かずら橋 5

 馬に乗っていたのは喫茶『百鬼夜行』にいた黒髪眼鏡の男性、夜行さんと呼ばれる従業員だった。


 だが……。


 私はジッと夜行さんを見つめる。


 夜行さんから黒い気配が漂っているのが見えた。


 喫茶店で会った夜行さんは紛れもなく人間だった。でも今の夜行さんは紛れもなく妖怪の気配がする。


「やっと気づいたのか」


 夜行さんはしなやかに馬から降りてくる。


「…………どういうことですか」

「まぁいろいろとあってな」

「そのいろいろを聞いているんですが」

「だからいろいろだ」


 従業員だった夜行さんの時の口調の差に思わず眉をしかめる。

 私は刀を夜行さんへ向ける。と、夜行さんは「刀を構えるべきはアイツだろう」と顎で橋の端を指した。


 大百足はジリジリとこちらに詰めてきていた。


 頬から冷たい汗が流れる。


 どうして今日はこんなにもマズいことが続くの……。夜行さんは今のところ私に何かしては来ないようだけれど。でももし夜行さんが大百足と一緒に襲ってきたら……ひとたまりもない。


 そうこうしているうちに大百足はかなり距離を詰めてきている。


「!」


 とにかく今は目の前の敵をどうにかするしかない。


 私はゴクリと唾を飲みこむ。グッと強く刀を握った。

 その瞬間、「いや、それは悪手だ」と夜行さんから声がかかる。


「悪手?」

「お前は今、人を庇っている状態だろう」

「!」

「その状態で大百足を相手に出来るとは思えない」


 私は倒れている男性を横目で見る。


 確かにその通りだ。でも……。今頼れるのは自分自身だけだ。


 そう思って夜行さんを睨みつけるけれど、夜行さんはわざとらしくヤレヤレと首を振る。そして首無し馬に括り付けてあった大刀を取り出した。刀身は太く湾曲しており、刀を握る部分である柄がかなり細い。


「俺がやつを倒してやる」

「!」

「それならお前もそこの男に目を向けられるだろう」

「――つまりは私に手を貸してくれるってことですよね」


 問いかけに夜行さんは「ああ」と答えた。思わず私は「どうしてですか」と強めに返す。


「いろいろだ」

「またいろいろですか……」


 これ以上何を言っても無駄か、と心の中でため息を吐いた瞬間、大百足は今が好機と思ったのか速度を上げてこちらに詰め寄ってくる。


「!」


 私は刀を構えて応戦しようとする。だがグッと夜行さんに手を引かれる。


「だからそれは悪手だ」


 夜行さんはそう言いながら私を背に庇い、大刀を構えた。大百足は夜行さんを気にとめず突進してきた。夜行さんは大百足の素早い動きに合わせてなめらかに刀を下から上へ振り上げる。


 そして――。

 そのなめらかな動きとは対照的に一気に大百足の足を数本切り落とした。


「ギィィィィ!!!」


 甲高い悲鳴が辺りに響き渡る。と同時にまた毒の体液がこちらに襲い掛かる。


「っ!」


 マズい!!!


 咄嗟に私は大百足から背を向け倒れている男性に覆いかぶさる。


 ジュッと嫌な音とともに背中に激痛が走った。


「!」


 必死に唇を噛んで痛みに耐える。その甲斐あってか、庇った男性には毒はかかっていない。


「キサマどうして邪魔をする!!!」

「お前こそ、元は由緒正しい妖怪だ。昔はそんなんじゃなかっただろう」

「……それは昔の話。時代は変わるのよ」

「……そうか」


 夜行さんはフッと息を吐いて大刀をまた構える。そして大刀を構えたまま、自ら大百足に向かっていく。


「!」


 私は横目で夜行さんを見ながら再び男性に覆いかぶさる。


 夜行さんは大百足に一気に詰め寄る。夜行さんは大刀を思いきり振るが、大百足は素早い動きで体をひねり攻撃をかわした。

 大百足はそのまま夜行さんの左肩に噛みつく。


「ぐっ!」


 夜行さんの頬から冷や汗が流れる。


「夜行さんっ!」


 思わず私は男性に覆いかぶさるのを止めて夜行さんに駆けつけようとする。


 まだ夜行さんを信用しきったわけじゃないけど、今のところ夜行さんは私と男性を背に庇って大百足と戦っている。

 心配しない方がおかしい……と思う。


 だが。


「大丈夫だ。お前はそこで見ていろ」と夜行さんに一喝されてしまう。


 私は戸惑いながらも頷いて再び男性に覆いかぶさった。


 夜行さんは大刀を振るって大百足を引き剝がす。大百足は引き剥がされても間髪入れずに夜行さんへ再び噛みつこうと大口を開ける。

 夜行さんは大刀を横一文字に振るう。大百足は大きな体に関わらず、軽々と高く跳びあがり攻撃を避けた。


 あの大百足、かなりの厄介者だ。


 大百足は空中で体をひねり今度は夜行さんの右肩に噛みつこうとする。だがさすがの夜行さんも二度も攻撃を受けまいと大刀を大百足の喉へ突き刺した。


「ギィィィィヤァァァァァ!!!!」


 緑の液体があちこちに飛び散る。

 夜行さんは毒がかかるのも気にせず、大刀を突き刺しながら大百足の頭めがけて上に思いきり引き裂いた。


「ガァァァァ!!!」


 大百足の悲鳴が辺りに響き渡る。


 まだ大百足は生きているようだけれど、さすがにここまで斬られてはそれもわずかだろう。


 私はゆっくりと立ち上がって夜行さんの横に移動する。


 大百足はというと長く悲鳴を轟かせた後、何故か「ヒヒヒヒ」と笑い始めた。


「夜行さん。キサマの呪いは解けない。アタシが死んでも」


 呪い?


 私は首を傾げる。夜行さんは私に目もくれず大百足を睨みつけた。


「何か知っているのか」

「さぁ、どうかしら。アタシは命じられただけだから。ヒヒヒヒ……。全ては『人喰いの屋敷』と『アノ方』の思い通りに……」


 人喰いの屋敷!?


 私はハッとして「人喰いの屋敷を知っているの!?」と咄嗟に問いかける。が、大百足はニタと気味悪く笑った後、体が徐々に透けていき消滅した。

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