トイレの花子さん 3

 山本さんが喫茶店から出ると「で」と夜行さんが口を開いた。


「いつ戦うつもりなんだ」


 ほんと、お客さんと私との態度の差が酷いな。


 私は呆れながらも「そりゃ、今日の夜にでも」と返す。


「じゃっ、俺も行くか」

「「え!?」」


 雪女と声が被った。私はギョッとして後方を振り返り雪女を見るが、雪女はそれ以上何も言わなかった。

 私は再び前を向いて夜行さんへ向き直る。


「あのー。本当に共闘してくれるんですか」

「ああ。前にそう言っただろ」

「……本当に共闘してくれるとは思わなかったので」

「俺は嘘を言わないさ」


 夜行さんがクイッと眼鏡を上げて、ドヤ顔を決めたところで「ずるーい!」とドタドタと足音が聞こえてきた。


「わたしも一緒に行く」


 足音を響かせこちらに来たのは山童だった。


「行くって山童もか」

「うん。陽お姉ちゃんのこと、心配だし」


 っ! 陽お姉ちゃんっ!


 その響きに思わずキュンとしてしまう。


 従妹はいるけれど皆年上ばかりで、年下はいなかった。だからお姉ちゃん、という響きが余計に心に刺さる。


 私は山童の小さな両肩をがっしりと掴む。


「駄目だよ、危ないから」

「えー。大丈夫だよ。わたし、こう見えても強いし」

「!」


 そういえば見た目は小学生の女の子だけど、実際は妖怪だった。


 私はハッとして急いで手を引っ込める。


 夜行さんはその様子を見てクスリと笑うと「それじゃあ山童、お前もついてこい」と口を開く。


「で、でも」


 やっぱり見た目が可愛い女の子のせいで気が引ける。


「大丈夫だ。山童はそれなりに強いからな」


 私は「……分かりました」と渋々と答えて、オレンジジュースを飲み干してから立ち上がる。


 とにかく退治しに行くからには準備しないと。


「それじゃあ、夜、池田高校で」






 夜中の一時、私の通っている高校、池田高校までバイクを走らせる。服装はもちろん巫女服だ。

 夜行さんと山童とは現地集合になっていた。


 さすがにこの時間は誰も歩いている人はいない。いつもの木に囲まれた通学路が違う道に見える。


 少しの肌寒さを感じながらバイクを走らせ、高校の正門に着く。しばらくするとどこからともなくパカラ、パカラと独特な音が聞こえてきた。


 この音……きっと首無し馬だ。


 予想通り、馬が急に目の前に現れる。馬の首はない。


「すまない、待たせたか」


 夜行さんが首無し馬の上から声をかけてきた。首無し馬には夜行さんが乗っていて、山童は夜行さんに抱えられる形で夜行さんの前に乗っている。


「そんなに待ってないので大丈夫です。それより目立たないうちに早めに学校に侵入しましょう」

「それもそうだな」


 夜行さんは山童を片手で抱えながら、馬から降りる。夜行さんは馬にくくりつけられている大刀を外し始めた。

 山童はというと夜行さんの手を離れ、私の方へ駆け寄ってくる。そしてギュッと私の手を握ってきた。


「!」

「一緒にいこう」

「っ!」


 や、やっぱりかわいい。


 思わず頬が緩んでしまいそうになる。私はその衝動をグッと堪えて「それじゃあ行きましょうか」とそっけなく返す。


 私は山童の手を引きながら正門から堂々と高校へ足を踏み入れる。夜行さんも私の少し後を大刀を肩に担ぎながらついてくる。


 池田高校の正門を抜けるとすぐ目の前にちょっとした池が見える。そこを避ける形で真っすぐに向かうと下駄箱だが、あえて真っすぐではなく右の道へ歩みを進める。

 しばらく歩き、私はグラウンドの一歩手前で足を止めた。左にある窓に目を向ける。シャッターがおりていてここから中を確認することはできない。


「ここから入るのか」と夜行さん。


「はい。ここはパソコン室です。今日、というより昨日はどのクラスもここを使ってないですし。いつも窓はシャッターが閉まっているので、鍵が閉まっているか一目じゃ分からないんですよ。シャッターを開けるという一手間がかかりますし」

「ふーん」


 そっけない夜行さんを気にもとめず、山童は勢いよくガラッと窓を開けて「わたし、一番乗り~」とパソコン室に入っていった。


「それじゃあ俺達も行くか」


 私がコクリと頷くと夜行さんはヒョイと軽く窓枠を乗り越え、パソコン室に入っていった。次いで私も窓に足をかけてパソコン室に入る。


 パソコン室は出入りすることがほとんどないからか、埃の臭いが充満している。


「それで例の場所は」

「こっちです」


 私は内側からドアの鍵を開けて、廊下に出る。寒々とした空気が辺りに漂っている。私は慣れた足取りで三階へ向かう。そして蘭ちゃんから聞いた例のトイレの花子さんが出たというトイレの前に立った。


「ここです」


 私は一度振り返って夜行さんと山童を見る。

 夜行さんは眼鏡を上げてから大刀を担ぎ直す。山童はというと私の巫女服の裾を掴んできた。


 この状況でも、やっぱり山童はかわいい。


 頬が緩むのをグッと堪えて、トイレに向き直る。


「それじゃあ、乗り込むとしますか」


 私は刀をいつでも抜ける状態にしながら、足を一歩前に踏み出した。


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