第6話:バイキング
「冒険者ギルドに行くのは明日にしましょう。今日は私も疲れたので宿屋でぐっすり眠りたいです」
レラの意見に俺とマルスは賛成し、今日は宿屋に到着後即解散となった。レラとマルスはカップルなので同じ部屋に泊まることになる。
今夜は二人でえっちしたりするんだろうな。
彼女にしたい種族ナンバーワンのエルフ族と生えっちか。16歳のくせに羨ましいなオイ。
年下に見せつけられる形で一人部屋を選ぶ俺。
謎の敗北感。冒険者になったらランク上げることより先に彼女作りたいと思いました。
俺は一人寂しく部屋に入る。
「ふう……」
俺は無言で、毛皮のベッドに腰を落ち着けた。
明日から本腰を入れて冒険者活動。
前職にはパワハラ上司がいたので働く事に対してややトラウマがある。
魔導士としての実力は二人から高く評価されているが、必ずしも冒険者として成功するとは限らない。
強さと成功はイコールの関係ではないからだ。たとえ実力は劣っていたとしても生き方が上手ければ成功者になれる。
魔法としては最高クラスのマスター級まで修めた魔導士の俺でも前職では無能魔導士の烙印を押されていた。
マスター級と認めてくれた師匠には申し訳ないが、俺はたぶん人としてはマスター級じゃないんだと思う。
小さくため息を吐く。
いかんな。会話相手がいなくなると途端に気持ちが沈んでしまう。なんやかんやで二人の明るさは俺に前向きさをもたらしていたんだなと実感した。
マイナスの事ばかり考えても上手くいくわけないので、楽しい事を考えようとおもう。
明日は冒険者ギルドの登録後に観光でもしようかな。
街の相場もチェックできるし、冒険者としての人脈も広げることができる。
ルビーが襲来してきても「俺友達たくさんいるけどどうする?」と余裕で返せるような冒険者になりたい。
専属魔導士時代の友達の数?
もちろん0だよ馬鹿野郎。王都ではぼっちだった俺、ミネルバでは本気出す!
だから今日はもう寝ます。
魔導士は体が資本ですので休めるときはしっかり休みます。
お休みなさい。
ノック音が聞こえてきたので俺は目を覚ました。
六時間ほど眠っていたようで、外はすっかりと暗くなっていた。
それでも街全体はぼんやりと光っている。
街全体を照らす《魔光石》のおかげだ。日中は光を蓄えて夜間に光を放出する便利なアイテムだ。
これを発明したのは偉大なる錬金術師のヘカテー。ルビーの憧れの対象であり、100年前に存在していたクロニクル級の錬金術師だ。
クロニクル級というのはマスター級のさらに上のランクを指す言葉で、歴史に残るくらいとてもすごい方ですよという意味合いがある。そう考えるとルビーも死後はクロニクル級の錬金術師として後世から称されるだろう。
またノック音が聞こえた。二回目のノック音は一回目よりも少し大きめ。
ごめんごめん、考え事をしていて反応するのがちょっと遅れた。
俺はドアを開ける。
そこにはマルスとレラがいた。
「失礼します、こんにちは! マルスです! 先生! そろそろ夕食のお時間です。我々も食事をとりましょう!」
「うむ、二人はよく眠れたか?」
「はい! 先生のおかげでぐっすり眠れました! 先生はいかがでしたか?」
「おかげさまでバッチリだ」
「流石です先生! この短時間でもう万全の状態になったのですね! 今の素晴らしいお言葉はメモとしてしっかり残しておきます!」
今のやり取りにメモする要素皆無だろ。いったい何が得られるんだよ。
「ぷぷっ……!」
マルスの反応がレラの笑いのツボに入ったみたいで、レラは肩を震わせて笑いをこらえている。
今のレラなら何やっても笑ってくれそう。
「マルスよ、お前に一つ命令がある」
「はい、なんでしょう」
「俺の言葉をわざわざメモに残す必要はない。俺の言葉は胸の中にしっかり刻み込んでおけ」
「了解であります! 流石先生、とても心に響きました!」
「うむ、よいのだ(渋い顔)。マルスよ、これからも精進しろよ」
「ぶふっ、ふふふ……。ロイドさん、こっちが我慢してる時に、そんな変顔するのズルいですって……!」
「うん? どうしたんだレラ。腹押さえてそんな顔を真っ赤にして。まさか体の調子でも悪いのか?」
マルスはレラを心配して肩を抱こうとするが、今はそれどころではないレラによって腕を払いのけられる。ガーンとした表情を見せるがバカップルの延長上なので気にせず宿屋一階へと降りる。
一階には食堂があり、バイキング形式でたくさんの料理が並んでいる。
王道のパンやシチュー、ローストビーフやホワイトフィッシュのムニエルなど美味しそうな料理ばかりだ。
デザートも豊富で杏仁豆腐やケーキなどがある。
「随分と豪華ですね。ここまで豪華な宿屋もめったにありませんよ。噂通り、領主様は冒険者事業に力を入れてるみたいですね、マルスくん」
「なんでもいいから腹減った!! 肉をたくさん食いてえ!」
インテリ感のある感想と知性低そうなそれぞれの感想。人間は食事の段階で思考に差が生まれるのだ。
宿泊客達の列に並びながら食べたい料理を各自皿に運んでいく。
スープ類の中にはシチューの他にポトフもあった。ポトフは俺の大好物なので非常に満足だ。
「ロイドさん、ここカレーもありますよ。ロイドさんはカレー好きですか?」
「好きよりの普通かな」
「要するに好きって事ですね。まあ、カレーが嫌いな人なんてそんなにいませんよね」
そういやカレーはルビーの大好物だったなぁ。
アイツがイラついてるときはカレーを出しておけば正解だった。
カレーを見ると、一瞬だけあいつの喜ぶ顔を想像してしまった。
最終的な料理の盛り合わせだが、こんな感じになった。
レラ
:栄養バランスがしっかり考えられており、野菜と果実多めだ。偏見かもしれないが、ハーフエルフなのでりんごとか好きそうと考えてたら案の定リンゴを皿に運んでいた。レラもカレーが大好物のようでメインディッシュはカレーだ。
マルス
:肉多めで栄養バランスは偏っている。想像していたような料理の盛り合わせだった。最初は野菜を取っていなかったが、終盤でレラに注意されて渋々野菜を皿に運んでいた。お母さんと子供かな?
俺
:俺は意識高いので栄養バランスは完璧だ。元をとる(死亡フラグ)ために原価が高い生野菜もしっかり配置。カレーは腹にたまるだけで元を取れないのでとるつもりはなかったが、カツカレーだったので取っちゃいました。俺が横を通った時ばかり揚げたてのメンチカツや作り立てのパイとか並べるので結果……。
「調子にのって取りすぎた」
絶対に食いきれへん。
俺の目の前には大量の料理。
原価ばかりに気を取られて肝心の胃袋の事を一切考えてなかった。
「せ、先生。これ全部食べられるんですか? 食べきれないなら手伝いますよ」
マルスの優しさに俺は感動。男なのに惚れそう。
「ダメですよマルスくん。ロイドさんを甘やかしちゃ。作った人に失礼ですから責任をとって全部食べて下さいね」
ぐすん。
レラのいじわる。
しかし、レラの言っていることは至極真っ当な事だと理解している。
生命への感謝、料理人への感謝。
この二つは錬金術にも通じる事だ。
素材を採取し、錬金術へと派生させる一連の行為は料理となんら変わらない。
依頼人の笑顔が錬金術師の喜びだとすれば、美味しいと言って完食してくれるお客の笑顔は料理人の喜び。
立場が似ている者としてしっかりと誠意を見せる。
「ごちそうさまでした」
少し時間はかかってしまったが俺はすべての料理を完食した。
とても美味しかった。それに尽きる。
俺はグルメレポーターではないので味の表現はできないが、しっかりと味わいながら感謝の気持ちを持って食べた。
今回、料理の配分に関しては我ながら反省点も多かったが、食べる事へのありがたみを改めて学ぶことができた。
失敗を経験して一歩前進したと言える。
「ロイドさんは偉いです。いざという時は私も手伝おうと思っていましたが、しっかりと最後まで自分の力で完食できましたね。人としてロイドさんは尊敬に値します」
「当然の事をしたまでだ。料理人が一生懸命作ったものなんだ。残すなんて失礼なことはできない」
「流石です先生!! 自分も感動しました! できることなら今日は先生と一緒のベッドで寝たいです!!」
なにが悲しくて野郎と一緒に寝なきゃいけないのか。
もちろん丁重にお断りした。
夕食後、寝室に戻る二人を見送って俺は魔法の鍛錬をするために一人外出する。
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