第5話:方針
馬車に揺られて三週間。ついにサウスライト地方の領地ミネルバに到着した。
辺境と聞いていたから村のイメージがあったが、領主がしっかりとインフラを整えてくれたおかげで街として栄えている。
病院や学校、騎士団の駐屯所といった重要施設から冒険者ギルドや魔法雑貨店、武器防具屋のような民間施設まで幅広く配置されている。
宿屋も5店舗ほど点在し、冒険者フレンドリーな街並みとなっている。
ミネルバに到着後、俺たちは喫茶店へと向かった。
喫茶店はこれからの打ち合わせに適してるし、食事代も手頃だ。
新人冒険者は質素倹約が基本なので普段の食事ではあまり贅沢をしないそうだ。
三人で談笑しながら昼食をとったあと、本題である『ロイドくんの楽しいセカンドライフ』の打ち合わせが始まった。
レラは特に気合い入っており、伊達メガネをかけて髪もロングから三つ編みに変えている。
マルスとレラは既に冒険者なので、これまでとやる事は同様だが俺は無職(ノージョブ)。しっかりと今後の事を考えなければならない。
俺がミネルバにやってきた理由は二人に伝えている。ルビーと絶縁してることも既に知っている。「アトリエに帰れ」と二つ返事で返さず、親身に相談に乗ってくれたり、協力してくれるのは彼らの人柄が表れている。
彼らに報いるためにもしっかりと今後の計画を立てないとな。
「まずは希望の職業をこの紙にたくさん書いてください。
思いつかないなら逆のパターンでもいいですよ。
ロイドさんが書いた希望に沿って私からアドバイスを差し上げます。
思いつかないなら漠然とした職種でも構いません」
俺はこれまでルビーの専属魔導士一筋で生きてきたのでこういう職業アンケートを書くのは初めてだ。
なりたい職業はイマイチわからないが、なりたくない職業なら腐るほどある。俺は自分が思いつく限りのなりたくない職業を書いていった。
「誰かの専属魔導士にはなりたくない。
冒険者にはなりたくない。
ダンジョン攻略もやりたくない。
学校にも通いたくない。
研究職は論外。
できれば魔法を使う仕事をやりたい。
でも傭兵はイヤ。
信仰心もないので神官もイヤ。
ロイドさんのセカンドライフの希望をまとめるとこんな感じですね」
「はい。アドバイスお願いしますレラ先生」
「一瞬お前をぶん殴りたいなと思ったのは否定しませんが、この希望案ならやはり冒険者になるべきだと思います」
「先生は冒険者になりたくないと既に書いているじゃねえかレラ。弟子なら先生を敬え。冒険者なんてダセエんだわ」
「マルスくん、自分の職業を大声で言ってごらん」
「冒険者!!」
お腹いっぱいご飯を食べてとても機嫌がいいマルス。
レラとの夫婦漫才も絶好調のようだ。
「なあレラ、俺は楽にお金を稼げて充実感があって目立たない都合のいい仕事に就きたいんだ。そういった楽ちんちんな職業はないのか?」
「唐突なセクハラやめてください。騎士団に突き出しますよ。そもそも、そんな天国のような職業あるなら私が就きたいくらいですよ」
そ、そんなー。
現実は俺が思っていたよりも厳しいようだ。
「いいですかロイドさん。安定した職業というのは裏を返せばそこに一生縛られるということです。ロイドさんは話してみた感じ、山猫みたいな人なのでそういう安定感のある職業は向いていないとおもいます」
「なあマルス、山猫みたいな人ってどういう意味だ?」
「ウロウロしてばかりで主体性がなく、他人との距離感を掴めない可哀想な人ってことです」
「なんだお前、俺に喧嘩売ってんのか?」
思わずマルスを殴ってしまった。ごめん。
俺の顔面右ストレートでマルスは気絶してしまう。
今のは完全に俺が悪いので治癒魔法の《ヒーリング》で顔の傷を治療する。
「おや、ロイドさんは治癒魔法も使えるんですね」
「俺が治癒魔法を使えるのは変なのか?」
「えっと、治癒魔法は妖精族の血を引いてないと使えないってお母さんから教えてもらったんです」
へー、そうなんだ。意外な新事実だ。
たしかに言われてみれば治癒魔法使ってる人俺以外に見たことないかも。
でも俺の両親は人間だし、婆ちゃんと爺ちゃんも人間だ。考えられるのは、先祖のどこかで妖精族の血が混ざったのかな。
「ちなみに私は母がエルフなので治癒魔法はとても大得意です」
「さらっと衝撃の事実言ったな」
ハーフエルフだったんだキミ。
たしかに言われてみれば、本物のエルフ族ほどではないが、耳がちょっと尖ってる。
生ハーフエルフか……なんか響きがエロいな。
「あと、これ自慢風の自慢なんですが、治癒魔法に関してだけは上級まで使えます。我、すごい」
唐突に入る世紀末覇者要素はなんなんだろうな。
だがレラは知らない。俺は治癒魔法もマスター級まで習得している事を。
レラのドヤ顔に対して俺は愛想笑いを返した。
「……って、私のせいで話がズレてますね。ごめんなさい」
「元はといえばマルスを殴った俺が悪いだけですから」
「私が思うに、ロイドさんの適性職業はやはり冒険者です。
生活は多少不安定になりますが、完全実力主義なのでロイドさんに合っています。
ロイドさんは巨大サンドワームを瞬殺できる実力がありますから、きっとすぐに最高ランクです」
「少し俺を過大評価し過ぎでは? 俺は専属魔導士の中だとダントツ最下位の無能だぞ」
「それを踏まえてもロイドさんは魔導士として優秀ですよ。冒険者の魔導士として充分やっていけると思います」
レラは俺をべた褒めしてくれる。
俺を評価してくれるのはとても嬉しいんだが、俺には冒険者になりたくない明確な理由があった。
冒険者の採取クエストは専属魔導士時代でやっていた内容とそう変わらない。
採取アイテムをルビーに渡すかギルドに渡すかの違いだ。
だが、やっている事が似てるって事はルビーの目にも止まりやすいって事だ。さらに冒険者は横の繋がりが広いのでちょっとやらかすとすぐに噂が広まる。
俺は冒険者でこそなかったが、王都でトラブルを起こした冒険者の名前などは定期的に耳にしていた。
「ルビーさんを怖がって適性職業をやらないのは本末転倒だと思います。
そもそも、ルビーさんにバレちゃダメという考え方がおかしいんですよ」
「どうしてだ? バレたらルビーがやってくるかもしれないだろ」
「まずは発想を変えましょう。
ルビーさんがやってきてもいいんです。
アトリエに帰るかどうか選ぶのはロイドさん本人です。
ルビーさんがいくら駄々をこねてもロイドさんがイヤと言えばそれで終わりなんです。
冒険者として上手くいっているのならアトリエに戻る必要ないじゃないですか」
レラの言葉に目から鱗が落ちた。
たしかにレラの言うとおりだ。いつの間にか俺はルビーから逃げる事が目的に変わっていた。
ルビーから逃げたのは幸せを手にするための手段であって目的ではない。
新天地で成功さえすれば何の問題もないんだ。
「それに冒険者は特典が多いですよ。
私達という優しい年下の先輩がいるのもそうです。
いまロイドさんが一番必要としている情報アドバンテージがあります。
別の職場だと、一から全部ロイドさんが築き上げなければなりません。
ですが冒険者なら私達がサポートするので地盤はばっちりです」
レラは冒険者になる特典をスラスラと述べていく。
レラの話を聞いていると冒険者という職業が魅力的に思えてくる。
きっとレラは怪しい壺を高値で売りつけるのが上手いんだろうな。
「一生冒険者をやれと言ってるわけでもありませんし、試しに挑戦してみるのはいかがですか?
ロイドさんが想像している以上に楽しいですよ」
レラは笑顔でそう締めた。
今は他にやりたいこともないし、試しになってみるか冒険者。
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