かずら橋 3

「どうかなさいましたか」


 奥から私より二、三歳年上と見える男性店員が顔を出す。黒の着物を着流ししており、それに青の羽織を合わせている。そして黒髪で黒の眼鏡をかけていた。が、だからといって根暗にならず、笑顔の素敵な好青年といった店員だ。


 私が大声をあげたからか真っすぐにこちらに向かってきた。私は思わず頭を下げる。


「すみません。『雪女』と呼ばれていたから驚いてしまって」

「ああ、この喫茶店は『百鬼夜行』という名前なので。店員それぞれに妖怪の名前をつけているんですよ」

「なるほど」


 今思えば『雪女』と呼ばれる女性店員は妖怪独特の雰囲気がしなかった。妖怪が近くにいると妙に寒気がして暗い気配がする。この女性はその気配がない。ただの人間だ。

 それにこの男性店員も。


「あの、あなたにも妖怪の名前がついているんですか」

「ええ。私は『夜行さん』と呼ばれています」

「『夜行さん』? 珍しいですね」


 妖怪、夜行さん。節分や大晦日、夜行日といった特別な日に首無し馬に乗って道をうろつく鬼。遭遇してしまったら投げ飛ばされたり、馬に蹴飛ばされたりしてしまう。

 夜行日は神様を他へ移す日のこと。そのため私のような退治屋や神事に関わる人以外は家で物忌みをしていた。それを破ったものに外へ出るなと戒めをするのが『夜行さん』という妖怪だ。


 徳島ではご飯のおかずを話していると手を出してくる妖怪とも言われていて多少知名度はあるけれど。それでも雪女などに比べると知名度は底辺だ。


 なんだって夜行さんなんてマイナー妖怪の名前なんだろう。


 私が首を傾げていると夜行さんと呼ばれている店員さんは「そういえば」と話し始める。


「お客様の服装も珍しいといいますか」

「え!?」


 そ、そうだ。今の私、巫女服なんだ……。


「あ、あの。これは、ですね。コスプレが趣味とかそういうのではなくて。私の家が神社関連なものでして」


 若干パニックになりながら言い訳のように言葉が口を出る。そんななか店員さんは「神社? どこのですか」と妙に真剣な顔で質問をしてくる。


「えっと。県道32号線から離れたところにあるんですが」

「……」


 店員さんは渋い顔をして黙っている。


「あの夜行さん?」


 恐る恐る夜行さん、と呼んでみる。すると夜行さんは「すみません」と渋い顔から笑顔を見せてくれる。


「しかし巫女さんだったんですね。ならその服装も納得します。……ちなみになのですが、性は『日髙』では」

「え? はい。私は日髙 陽ですが。どうして名字を?」

「――いえ。昔、お世話になっていたことがありまして」


 ……ということは父さんに依頼したことがあるとか?


「それで、お食事はどうしましょうか」

「!」


 夜行さんに聞かれてハッとする。


 そういえばそうだった。長々おしゃべりなんかしちゃって恥ずかしい。


 私は急いでメニューを指さす。


「このドリンクとデザートのセットで」

「かしこまりました。ドリンクとデザートはお選びいただけますが、いかがなさいますか」

「えっと。オレンジジュースとみたらし団子で」


 抹茶と悩んだがオレンジジュースに決めた。というのも私はオレンジジュースが大好物だからである。変な組み合わせだけれど意外といけるような気がする。


 夜行さんは「かしこまりました」と奥に入っていく。


 ドリンクとデザートが来るのを待つ間、綺麗な日本庭園そっちのけで私は店員さんに目をやっていた。


 『コナキ爺』や『やまわろ』、『河童』など聞き覚えのある単語が聞こえてくる。

 『コナキ爺』はキッチンにいるよぼよぼの小さなお爺さん。一生懸命料理を作っているがそれが逆に心配になる。『山童』は小学生低学年くらいの女の子。おしぼりをお客さんのところに運びに行っている。『河童』は私と同年代くらいの男性。活発な感じで積極的に部屋の隅から隅まで動いていた。


 イメージにぴったりな人からそうでもない人まで幅広くいる。ちなみに夜行さんはイメージに合わない。


 それにしても……綺麗な景色より妖怪に関心がいってしまうのは退治屋の性っていうやつかしら。といってもまだ見習いだけれど。


 しばらくすると夜行さんが「お待たせしました」とお盆を持ってやって来る。お盆の上にはストローが差してあるオレンジジュース。氷が入っていて冷たそうだ。そして串に刺さったみたらし団子が三本つやつやと輝いている。

 夜行さんはお盆を机に置くと「それではごゆっくり」と去っていく。


「いただきます」と声をかけたその瞬間、「夜行さ~ん!」と隣の中年男性客が手を上げる。


「はい、ただいま」


 私はその様子を見ながらオレンジジュースに口をつける。少しカルピスが入っているのか喉がクッと熱くなるが、かなり美味しい。続いてみたらし団子も口に放り込む。もちもちとした弾力があり味付けもちょうどいい甘さだ。


 たまたま見かけて入った喫茶店だったけど、店員に妖怪の名前がついているということ以外はいいところだ。料理は美味しいし、景色もいい。

 常連になっちゃいそう……。


「そういえばかずら橋に妖怪が出るって話、知ってるかい?」


 私がもう一口団子を口に運んだところで隣の男性客が気になる話を夜行さんにし始める。


「!」


 思わず口の動きを止めて、男性客と夜行さんに注目する。


「あの辺りは昔から妖怪が出ると噂されていますからね。どんな妖怪が出るんですか」

「それが橋に妖怪が住み着いていて橋を渡る人々を食べてしまうらしい」


 っ! それって……。

 ――あまりにも人喰いの屋敷に似ている。


 人喰いの屋敷も家に住み着き、家に来た人間を喰ってしまう。


「あのっ!」


 私は隣の男性客に声をかける。


「そのお話、詳しく聞かせて下さい」

「お? 巫女服コスプレの姉ちゃんにか?」

「いや、これはコスプレじゃなくて……」


 私がモゴモゴと反論していると夜行さんが「彼女は本当の巫女さんらしいですよ」と助け船を出してくれる。


「へー。まぁ話すと言っても分かってないことが多くてさ。俺の同僚が友人数名とキャンプをしていたんだが、友人の一人が夜中消えたらしいんだ。どうも同僚によると友人は夜中起きだしてかずら橋の方面に行ったらしいんだよ。そこからその友人が行方不明でさ」

「他の人は無事だったんですか」

「ああ。……にしても友人がどうして夜中に起きだしたのか分かってないらしい」


 どうして夜中に起きだしたのかも分かっていない?


 私が頭を悩ませていると夜行さんが口を開く。


「それにしてもその一件と『妖怪』というのが結びつかないのですが」


 おっ、夜行さんいいとこ気付くじゃん。


「それが調べてみると他にもかずら橋に行って人が消えたという話しが結構あってね。それでオカルト好きにはかずら橋に妖怪がいる、という話しになったわけ」


 つまり妖怪がいるというのはただの噂話ということになる。けれども妖怪じゃない、と完全には否定できない。


「行ってみるしかないか……」


 私は濃いオレンジジュースに再び口をつけた。

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