かずら橋 2

 私は退治屋の依頼を終わらせて、妖怪街道をバイクで走る。

 妖怪街道の置物、野鹿池の竜神を横目に見る。竜神と立派な名前がついてはいるが実際はちょっとした置物がポツンとあるだけだ。しかもここ最近、竜の髭の緑色が色落ちしてきている。

 

 私は前へと視線を向けてため息を吐く。


 今日の仕事は大変だった……。


 依頼は「最近嫌な事ばかり続くから妖怪に憑りつかれているんじゃないか」というものだった。妖怪退治なら人喰いの屋敷についての情報を得ようと張り切っていたけれど。

 原因は妖怪でも何でもなかった。依頼主の気の持ちようだった。


 こういうことはよくあるから慣れてはいる。けれど毎度緊張して依頼先に向かっているから何もいなかった時の落差が激しい。

 しかもその後、何もいないと分かっているのに依頼主を安心させるために長々と祝詞を唱えるのだから余計に疲れる。


 まぁこれでお金をもらっているから仕方ないのだけれど。


 私は妖怪街道を抜けてJR大歩危駅へバイクを走らせていく。


 特に目的地はない。けれど今回の依頼もハズレだった。

 そろそろ人喰いの屋敷に関する情報を手に入れないと……。


 私はいつもよりスピードを上げて県道45号線の坂を上っていく。


「昼間だから妖怪は出ないかもしれない……」


 ポツリと呟く。


 今日は土曜日。時間は三時。太陽が一番高い時間だ。


 妖怪はだいたいが夜に紛れて活動する。


 昼に妖怪は出にくい、と分かっている。けれどこのまま何もしないのは気がすまない。


 グネグネと道を曲がっていく。車通りは少なくなり、緑が増えていく。


 そんな中、見覚えのない『喫茶 百鬼夜行』と書かれた看板がふと目に入った。看板自体は大きくないし文字は掠れてしまっている。けれど。


 ――何故か気になる。


 こんなところに喫茶店なんかあったけ? いや、これだけ小さな看板だからずっと見逃してしまっていたのかもしれない。

 それに『百鬼夜行』という名前も妙に引っかかる。


 私は看板に書かれた矢印に従って左ウインカーを出す。木々に囲まれた細い道を走っていく。車一台やっと通れるかどうかの道だ。


 対向車が来るとめんどくさいな……と思いながらひたすらバイクを走らせる。


 しばらくして道が広がり始めた。少し遠くに立派な門が見える。


 ここって本当に喫茶店? と思いながらもバイクの速度を落としながら門に近づいてみる。門は開けっ放しで、その片隅には道路で見た『百鬼夜行』と書かれてある小さな看板がたっていた。


 私は門に沿うようにバイクを止めてから、門をくぐる。くぐった先には瓦屋根の古風なお屋敷があった。


 本当にここって喫茶店だよね?


 悩みながらも足を前に進めていく。そしてガラガラと引き戸を引いた。


「いらっしゃいませ」


 奥から高い声とパタパタと廊下を走る音が聞こえてくる。やがて奥から色白黒髪の美人な女性がやってきた。白の着物を着ている。


 喫茶店といっても和風喫茶のようだ。


 白の着物が黒髪と合っていて、女性の美しさをより際立たせている。けれどその女性は私を見てピタリ、と動きを止めた。


「?」


 何だろうと一瞬疑問に思うが、すぐに自分自身の姿を見て「ああ!」と納得する。


 今の私、巫女服のままだからなー。仕事から着替えず喫茶店に来ているのだから、そりゃあビックリされるよ……。


 私はなんとか笑みをつくって「服装は気にしないで下さいね」と話す。


 無理だろうけれど……。


「ええ。大丈夫ですよ。お席に案内しますね」


 女性の店員は笑ってくれていたが、その笑顔がやはり凍りついている。


 コスプレが日常化しているヤバいやつだと思われてるんだろうなー。


 私はガックリと肩を落として店員さんの後を着いていく。


 他の店員さんにも変な目で見られるんだろうなと思いながらも、今さら入らないという選択肢はない。


 やがて畳のある広い和室に出る。畳には細長い机がいくつか置いてありそこに座布団が置いてあった。

 既にその座布団には何人かお客さんがいて、コーヒーを飲んでいる人、ガッツリ食事をしている人、畳で寝ている人もいる。


 店員さんは私を窓際の席へ案内した。


「っ!」


 その瞬間、思わず窓へ視線が釘付けになる。


 窓からは見事な日本庭園があった。地面に敷き詰められた砂利、一面の緑、ちょっとした池。


 私が景色に目を奪われていると店員は和綴じしてあるメニューを差し出した。


 そして「決まったら呼んでくださいね」とお決まりの台詞を言ってから店員さんは奥へ引っ込んでいった。


 私はさっそくメニューを開く。


 和風喫茶らしく抹茶や団子がある。その他にもコーヒーやオムライスなど何でもあった。


 ドリンクとデザートのセットにしよう。500円でお得だし。


 そう決めた瞬間、一番端に座っている老人の男性が私を案内してくれた店員にヒラヒラと手を振った。そして「雪女さ~ん!」と声を張り上げた。


「『雪女』!?」


 私にとっては聞きなれた名前に思わず声を上げてしまう。


 女性の店員と思わず目が合う。女性は顔を青くしていた。

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