トイレの花子さん 10

 私はグネグネとした坂をバイクで走り、家である神社に辿り着いた。あれから私は蘭ちゃんと蘭ちゃんの両親に挨拶を済ませ、帰宅することになった。


 やっと一息つける。今日は本当にいろいろあった……。しばらく山童が頭から離れられそうにない。けれど退治屋は忘れることも技術だから。


 とにかく今は早く布団に入って寝よう、と平屋へ向かおうとする。

 だが、どうも様子がおかしい。


 平屋と隣接している本殿の前には祈願木が積み上げられ、お焚き上げがしてあった。メラメラと燃える炎は夜の闇を真っ赤に照らしている。


「何、これ」


 お焚き上げはうちの神社でも結構やるけれど。こんな真夜中にやるなんて始めてだ。


 私は焚火に近づく。少し冷えた体には火の暖かさが身に染みる。


 お焚き上げは故人が大切にしていた品物をお焚き上げして故人に返す、というものが一般的だけれども。わざわざ父さんが夜中にやると思えないし。となると――。


 そこまで考えたところで「帰ってきていたのか」と後ろから狩衣姿の父さんに声をかけられる。


「うん。ただいま」


 私が父さんの方を振り返ると父さんはギョッとした顔を見せる。


 あー。今の私、巫女服が血で真っ赤なんだった。


「えーとこれは妖怪の返り血で」

「…………」

「…………」


 脇腹の部分だけが赤いのに。自分でもかなり無理のある嘘をついているとは思うけれど。


 父さんは深くため息を吐いて、「まぁ、無事ならいい」と火へと顔を向ける。そして妙に真剣な顔つきをして「実はマズいことになってな」と口を開く。


 やっぱりこの雰囲気、ただ事じゃない。


 お焚き上げは故人に遺品を返すことだけじゃない。人に悪さをする品をお祓いすることもある。つまり清めの効果もあるわけだ。

 このお焚き上げはおそらくそっちの意味だろう。


 父さんは火を眺めながら低い声で語った。


「――平賀神社の封印が解かれた」

「!?」


 平賀神社には凶悪な妖怪が封印されている。いや正確に言うと平賀神社の参道にある狼の祠に妖怪が封印されている。封印されているのは文字通り、狼の妖怪だ。

 狼は村の牛を喰い殺したどころか、村人に撃ち殺された後も災いをもたらしたと言われている。

 確か名前は……。


偽狼ぎろう……」

「そうだ。陽が妖怪退治をしていたほぼ同じタイミングでやられた」

「どうして封印が解かれたの」

「……分からない。そういう前兆が一切なかったからな」

「!」


 父さんのような凄い退治屋でも分からない……なんて。一体何が起こっているの。


 父さんはフッと短く息を吐いて私へと顔を向けた。


「とりあえず今日はここまでだ。陽はもう寝ろ」

「え?」


 この状況で?


 父さんは「詳しい話は後にしよう。休むことも退治屋には必要だぞ」と苦笑いをこぼす。


 こういう時ばっかり『退治屋』って言うんだから。


 私は少し頬を膨らませる。と父さんはペシと軽く私のおでこを叩いた。


「どういう状況かは知らないが大怪我したんだろう」

「!!!」


 私が怪我を負ったこと、やっぱりバレてる……。


「今日はゆっくり休んでろ」

「……分かった」


 私は後ろ髪を引かれながら平屋に入る。平屋に入る前に少しだけ振り返って父さんを見る。と、父さんは「諸々の穢れを祓ひ賜へ清め賜へと」と小さく祝詞を唱えながら火の周りをぐるぐると歩き続けていた。


 父さん……。ずっと見回り続けるつもりなんだ。それに多分、今日は寝ないつもりだ。父さんがそこまでするなんて。


「偽狼……。一体、何者なの」


 私はお湯の入ったバケツに脱いだ巫女服を叩きつける様に投げ入れた。


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