トイレの花子さん 4

 トイレに足を踏み入れる。トイレは割と綺麗だ。白いフローリングの床に壁は薄ピンクに塗られている。

 ただ妖怪がいると分かっているからか、空気が冷たい。


 トイレの扉は全部閉まっている。


 私はゆっくりと足を進め、三番目の扉で立ち止まった。


「それじゃあ行きますよ」


 私が夜行さんを振り返ると夜行さんは力強く頷いた。


 私はゴクリと唾を飲みこんでから、拳をつくって軽く扉を叩いた。


「はーい」

「!?」


 可愛い女の子の返事が扉の奥から聞こえてきた。


 トイレの花子さんがいると知っていたけれど、実際に声が聞こえると一瞬でもドキリとしてしまう。


 私はブンブンと首を横に思いっきり振る。


 蘭ちゃんを助けるんだから――。


 刀に手をかけたままガン、と扉を蹴った。


「っ!」


 個室の中には山童と同い年くらいの女の子がいた。

 私は考えるまでもなく刀を抜いた。刀を一気に花子さんに振り下ろす。


 ……だが。


「!」


 ガチン、と鈍い音がして手にビリビリと衝撃が走った。ハッとして手元を見ると見慣れた大刀が私の刀を止めている。


「夜行さんっ!」


 いつの間にか夜行さんが私と花子さんの間に入っていた。私はキッと大刀の持ち主、夜行さんを睨みつける。


 夜行さんだって妖怪なのに。信用しすぎた。裏切られるとは正直思わなかった……。


 私はチッと舌打ちを打つ。


 三対一。しかも場所はトイレ。狭いから刀も大振りできないし、逃げ場もない。

 ……力技しかないか。


 私はグッと夜行さんの大刀を押していく。夜行さんの顔がわずかに歪み「ちょっと待て」と声をかけてくる。


「……この状況で何を待つって言うんですか」

「いいから少し待て」


 夜行さんはグッと私の刀を押し返してくる。


「陽お姉ちゃん、刀を引いて!」と山童が服の袖を引っ張ってくる。


 可愛い見た目に騙された。山童にも……。


 そう思った時、さらに力強く山童が服の袖を引っ張った。


「違うの! 花子ちゃんは友達なの!」


 ――は?


「はぁぁぁぁぁぁ!?」


 思わず刀を握っている手から力が抜ける。それを見て夜行さんが大刀を引いた。


「だから言っただろう。ちょっと待てって」

「だって! そんなこと一言も言わなかったじゃないですか!」

「分からなかったからな。味方かどうか」


 そう言って夜行さんはクイッと眼鏡を上げてトイレの花子さんを振り返る。私も夜行さんから改めて花子さんへ視線を移す。


 おかっぱ頭でピンクのワンピース。赤のランドセルを背負っている。イメージ通りの姿だ。


「久しぶりだな。トイレの花子さん」

「久しいねぇ~。まさかこんな手荒な歓迎の仕方をされるとは思ってなかったがね」

「!」


 花子さんは姿だけでなく声も可愛らしい。けれど容姿と異なる話し方をしていて混乱してしまう。


「悪かったな。こちらもやっかいなことがあってな」

「それで、用件は一体何なんだい」

「昨日、ここに乗り込んだ生徒がいてな。そいつに『三日後迎えに行く』なんて言ってないだろうな」

「……」


 花子さんは二、三秒宙を見た。かと思うと「いやぁ」とバツが悪そうに視線を下げる。


 その様子にまさか……と嫌な予感がよぎる。


 けれど花子さんはハッキリと「言っていないよ、そんなこと」と返した。それどころか「わたしも困っていてね」と続ける。


「「困っている?」」


 私と夜行さんの声が重なった。


「ええ。ここ数日の間で現れた妖怪らしくてねぇ。『三日後に迎えに行く』と言う声を聞いた生徒はいなくなってしまう」

「姿は!?」

「それが不思議なことに姿を見たことがない。同じ時間、同じ場所にいるのにねぇ。だから余計に困っているのよ」


 私と夜行さんは思わず顔を見合わせる。


 つまり花子さんは蘭ちゃんのことに関係ないどころか、仲間ってこと?


 夜行さんは静かに頷いてズレた眼鏡を直す。


「花子さんが関わっていないとなると三日目まで待つしかないだろうな」

「……そう、ですよね。蘭ちゃんにピッタリとくっついて、そいつが現れたら斬る」


 それしかない――。


 私は刀の鞘を撫でる。それを見ていた山童が「ちょっと待って」と声をかける。


「相手の能力とか分からないんでしょう。陽お姉ちゃんのお友達にずっとくっついているのは危ないよ」

「!?  それじゃあどうするの」

「わたしは二手に分かれるべきだと思う」

「……」


 意外としっかりとした案にちょっと驚いてしまう。


「で、どう分かれるんだ」と夜行さん。


「夜行さんと陽お姉ちゃんはこのトイレにいて。わたしは陽お姉ちゃんのお友達につくよ」

「え!? 普通逆じゃないの!?」

「陽お姉ちゃんはこの学校の生徒なんでしょ? 何かあった時に学校に詳しい陽お姉ちゃんがいた方がいいと思って。それに見た目が子供のわたしがいた方がお友達も安心すると思う」


 ……。確かに一理ある。けれど任せていいのか。


 私がすぐ答えず眉をひそめていると「信じて」と山童は口を開いた。


「大丈夫。陽お姉ちゃんのお友達を悲しませるようなことはしないよ」


 山童はちょっと涙を浮かべて上目遣いでこちらを見ている。


「う……」


 これは可愛い。ズルい……。


 私はそんな山童に負けて「それじゃあ」と頷く。


「蘭ちゃんのこと、よろしくお願いします」

「うんっ、任せて」


 山童は弾けるような笑顔を見せる。それを見て自然と私も頬が緩んでしまっていた。


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