偽狼 4

 集合体恐怖症ではない私が気持ち悪いと思うんだから当事者は倒れるんじゃないか。


 びっしりと生えた真っ赤な目が私を捉える。


 この妖怪、きっとそんなに強くない。時間はかかるかもしれないけれど、この目玉を一つ一つ潰していけば。それにその間に父さんが助太刀に入ってくれるかもしれない。


 ――真神! と声を上げようとしたその時だった。


「っ」


 声が……出ない。いや。声だけじゃない。指一本動かせない。

 どうして。


 私は目線をずらして自身の足元を見る。足元には偽狼と同じように波の模様が入っている。


 まさかこの波模様が全身に入っているんじゃ。


 おそらくだけど、この波模様のせいで体が動かせなくなっている。


 偽狼は鋭い爪を真神に向ける。真神は避けてはいるが以前より速くはない。真神は私の気力を元に動いているゆえ、の弊害。


 くそっ。


 偽狼は続けて二撃、三撃と鋭い爪を真神に振るう。真神はふらふらになりながらも偽狼の攻撃を避けているが長くはもたない。九撃目で遂に偽狼の爪が真神の中心を貫いた。


「!」


 真神の黒い線があちこちに飛び散る。前みたいに元には戻らない。

 偽狼はキュルルルルと音を立てて、こちらに歩いてくる。


「!!!」


 足を動かそうと力を入れる。が、やはり動かない。


 落ち着け、落ち着け。よく考えろ。この状況で何が出来るのか。


「…………」


 ……そういえば。

 真神にはあの波模様は出なかった。実体を持つ者にしか効かないのか分からないけれど。真神に偽狼はまだ有効なはずだ。あとは。

 私の気力だけ――。


 私は鋭く偽狼を睨む。


「――」


 ――真神!!!


 私は負けない。


 ――応えて。真神!!!


 その瞬間、黒い線がゆっくりではあるが徐々に一ヵ所に固まっていく。


 良かった。真神は私に応じてくれようとしている。

 けれどその間にも偽狼は私に迫り、爪を伸ばしてくる。


 あとちょっとなのにっ。


 偽狼は大きく爪を振り上げた。


「っ!!!」


 思わずギュッと目を瞑った。痛みがくるのをひたすら待つ。けれどいつまで経っても痛みは訪れない。


「?」


 私はおそるおそる片目を開けた。


「どうやら間に合ったみたいだな」


 見慣れた背中に狩衣姿。手には私のものとよく似た刀を握っている。けれども私のものと比べると少し太く、細長い。父さんは刀で偽狼の爪を受け止めていた。


 ――父さんっ!!!


 父さんは軽く偽狼の爪を受け流すと、素早く攻撃に転じ刀で偽狼の目をいくつか斬りつけた。

 偽狼は一際大きな機械音を上げる。


「強い!!! さすがは父さん!!!」


 …………ってえ!? 声が出せた!?


「まったく。待てと言ったのに」

「ご、ごめんなさい」


 父さんは後ろを向きながら私に話しかける。その際にも父さんは偽狼と対峙している。


 思わず子供の頃を思い出してしまう。私が子供の頃もこういうことがよくあった。私が妖怪に苦戦しているのに、父さんは易々と妖怪を退治しながら私に説教をしてしまう。

 強くてかっこいい。人間を護る父さんの姿に私はずっと憧れてきた。

 私にとって父さんは父というだけでなく、師匠であり、憧れの存在でもある。


「おい、呆けているなよ」


 父さんはぽいっと私の愛刀を投げた。


「わわっ」


 私は手を伸ばしてなんとか刀をキャッチ。


「いいか。奴の目を見るなよ」

「目……」


 ということはやっぱり偽狼の目が体を動かせなくしていたのか。でも。


「父さんは普通に動けているけれど」

「それはあの能力が奴の本来のものでなく追加されたものだからだ」

「追加?」

「奴の本来の力は大きな図体と傷つかない体だ。それがどういうわけかあの赤い目と目が合うと体が動かなくなるという能力が追加されている。だが最近追加されたものだからか、奴の目で干渉できるものは限られているようだ。奴の目はどうも歴史あるものには弱いらしい」


 なるほど。だから歴史ある真神には効かないし。父さんも退治屋として長いから。って、私がまだまだみたいに。いや、実際見習いなのだけれど。

 というか父さんはどうしてそんな情報を知っているのか。

 まぁ、父さんのことだからいろいろなこと知っていても不思議じゃないか。


「真神。ありがとう。戻って!」


 声をかけると真神はただの黒い線へと戻り、私の手の中にある紙へと戻っていった。私は式神を財布へとしまう。

 私は鞘から刀を抜いて構えた。


 私はまだまだ未熟だから刀を使いながら真神に意識を向けるのは難しい。しかも目を開けられない状況ならなおさらのこと。


 深く息を吸って目を閉じる。


 大丈夫。目を閉じていても動きは多少読めている。大丈夫。それに今は父さんがいる。

 鏡蛸の時よりも楽勝なくらいだ。


「父さん、サポートお願い!!!」


 私は一直線に偽狼へと向かう。ヒュウッと左耳で音を捉えた。偽狼の攻撃だ。私は素早く右へと避ける。


「っ!」


 左頬にピリッとした痛みが走る。

 どうやら偽狼の爪が掠ったらしい。


「まったく無茶して」


 父さんの声がすぐ右から聞こえてくる。続いて右からまたヒュウと音がしたが、すぐに父さんの刀の振るう音と共に偽狼の悲鳴が耳をつんざく。


「いいか、陽。お前は奴の目を潰していけ。奴が怯んでいる隙に封印を試みる」

「え? 封印? 倒すんじゃなくて」

「聞いていなかったのか。奴は傷つかない体を持っている」

「っ!」


 そうだった。奴は倒せない。


 私はコクリと頷いた。そして目を瞑ったまま父さんを見る。


「それじゃ、頼んだぞ。陽」

「っ……。うん」


 私は地面を強く蹴り、再び偽狼へと刀を向けた。


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