第7話:聖女アイリス

 修練に使えそうな広場を探して街を彷徨っているとチンピラ三人組とエンカウントした。

 三人とも人相が悪く、顔の一部にはそれぞれ傷跡がある。行き先を遮るように立ち塞がった彼らは、下品な笑みを浮かべながら俺に近づいてきた。


「なあ兄ちゃん。俺たちいま金に困っているんだけど助けてくれない?」


 真ん中の男は右手のナイフを俺の鼻先にチラつかせてくる。その言葉に続いて左右の二人も肩を揺らしながら「ゲヘヘ」と笑う。

 どうやら俺は金銭目的で彼らに脅されているようだ。


 こういう経験は王都でも何度かあったが、彼らは全員同じような人相と話し方をするので新鮮味がない。

 人の性格は顔に出るということだろう。どうせクズになるならルビーのように顔が良ければ貰い手があるんだが、彼らのように顔も醜悪だと救いようがない。社会から逸脱した真性のクズは彼らのようになるのだろう。


「金なら持ってないが魔法なら腐るほどあるぞ。お前らの汚ない顔面にぶち込んでやろうか? お前らクズがいなくなれば少しはこの街の景色が良くなるだろう」


 こういう奴らは下手に出ると常習性が上がるので絡まれたら早めに潰すようにしている。


「なんだとコラ。このナイフが見えねえのか!」


 目の前の男は怒気を強めてナイフを俺の頬に押しつけてくる。

 薄皮が切れて赤い血が流れてくるが治癒魔法で治るので何も問題ない。


 一般的な魔導士は接近戦が苦手だが、俺は肉体強化魔法も習得しているため、次の瞬間には目の前のこいつは肉塊に変わっているだろう。


 耳障りな声をこれ以上聞きたくなかったのと、社会貢献の一環として彼らをぶちのめそうとちょうど俺が拳を握ったタイミング。


「アナタ方の悪事はそこまでです」


 一人の少女が姿を現した。


 月明かりに照らされた長い銀髪は光を束ねたように輝いている。

 ボディラインがはっきりした白い衣装で肌の露出は多く、肩口が見え、太ももの一部を隠すような前垂れは淫靡な印象を与える。

 俺よりも拳一つ分小さい背に、すらりと伸びた長い脚。

 極めつけはその顔の美しさで、真面目さと聡明さと静謐さを同時に感じられ、この世の美をすべて詰め込んだような造形の顔に、俺はしばし釘づけとなった。


「なんだぁテメェ、いつからそこにいた?」

「名乗るほどの者ではありません。強いて言えば正義の聖女アイリスです」


 いや、結局名乗ってんじゃん。

 自分のことを聖女だと言い張っているアイリスは表情こそ落ち着いているが、どこか今の自分に酔いしれているような印象を受ける。


「そんなことより兄貴。あいつめちゃくちゃ美人だぜ! 俺たちでヤっちまおうぜ!」

「へっへっへ、聖女だかなんだか知らねえが、俺たちに楯突いた事を体で後悔させてやる」


 チンピラ達は舌なめずりをして獲物を狙うような目でアイリスを睨む。

 こんなに美しい女性を見てヤることしか考えてない。本当に救いようがない奴らだな。


「そ、そこから一歩でも動くとアナタ方全員魔法で凍らせますよ」


 いや、俺がいるんだが。なんかこの人、俺ごと凍らせようとしてないか。

 チンピラの言葉にもちょっとビビってたし、会話を聞いているとすごく不安になる。


「へっ、やれるもんならやってみろ! おい、あの聖女を捕まえろ!」

「くっ、我氷の造形を作りて汝を〜」


 詠唱の内容から察するにアイリスは氷魔法の《アイススピア》を放とうとしている。

 強力な魔法ではあるが攻撃範囲を調節しづらく、放てば辺り一面を氷の世界へと変える危険な魔法だ。

 このままだと俺ごと巻き込まれてしまう。


 だがチャンスだ。


 彼らはアイリスに注意が向いてるので、俺は目の前の男の手首を捻ってナイフを奪い取り、そのまま背負い投げで男を地面に叩きつけて気絶させた。


「え?」


 アイリスだけでなく、残りの二人も突然の事で驚いており、俺の動きに反応できない。

 魔法の中で最も詠唱時間の短く、相手を制圧するのに適した《ライトニング》をすばやく撃ち込んで残り二人も気絶させた。数秒にも満たない早技だった。


「アイススピアは強力だが詠唱が長く、相手だけでなく仲間も巻き込む扱いづらい魔法だ。こういう場合では初級雷魔法のライトニングを使うべきだ」

「え? あ、はい。す、すいません……」


 助けようと思っていた相手から魔法の扱い方で注意を受けるのはかなりへこむものがある。現にアイリスはひどく落ち込んでいる。

 とはいえ、彼女も悪気があってやったわけではないのでしっかりとフォローする。


「でもキミのおかげで助かったよ。礼を言う」


 助けてもらったのは事実だ。

 俺はしっかりと頭を下げて、感謝の言葉を伝えた。


「あ、ありがとうございます……! そう言っていただけるとアナタを助けた甲斐がありました」


 最後の一言はできれば言わない方がいいと思う。

 ちょっと抜けている所はあるが、真面目で良い子そうな子だ。それがアイリスの初印象だ。


「お互いに自己紹介がまだでしたね。私は隣国からこの国にやってきた聖女アイリスです」

「ちょっと待ってくれ。聖女が国を離れて大丈夫なのか?」


 俺も詳しい事は知らないが、聖女は土地を清める《聖法力》という特別な力を持っているはずだ。

 聖女がいなくなった国は魔物が発生しやすくなり、土地は衰えていき、最終的には滅ぶと言われている。


「そ、それなんですが……実は私、『偽聖女』として国を追放されたんです」


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