かずら橋 7

 私は喫茶店『百鬼夜行』の前で仁王立ちしていた。ちなみに服装は前回の巫女服ではなく、桃色のシャツとジーパンといったカジュアルな服を着てきている。


 本当は巫女服を着ても良かったのだが、一応はお店に入るわけだし。それに夜行さん達が悪い妖怪とはどうも思えず、仕事着ではなく私服を着た。


 お店の営業時間は午前八時から午後四時まで。私のスマホは午後三時四十五分を表示している。


 人喰いの屋敷について聞くのは閉店後の方がいいだろうとあえてこの時間に来た。他にお客さんがいないときの方が聞きやすいし。ないと思うけれど、もしも夜行さん達と戦闘になった時のことを考えたら……。

 やっぱりこの時間に来て正解だ。


 スマホの時間は五十分。あと十分だ。


 そう思っているとガラガラと引き戸の開く音がした。ハッとして私はスマホから視線を上げる。


「入らないのか?」


 そう声をかけてきたのは黒の着物と青の羽織を着ている夜行さんだった。


「もうすぐ閉店するぞ。注文するなら今のうちだ」

「今日は飲食しにきたわけじゃありませんから」

「だがそこで立っているのも辛いだろう。中に入ったらどうだ」

「……」


 私が黙っていると夜行さんは深くため息を吐いた。


「言っておくが俺はわざわざうちの店に出向いた客を襲うような悪趣味はない。それに退治屋に話しておきたいこともあるしな」

「話しておきたいこと?」

「ああ。とりあえず中に入れ」


 そう言われても素直に頷くことは出来ない。相手は妖怪。もしかしたら罠ということも考えられる。

 けれど、少なくとも昨日は夜行さんは私に味方してくれたわけだし。

 ――心のどこかでは悪い妖怪ではないと思ってもいる。


 私は小さく頷いて喫茶店に入った。

 お客さんは一人、すでにお皿は空になっていて帰り支度を始めている。


 前回座った場所と同じ、日本庭園の見える席に座る。外は薄っすら暗くなっているため、隅まで見ることは出来ない。


「ご注文はお決まりですか」


 夜行さんは白々しく後ろから声をかけてくる。私はとりあえず「オレンジジュースで」と返す。

 夜行さんは一礼して暖簾で区切られたキッチンの方へ入っていった。


 夜行さん以外の従業員は見かけない。いや、従業員の視線だけはヒシヒシと感じている。

 私はキッチンを横目で盗み見る。――と、やはりいた。


 雪女がこちらをこっそりと見ている。だがお客さんの「お会計」の声でおずおずと顔を出した。


 私はジッと目を凝らして雪女を見つめる。


 やはり今の雪女からは妖怪独特の気配、というものを感じられない。


 雪女はお会計を終わらせお客さんを見送ると青ざめながら足早にキッチンへ戻っていく。

 それから雪女と入れ替わるように「お待たせしました」と夜行さんがお盆にオレンジジュースを乗せて持ってきた。


 私はオレンジジュースを受け取って一口飲む。カルピスが入っているため喉がクッと熱くなる。


 相変わらず美味しい。


 私は軽く息を吐いて、夜行さんと視線を合わせる。


「今日は質問したいことがあって来ました」

「ほう」

「『人喰いの屋敷』について何を知っているのか」


 その瞬間ざわざわと喫茶店の中が騒がしくなる。いや、騒がしいのはキッチンだけだ。

 キッチンの暖簾から従業員がこちらをジロリと見て、ひそひそと何やら話している。


 とりあえず他の従業員は無視して、私は夜行さんの目をジッと覗く。


「そうだな。知っているも何も俺も『人喰いの屋敷』について話したいと思っていたところだ」

「へ?」


 予想外の答えに思わず変な声が出た。夜行さんはそんな私にお構いなしで私の隣に片膝を立てて座り、話を続ける。


「まず俺達は人喰いの屋敷にとある術をかけられている」

「術?」

「ああ。昼間は妖力が落ち、この屋敷から出られず縛り付けられる術だ」

「! それじゃあ、今の夜行さんから妖怪の気配がしないのは」

「それが理由だろうな」


 その夜行さんの言葉に私はざわざわと騒いでいるキッチンへ目を向ける。と、一瞬で従業員は黙りこくり、ピキンと張りつめた空気が流れた。


 やっぱりな……。

 その可笑しな雰囲気に私は一人納得する。


 私は再び夜行さんと視線を合わせた。


「薄々思っていましたけど、ここの喫茶店の従業員って全員妖怪……ですよね」

「ああ」と夜行さんは即答。


 ということは私がこの喫茶店に来た時、雪女が私の姿を見て様子が変になったのはコスプレしている変なやつと思われたからではなく、滅せられると思ったからなのかも。

 そして今も私を恐れている、か。


 キッチンからは雪女の白い顔がこちらを覗き込んでいるのが見えた。


「さて、そろそろ本題に入ろう」

「本題?」

「人喰いの屋敷を倒して、俺達にかけられた術を解いてほしい」

「え」


 私は思わず眉をひそめる。夜行さんは「まぁ、話は最後まで聞け」と引き続き話を続ける。


「もちろんただで、とは言わない。お前の様子からしてお前も人喰いの屋敷について何か探っているんだろう?」


 私はコクリと頷く。


「私は人喰いの屋敷を倒さないと退治屋として認めてもらえないので」

「なるほど。まぁ、どういう理由にしろ俺とお前は人喰いの屋敷を倒したい。そうだろ?」

「そうですけど」

「だったら共闘しないか」


 日本庭園にある木々が揺れる。

 私はうんともすんとも言えなかった。


 共闘? 私が? 退治屋と妖怪が?

 そりゃ確かに人喰いの屋敷を倒したいし、人数は多い方がいい。正直、私にとっては悪くない提案だ。けれど相手が妖怪というところがどうしても気になる。それに気になることがもう一つ。


「夜行さん。この提案は――私ばかり有利な提案です」


 夜行さん達は昼間出歩けないかもしれないが、夜は妖力が戻る。つまり夜になったら人喰いの屋敷の捜索に出られるわけだし、昨日見た夜行さんは十分強かった。わざわざ退治屋と手を組んでまで戦う必要はないように思える。


 夜行さんは「そうでもない」と私が頼んだオレンジジュースに手をつける。


 それ私の! と言う前に夜行さんはストローに唇をつけてオレンジジュースを一口。


「昼間だけとはいえずっとここから離れられないのはなかなか辛いものがあるぞ。人喰いの屋敷の情報もそこまで集まらないしな」

「……共闘するってことは夜行さん以外の妖怪も納得してるんですか」

「いや、全く」

「おい」

「まぁ、無理やり納得させるから気にするな」


 暖簾から覗く妖怪たちの目がわずかに揺らいでいる。


 なんだか不憫だな……。

 そう思ってしまったからか、ごく自然に「分かりました」と答えてしまっていた。断って夜行さんに責められでもしたらさらに可哀そうだし。


 夜行さんは「ならよかった」とまたオレンジジュースを一口。


「あのー。夜行さん。そのオレンジジュース……」

「ん?」

「いや、何でもないです」


 結局オレンジジュースに言及することはなかった。


 また来ればいいだけの話だし。


「で、どうやって共闘していくつもりですか」

「そりゃあ昼間はお前が人間から、俺は喫茶店に来る客と妖怪から情報収集する。んで、二人の情報を集めて夜に現場に直行という流れだ」

「分かりました。それじゃあ次来るときは何かしら情報をもってここに来ることにします」

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