トイレの花子さん 2

 私は喫茶『百鬼夜行』の前で頭を抱えていた。


 来てみたのはいいけれど、どこから話そう……。

 夜行さんが母とどういう関係だったのか、を聞きたい。けれどまずは蘭ちゃんのことを話すべきだろう。

 というかトイレの花子さんって人喰いの屋敷に関係あるのか? とはいえ共闘するって言ったし。何らかの情報を持って来るって言ったし。

 やっぱり……話すだけ話してみよう。


 私はゴクリと唾を飲みこんでから、喫茶『百鬼夜行』の引き戸を引く。


「いらっしゃいませ~」


 奥からパタパタ、というよりドタドタという足音が聞こえてくる。しばらくして桃色の着物を着た小学生くらいの女の子が出迎えにくるのが見えた。


 確かあの子は……『山童』と呼ばれていた子だ。


 山童は私を見つけると一直線に駆け寄ってきた。そして顔をジッと覗き込んでくる。


「あなた退治屋でしょ? 日髙家の」

「あ、うん」と頷くと山童は急にキラキラした目を向けてきた。


 !?


 その予想外の反応に思わず一歩後ろに下がってしまう。


 だってこの前の反応から嫌われていると思ったし。


「さ、こっちこっち。いっぱいお話ししたいと思ってたの」


 そう言って山童は私の腕を引いて店の中に連れていく。


 か、かわいいっ!


 妖怪だって分かってる。妖怪だから私より何百年も生きているはずなのだ。けれど見た目がただの小学生の女の子なせいで、頬が緩んでしまう。


 可愛いと思わない方が難しい。


 山童はぐんぐんと私の腕を引いていく。


「お客さん来たよ~」


 山童から手を離される。


 山童がドタドタとキッチンへ向かうのを尻目に私はいつもの庭園が見える場所に座る。私はせっかくの庭園を見ずに店の中を見渡した。


 店の中にはかずら橋の時に会った天狗がいた。ただ前と違って修験者の服でなく、赤茶色の着物を着ているし、羽は生えていない。顔は多少赤みがかっているが前ほどではないし、今はただのかっこいい人だ。


 とりあえずはトイレの花子さんのことを夜行さんに話さないと。


 そう思って再びチラチラと辺りを見回すが夜行さんの姿が見えない。


 今日はキッチンの方? それとも妖怪が従業員でもちゃんとお休みがあるとか?


 辺りの様子を伺っていると「ご注文はお決まりですか」と声がかかる。声をかけてきたのは雪女だった。相変わらずの色白肌、黒髪で白い着物を着ている。


「あ……。えっとそれじゃあ、オレンジジュースとみたらし団子で」

「かしこまりました」


 そう頷いたものの雪女の目は左右に揺れている。雪女は分かりやすく肩を落としながらキッチンへ向かっていった。


 やっぱり、私が来て動揺しているんだ……。そんなに分かりやすく嫌わなくてもいいのに。


 自然と自身の肩も下がっていってしまう。


 その下がった肩を急にトントンと叩かれた。


「っ!」


 肩を叩いたのはスーツを着た中年男性。


「ああ、やっぱり。コスプレの姉ちゃんじゃないか」

「あなたは」


 肩を叩いたのは私にかずら橋の情報を教え、夜行さんに大百足から助られけた男性だった。


「ああ。自己紹介がまだだったな。俺は山本だ」

「山本さん……」

「今日はコスプレしてないのか。って、あの巫女服はコスプレじゃなかった。なんてったって退治屋だもんなー」

「あれから体は大丈夫でしたか」

「ああ。おかげさまでな。それにしても……この喫茶店の従業員って全員姉ちゃんの使い魔か?」

「!」


 そういえば夜行さんと天狗のことを自分の使い魔って言っちゃったんだ。


「えーと、まぁ、はい」と私は曖昧な返事を返す。


「いや~本当にスゲーな姉ちゃん」

「ええ。私達の主は凄い方なんですよ」


 っ!


 急に後ろから声をかけられる。知らぬ間に夜行さんが真後ろに立っていた。


「いいいい、いつの間に!?」


 夜行さんはニコッと胡散臭い笑みを浮かべ「オレンジジュースとみたらし団子をお持ちしました」と机に置いていく。


「夜行さんも大変だねぇ」

「ええ。主の人使い、いえ妖怪使いが荒いもので」

「まぁ、それはそれとして俺はコーヒーね」

「はい、かしこまりました」


 夜行さんはキッチンへ向かう。ほんの二、三分で夜行さんはコーヒーを持ってきた。


「お待たせしました」


 夜行さんは山本さんの机にコーヒーを置いた後、何故か私の隣に腰を下ろす。


「あのー夜行さん。そこで何をしてるんですか」と作り笑いで夜行さんに対応していく。


「きっと主のことですから。何か面白い話をお持ちなのではないかと」

「……」


 こいつ……。使い魔って言ったこと、根に持ってるな。


「おっ! 妖怪絡みか!? 気になるな~」と山本さんも夜行さんと一緒に話にのってくる。


 というか山本さん。かずら橋で大百足と遭遇したばっかりなのに。よく話を聞く気になれるな。


 私は深くため息を吐いた。


「私の友達がトイレの花子さんをしたんです。夜中に三番目の扉を叩いたら『はい』と女の子の声が聞こえたらしくて……」


 夜行さんの眼鏡がわずかに黒光りした。夜行さんは「それで」と続きを促す。


「『三日後迎えに行く』と言われたそうです」

「おお……」


 山本さんはわざとらしく身震いをしてみせる。


「もちろん姉ちゃんは戦うんだろ」

「それはもちろん」

「じゃっ、俺も連れてってくれないか?」

「「は!?」」


 私と夜行さんの声が被さる。


「駄目に決まってるじゃないですかっ! かずら橋の時に山本さん、死にかけたんですからね」

「いやぁ、やっぱり駄目か」

「当たり前です!」


 山本さんは笑みを浮かべると机に置いてある熱々のコーヒーを一気に飲み干す。そしておもむろに立ち上がった。


「じゃ、俺は帰るわ」

「もうですか」と夜行さん。


「こちとら社会人。明日も会社に行かなきゃならないからな」


 会社……。そういえば――。


「あの、山本さん」と私は控えめに声をかける。


「山本さんのご友人は、その……。どうなったんですか」

「ああ。それはどうでもいいんだ」

「? どうでもいい?」


 まさか助かったとか。いや、むしろ亡くなった可能性が高いか。だからもうどうでもいい、なんて。


 私がわずかに視線を落とすと山本さんは人懐こい笑みを浮かべる。


「それじゃ、退治屋の姉ちゃん。また面白い話があったら教えてくれよ」


 山本さんは私の頭を一度クシャリと撫でてから去っていった。

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