第7話 飛地感のハートボイス
憎悪渦巻くルーンの姿でゾンブーラが語り始めた。
『俺には妹がいたんだ』
「……確か
『そうだ。お前の幼馴染と同じ日に亡くなったんだ』
ベルディはゾンブーラの妹が死んでいたという事実に驚嘆な表情を浮かべた。
○。○。○。
ゾンブーラの妹はチームには入っていなかったが、ユグドラシスをプレイしていた。
彼女もまた
しかし、プレイ中、静かに息を引き取った。その顔は幸せそうな笑顔。
病気との戦いを支えてくれたユグドラシスの開発責任者であるくららの祖父に「ありがとう」と伝えようと研究室に赴いた。
が、
そこでたまたま聞いてしまった驚愕の事実。
ユグドラシスとは、プレイヤーの生命力を特殊素材を用いたフィギュアに吸収させ、収集する目的で作られたゲームなのだと。
。○。○。○
『フィギュアを介して異世界での体験をデジタル化してプレイヤーに届けるゲームだったんだ』
「それと妹の死と何の関係があるんだ?」
『フィギュアを介して生命力を集めてるって言ったろ』
「何のために?」
『
「……」
『つまりだ。俺の妹はユグドラシスに生命力を奪われて早死にしたといっても過言ではない』
憎悪に満ちたゾンブーラから放たれた闇の弾が壁を
「じゃあくららはこの世界で生きているのか……」
『そうだろうな。あの研究者とどこかに雲隠れしやがった。絶対に見つけ出して復讐してやる』
「研究者っておじさんが?」
『ああ、実はソフィーチャーがあいつだったんだ。ずっと俺たちを監視したって訳だ』
「ソフィーチャーさん? でも、倉庫で会った時は僕たちと同じ年位だったよね」
さらに闇の弾を放つゾンブーラ。地面を
『偽物だよ。欺くためのな。俺たちはプレイヤーを集める餌にされたって訳だ。あいつはお前が有利になるよう設定をいじくってノルーンザンドッドを引っ張らせたんだ。分かるだろ、お前が一人の時にだけアイテム運が良かったりはぐメタ的モンスターとの遭遇率も高かったりしただろう』
「そんな……。物欲センサーって笑ってたのに……」
『どれもそれも全部ソフィーチャーが孫を生き永らえさせる一心でやったことだったんだ』
フラフラ舞う
「じゃあ何のために僕をこの世界に……」
『ゲームだよ。俺たちが弄ばれたように俺がこのゲームで弄ぶんだ。あっ、もう元の世界には戻れないぜ、今回は全ての生命力をフィギュアに吸わせる設定にしておいたからな』
ベルディーは膝をついて嘔吐した。ゾンブーラの言っていることを素直に受け取れば人間としての人生は終わったということを悟ったからだ。
『それが現実だ。お前以外のノルーンザンドッドのメンバーは俺に賛同してくれた。ソフィーチャーは代役を立て、ベルードは拒んだと言ってある。俺の妹に蒼海のフルプレートを着させベルードとして活動させることにしたんだ』
「じゃ、じゃあ……さっきの設定変更って……」
『ああ、例外は俺たち、お前を転移させた時に自らのフィギュア近くにいた全てのプレイヤーが対象だ。あとは
ベルディーは語気を強めて言葉を放つ。
「そんな、無関係な人まで巻き込んでどうしちゃったんだゾンブーラさん」
『無関係な人を巻き込んだのはソフィーチャーが先だ。俺の妹もこの世界で取り戻せたからな。あとは同じフィールドでゲームを楽しみたいと思ってな。強すぎて敵がいないんだ』
「おかしい……おかしいよゾンブーラさん。あんなに優しかったのに」
『それを壊したのがソフィーチャーだ。あいつだけには地獄を見せてやるんだ。それ以外は俺の遊び相手だな。じゃあこれで終わりだ……ギルド長』
ルーンに纏わりついている闇色の憎悪が抜けていった。
「まて、待ってくれゾンブーラさん」
『せいぜい楽しめよ。この城は俺たちがもらっておく。せめてもの情けで
パタリと落ちるルーン。すやすやと眠っていた。
ノルーンザンドッドのメンバーひとりにでさえ、バルリングとシュナシスターズが束になって挑んでも勝てないレベル差が開いている。
ベルディーはベルードへのモデルチェンジを何度も試みたが変態することはできなかった。
『ベルディー様』
起き上がったルーン。雰囲気がさっきと違う。
「ルーン、大丈夫かい」
『はい、私の中で何かが書き換わったようなんです。所有者がベルディー様になってます』
「ゾンブーラさんの言ってたことは本当だったんだ」
『ゾンブーラさん? なんだか懐かしい響きです』
カシャーン──
徐々に近づいてくる鎧の音。闇の先に見える巨大な人影がベルディたちに近寄ってきた。
光によって映し出された巨大な人影──そこにいたのは
「べるたんたんさん」
「僕をハンドル名で呼ぶのは……」
「ゾンブーラの妹です。私はこんなこと望んでいません。それにこの姿。……ベルードは甲冑だからバレないって兄が……。お願いします。兄を、兄を助けて下さい……わたしがわたしであるうちに……」
フルプレートに遮られて中身は分からない。確かに声は
「甲冑の中のその気配、確かに僕じゃあないようだ」
ベルディーが目の前のある蒼海のフルプレート騎士に近寄った瞬間──姿を消してしまった。
『今のは……ベルード様。なんでベルディー様と対面???』
沢山のハテナマークが可視化出来そうな程に戸惑っているルーン。
「ちょっと訳あって分離したんだ」
『えー! じゃあアタシはどっちに付いて行けばいいのー。いや、所有者がベルディー様なんだからベルディー様を信じます!』
ルーンは満面の笑みだった。
ノルーンザンドッドに居場所はないと悟ったベルディ。ルーンと連れてその場を後にした。
建物から出た瞬間に多くの魔物が敷地を闊歩しはじめる。そのまま弾かれるように結界から追い出されてしまった。
『ベルディー様、これからどうするんですか?』
「そうだな、バスリングとシュナシスターズを探すか。それとも……」
ベルディーは、ユグドラシスを作った祖父、そして
「ルーン、この辺りを上空から見てきてほしい」
ルーンはビシッと敬礼すると『了解です!』と一言、蛇行しながら空へと浮遊した。彼女は空中で手を額に当てながらキョロキョロ、あっちこっちに移動してはキョロキョロしていた。
ベルディーはルーンの動きを見上げていると、森の奥から地響きのような声と風圧が襲ってきた。
「俺の縄張りに入ったのは誰かなぁ」
木々の間から顔を出してきたのはこのサムゲン大森林の
「マルゲリータ……生で見るとこんなに大きかったんだ」
獣王マリゲリータはノルーンザンドッドが配下に加えた一人、レベル85程の魔獣である。巨大なワニのようなマルゲリータは、巨大な斧を片手に柄を肩にトントンと当てていた。
「勝負してもらおうか。お前が勝ったら言い訳を聞いてやろう」
サムゲン大森林の主クエストに突入していた。
討ち果たせば獣王マルゲリータを仲間に加えることができる。
「ユニーククエストが発生したってことは獣王マルゲリータの所有者をノルーンザンドッドが放棄したってことじゃないか」
さっきまでの余裕はどこへやら、ベルディーは一目散に走りだした。
プレイヤーならこのクエストがいかに困難なのかを把握している。倒すなら少なくてもレベル150以上が3人は欲しい所だが、ベルディーのレベルは7、しかも彼はひとり。
ルーンは探索に出かけている。彼女がいればなんとかなったかもしれない……出来ることは逃げることしかなかった。
「残念。この俺様と遭遇して逃げることはできん」
獣王マルゲリータは斧を力強く投擲した。刃を中心に回転しながらゴーゴーと暴風音を響かせて飛んでいく。
直撃──ベルディーにヒットした。
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