トイレの花子さん 9
―山童視点―
「「山童!!」」
夜行さんと陽お姉ちゃんの声が聞こえる。でも、視界がおぼろで二人の姿はきちんとは見えない。
「……夜行、さんに、陽ちゃん?」
見えないけれど、二人がそばにいるのが分かる。
良かった。無事だったんだ。
そこに「山童ちゃんがそこにいるの?」と蘭ちゃんの声も耳に入って来た。
そっか。
「ら、んちゃんも……無事で、よかった」
きっと夜行さんと陽お姉ちゃんが助けてくれたんだ。
ホッと息を吐く。その時、ほんの一瞬だけれど夜行さんの顔をはっきりと捉えた。
その姿はあの時と一緒だった。わたしを助けてくれたあの時と――。
わたしはずっと一人で
昔はたくさん人が来た。お酒やおにぎりを対価に人間の木の伐採の手伝いをよくしたものだ。もちろんいたずらもしたけれど。
けれど段々と時が経つにつれ人間は技術を向上させ、わたしじゃなくキカイを使うようになっていった。
――このままじゃ忘れ去られてしまう。
そう思ってちょっとした倒木や落石を起こすも人間はわたしの姿を認識することはできない。
それどころか人間が山に入ってこない。
噂によるとこの辺りでは剣山つるぎさんや山の中で一番低いと言われている
このままじゃ本当に忘れ去られちゃう。消えちゃう。一人ぼっちで。
妖怪は人間の想像から生まれたものだから。忘れ去られてしまうと消えてしまう――。
わたしの姿が徐々に透けていく。力が出ない……。
ドサッと顔から地面に倒れ込む。もう指の一本も動かせなかった。
辺りが異様に静かだ。風の音さえ聞こえない。
…………。
…………。
「、い」
「…………」
「おい! 無事か!」
「……?」
声が、聞こえる。
わたしはなんとか顔だけを地面から上げる。いつの間にか黒の着物と青の羽織を着た眼鏡の男性がわたしに手を差し伸べていた。
「だれ?」
「夜行さん」
「やぎょう、さん」
名前は聞いたことある。夜行日に遭遇すると投げ飛ばされたり首無し馬に蹴飛ばされたりするっていう妖怪。
「そういうお前は」
「わたしは――――」
あれ? わたし。名前、何だっけ。思い出せない……。
「お前の名前は山童だろう」
「やま、わろ」
そうだ――。わたしの名前は山童だ。
そう認識した瞬間、透けた体に色が付いてくる。わたしは夜行さんの手を取って体を起こした。
「大丈夫か」
「うん」
夜行さんはホッと息を吐く。そして「一緒に来ないか」と唐突に誘いをかけてきた。
「え……」
「どうせ一人なんだろう。このままここにいて人間から忘れ去られて消えるより、一緒にいた方がいいだろう」
そう言って夜行さんはジッと私を見た。
あの時と一緒だ。私を助けてくれた時と。
あの時、夜行さんがわたしの名前を呼んでくれたから消えずにすんだ。あの時、一緒にいこうって誘ってくれたから一人ぼっちじゃなかった。
「夜行さん……。わたしのこと、見つけて、くれて……。ありがとう」
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