな私に気付いて体重を思いきりかけてくる。刀がミシミシと音を立てる。
このままじゃ、刀が折れて……。潰されるっ。
その時「しっかりしろと言ったのが聞こえなかったのか」と夜行さんが私の真横に立ち、私と一緒に偽狼の攻撃を受け止めた。そのおかげでだいぶ体が軽くなる。
夜行さんはそのまま偽狼に反撃することなく、偽狼を抑え続けている。
なんで反撃しないの? と一瞬疑問が頭をよぎったが、すぐにこれでいいんだと一人頷く。
父さんの祝詞が徐々に徐々に大きくなっていく。偽狼を囲む円はもう半分まで出来ていた。封印が完成するまであと少し。
そうだ。私がすべきことは封印が終わるまで偽狼の足止めをすることだ。
「あと少しです。耐えましょう、夜行さん」
「さっきまでピンチだった奴がよく言う」
「むっ。それは……返す言葉がないですけどっ」
そうしている間にも偽狼を囲む円は出来上がっていく。やがて父さんが偽狼の周りを歩ききると足元の円陣が赤い光を放ち始める。
「ギュルルルル!!!!!」
偽狼は雄たけびを上げた。マズいと思ったのか、私と夜行さんを攻撃するのを止めて円陣の外へ出ようとしている。
私は駆け足で偽狼の前へ躍り出た。
「夜行さん、まだ父さんの封印は完成していませんっ」
「分かっている」
夜行さんもすぐに大刀を構えて私の隣に立った。二人で偽狼の前に対峙する。偽狼は「ギュルルル!!!」と雄たけびを上げながら、私達に爪を伸ばして荒く連続で攻撃してくる。
「っ!」
私も夜行さんも素早く身を躱す。
どうも偽狼は相当焦っているらしい。先程より荒々しくなっているが、なりふり構わず攻撃しているからか命中率が下がってきている。
あともう少し、あともう少し。
私は勢いをつけて地面を蹴り上げる。そしてまだまだたくさんある偽狼の目を刀で突きさした。だがすぐに他の目と目が合い、体が硬直してしまう。
「焦るな。こちらの方が押している状態なんだ」
そう言って夜行さんは私と目が合った偽狼の目を潰す。
「それに封印はもう完成しそうだぞ」
「え?」
地面に華麗に着地しながら父さんを振り返った。
「罪と云ふ罪は
父さんが祝詞を唱え終わると円陣から赤の光の壁が浮き出てくる。
「っ! 夜行さん!」
私は夜行さんの腕を思いきり引いて、夜行さんを円陣の外へ連れ出す。
この封印……。父さん、まさか……。
光の壁は徐々に明るく、そして狭くなっていき、偽狼を覆いつくしていく。偽狼はどうにか光の壁を抜けようと試みるが、壁はびくともしない。
やがて一際大きな偽狼の悲鳴が聞こえたかと思うと、光の壁も円陣も一瞬にして消え、後にはゴツゴツとした岩だけが残った。
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