かずら橋 8

 私は喫茶『百鬼夜行』からバイクを飛ばして家である神社に帰ってくる。神社ではもうすぐ空が暗くなるのに、父さんが本堂の周りを掃いていた。


「ただいま」

「おかえり」


 父さんは掃き掃除を止めて私の方へ足を向ける。


「それで人喰いの屋敷の調査はどうだ」

「ま、まぁ。ボチボチ」


 私は言葉を濁す。


 どうしよう、夜行さんと共闘することを言うべきか……。


 実は父さんには昨日大百足と戦ったことは伝えているけれど、夜行さんと会ったことは伝えていない。

 夜行さんは昔日髙家うちにお世話になっていたことがあるって言っていたけれど……。

 何故か言わない方がいいだろう、と思ってしまった。


 けれどやっぱりどういう関係なのか気になる……。


「あのー。父さん」


 ゴクリと唾を飲みこんでから声をかける。


「夜行さん、って知ってる?」

「!!!」


 その瞬間、父さんの目がギラリと光った。そして私の首元の襟を強く握りグッと引き寄せる。


「っ!!! と、父さん!?」

「お前、あいつに会ったのか!?」

「あ、会ってない!!!会ってないから!!!」


 その尋常でない父さんの様子に必死に首を振る。


「父さんっ! 何かあったの!?」


 私の声に父さんはハッとして襟から手を離した。

 ゼエゼエと私は息を切らす。


「陽……。その、すまなかった」


 父さんが頭を下げる。

 私は息を整えながらブンブンと首を振った。


 普通の家なら娘の襟元を掴むなんて大問題だが、私の家、というより退治屋の家に産まれた私にとっては良くあることだった。

 昔なんて妖怪退治している父さんに隠れてついていって、げんこつたくさん食らったし。危なくなった時は今みたいに首の襟を掴んで後ろに投げ飛ばされたものだ。


 私はおずおずと父さんに尋ねる。


「夜行さんっていう妖怪と何かあったの」

「……いや。何もない」

「でも」

「……」


 父さんはハァと重くため息を吐いてから、やけに真剣に私を見つめた。


「夜行さんとは関係がない。ただ」

「ただ?」

「ただ関係があったのは」


 息を吸う父さんの声がやけにはっきりと聞こえた。


「関係があったのは――母さんの方だ」

「! それってどういう」


 私の母さん、田中たなか 明愛梨めありは私が六歳の頃に行方不明になっている。亡くなっている、と言わないのはまだ遺体が上がっていないからだ。

 母さんも退治屋だったから、おそらく妖怪に倒されたのではとは思っている。


 私は父さんをジッと見つめる。けれど父さんは「これ以上は話すつもりはない」と一喝。

 父さんは箒をしまってそそくさと平屋へ入ってしまった。私も父さんの後を追って平屋に入る。


 その間も父さんに負けじと「それってどういうこと?」と聞き続ける。だが父さんは一切口を割る事は無かった。




―夜行さん視点―


 退治屋の陽が喫茶店から出ていき、俺は思わず口の端を上げてしまう。それとは反対にキッチンからドッとため息を吐く音が聞こえてきた。


「夜行さん、本気ですか? 日髙家の退治屋の娘と手を組むって」


 恐る恐る雪女がキッチンの暖簾から顔を出す。普段から色白の顔だが、今は緊張からか紫がかってしまっている。


「本気だ。昨日会った時、天狗もノリ気だったしな。まさか雪女、退治されそうで恐ろしいとか言うつもりか」

「そんなわけないじゃない。ただあの退治屋はあの人の子供だから……」

「……」

「だから私達も、夜行さんも一緒に居づらいんじゃないかと思っただけで」


 雪女の言いたいことがなんとなく伝わり、俺はフンとわざとらしく鼻を鳴らす。


「馬鹿か。ここから出るのに居づらいも糞もない。利用できるやつは利用する。それだけだ」

「そう……ですか。夜行さんがそれでいいなら私は構いませんけれど」


 そう言って雪女はキッチンの片付けに入る。


 俺は窓から日本庭園をジッと見る。夕日で橙に染まっていた景色はいつの間にか暗くなってきている。

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