夜行さん

原月 藍奈

かずら橋 1

 月が爛々と輝く中、私はバイクを走らせていた。バイクの種類はXT400アルテシア、色は赤。免許を取ってはじめて買ったバイクだけにかなりお気に入りだ。

 私は気分よくバイクを走らせる。けれど服はバイクを運転するのに適したものじゃない。巫女服だ。


 今日は楽しいドライブじゃない――。仕事だ。


 目的の赤い鳥居が見えて、その近くにバイクを止める。そして肩に背負っていた長袋から日本刀を取り出した。


 ――標的は向かいの山。


 私は神社から背を向け道路を渡り、山を登っていく。急斜面で刀を持ったまま歩くのは常人ならば体力的に辛い。

 けれど私はその程度では疲れない体づくりをしていた。


 目撃情報ではこの辺りのはず。


 神経を研ぎ澄ませながら辺りを見渡す。その瞬間、耳にガサガサという音を捉える。そして視界の奥の方から黒い影を見つけた。


 影は私の姿を見つけるとガサガサと音を立てながら地面を這いずり回り、こちらへ猛スピードで向かってくる。


 地面を這いまわっている影はまぎれもない人間、男性に見える。

けれど私の目にはその男性の後ろに、ふさふさとした毛並みを持ちお腹が丸々としている妖怪、狸の姿が見えていた。


 やっぱりこの人、情報通り狸に憑かれてるな……。


 狸というと人を化かしいたずらをするというイメージがあるが、ここ徳島では狸は人に憑くものでもある。

 そして人に憑く狸は――結構厄介だ。


 私はしっかりと狸の姿を認識して鞘から刀を引き抜く。そして一気に狸に向かって斬りかかった。

 刀は鋭く弧を描いて狸の右足を切り裂く。足からは黒い液体がドロドロと垂れ落ちた。


「イタイ、イタイ、イタイ」


 狸はガラガラとした声を出しながら、まだ地面を這いずりこちらへ向かってきていた。けれど私はそれを気にとめず狸に冷たく問いかける。


「『人喰いの屋敷』を知っているか」

「イタイ、イタイ、イタイ、イタイ」

「もう一度聞く。『人喰いの屋敷』を知っているか」


 二度問いかけても狸は答える気配はない。それどころか「オマエ、ナニモノ」と口を開く。


「私は日髙ひだか あかり。退治屋を生業にしている」


 ……まぁ、まだ見習いだけれど。


「タイジヤ! アノユウメイナ」


 私が産まれた日髙家は憑き物落としで有名な退治屋だった。とはいえ憑き物落としでなく妖怪退治全般において日髙家は頂点にいる。


 私はフッと息を整えてから肩を引き、刀を垂直に構えた。そのまま一気に狸へと距離を詰める。


「イタイ、イタイ、イタイ」


 月明りが刀に反射して鈍く光る。

 スッと私は目を細めた。狸との距離はあとわずか。


 ここだ――。


 私は刀を持っている手に一層力をこめる。

 そして……。


 ――グシャ、と小さな音がした。


 刀は狙った通りに狸の頭を貫いていた。




 徳島県の県道32号線から少し離れた山奥に私の家、つまり日髙家の本家はある。

 私はバイクを止めて斜面を登っていく。しばらくすると斜面が終わり灰色の鳥居と広大な敷地がみえてきた。

 日髙家本家は神社と同じ敷地内にある。


 私は本殿をチラリと確認した後、本殿に隣接している平屋の戸を開けた。


「ただいま」


 私が広間の前の障子を開けると父であり、当主でもある日髙ひだかつとむが白の白衣と紫の袴姿でお茶をすすっていた。

 夜中にも関わらず……わざわざ私が戻ってくるのを待っていたようだ。


 まだピチピチの高校三年生だから心配する気持ちは分かるけど。もう少し信用してくれてもいいのに。


「どうだった」

「やっぱり父さんの言ったように憑かれていたよ。あ、憑かれていた人はちゃんと意識を取り戻して帰っていったから」


 私の持っている刀は妖怪だけを斬るものだ。だから私が頭を刀で貫いたとしても人に害はない。


「それで『人喰いの屋敷』の情報は掴めたのか」

「それが全然……」

「言っておくが高校を卒業するまでに倒せなかったら」

「分かってますよー」


 私は「もう疲れたから寝る」と声をかけて乱暴に広間を出る。


 『人喰いの屋敷』をなんとしても見つけ出して倒さなくてはならない。


 私はグッと唇を噛みながら自室へと移動する。


 父さんは私が退治屋を生業にするのを反対していた。けれど私は何としてでも退治屋になりたい。

 そこで父さんは『人喰いの屋敷』を倒したら私を退治屋として認めると条件を出した。


 『人喰いの屋敷』とは最近になって被害が報告されるようになった妖怪だ。最近になって、ということは昔から存在していないということになる。それゆえにどこにいるのか、どんな攻撃をしてくるのか、倒し方が分かっていない。


 今のところ分かっているのは、その妖怪は家に住み着いており、家に来た人間を喰ってしまうという情報だけだ。


 私は自室の障子を開け、巫女服のまま布団に倒れる。


 妖怪は人の『想い』から生まれるものだ。昔からいる妖怪はちょっと人にいたずらすれば満足するものが多いが、最近の妖怪はタチが悪い。人の命に係わることを平気でしてくる。


 まぁそれだけ人も変わってしまったということ、か。


 天井の木目をなんとなく見てから目を閉じる。


 とりあえず、居場所だけでも掴まないとな……。

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