第8話 現実感のディスアピア
斧は回転しながらベルディーの体を切り裂いた。大きな傷を胸に作ってブーメランのような弧を描いて獣王の元へと戻った。
「はっはっは、これに懲りたらサムゲン大森林には立ち入らないことだな」
笑いながら獣王は去って行った。
ドサッ──強力な一撃にベルディの体が地へと崩れ落ちた。その肢体からは一滴の血も出ていない。
『ベルディー様ーなーんにもありませんでしたー!』
お気楽な調子で戻ってきたルーンが目にしたのは切り裂かれて倒れていたベルディだった。
ルーンは超特急で駆け寄ると何度も何度も『ベルディー様』と叫びながら強く肢体を叩き続けた。
「痛い、痛い……ルーンは力が強いんだから少しは加減してくれよな」
破顔して喜ぶルーン。力いっぱいベルディを抱きしめた。
──瞬間
バッシャーン! ベルディーの体は水となって飛び散った。
『キャー! ベルディー様が消えちゃったー!』
悲哀するルーン。地面に這いつくばって濡れた大地を必死にかき集めた。
「大丈夫だルーン」
飛び散った水から聞こえたベルディーの声。
水は集まって一つの楕円体を形作った。鮮やかな水色が波打っている。
『ベルード様?』
「いや、ベルディだ。とにかく助かったよ……死んだかと思ったよ」
実はベルード・ウル・スクディの種族はスライム。ぷるんぷるんした可愛らしいあれである。
ギルド長としての威厳を保つため、にユニークアイテム《蒼海のフルプレート》を装備していたのである。
「今回ばかりはゾンブーラさんに助けられた。まさか統合で種族が
『
憤怒するルーン。「まぁまぁ、助かったから」と両手を上下させて落ち着かせるベルディ。
「僕たちがいない間に何があったんだ……」
『それは……ノルーンザンドッドの
ルーンの話しによると──
ノルーンザンドッドの
しかし数年経ってもシュナシスターズからの音沙汰も無く、主たちの行方も分からなぬままだったバスリングたちも手分けして探しに行こうと決めたときだった
『
「ルーンひとりで城を?」
『はい。メリコス様は調べ物をすると、奥の部屋に籠るようになりました。そして何年か経った時にひとりの女性を連れてきました』
ベルディーは考えていた。その女性こそがゾンブーラさんの妹なのだろうと。
「その女性は?」
『分かりません。ただメリコス様はレベルがマックスになったら作戦決行だと話されていました。アタシはルネール村に必ずベルード様が現れるからと命令を受けたんです』
「そうか……ようやく繋がったな……しかし……スライムの体じゃあ厳しいな」
『可愛いと思います。何ならそのお姿でアタシと愛を育みますかー!』
服を脱ぎ真面目るルーン。
「これ止めなさい。そうだ……カスタムショッピングで何か買っておくか。大した装備もないし……レベル7のスライムじゃ何もできる気がしない」
ベルディは
「おっ、カスタムショッピングが生きてる……それにベルードの『効果アップ付与』も追加されているぞ……うわぁ、種族がヒトからスライムになってる」
ベルディーはショックを受けた。人間と言うアイデンティティを失った実感が文字を視認したことで遅れて沸きあがってきたのである。
「まぁ仕方ない。生きているだけでありがたいと思わないとな。それよりスライムの形を維持するのがきついな……いいアイテムが無いか探してみるか」
周囲の警戒はルーンに任せて、カスタムショッピングのリストを眺めた…………………………探すこと数十分、ひとつのアイテムを見つけた。
├ イミテートドリンク ┤ ──イメージした姿を模することが出来る。
「これを飲んで……」
ゴキュゴキュ喉を鳴らす。味はグレープフルーツに近い味。ベルディーの姿をイメージして飲み干した。
この時ベルディはふとくららのことを思い出していた。病気の回復を願って毎日毎日薬を飲み続けていたくらら。元の姿を願って飲んでいる状況をくららに重ねていたのかもしれな。
「人間の姿って素晴らしいー」
手がある足がある顔がある。手足を眺め顔をさすって悦に浸っていた。
「次は装備を揃えないと」
更にアイテムをセレクトすること数時間、遠くに「るーんぱーんち」の声が響く。
「よし、これに決めた」
ベルディが揃えた装備とは──
・靴:グラビティーブーツ …… 自身の持つ重力をプラスマイナス10倍に変化出来る靴。とても軽くて衝撃吸収と強さを兼ね揃えている。
・服:オールマイティーコート …… コートと名がついているがお洒落な服。見た目に反して防御力が高く、様々な災厄から身を守る。
・武器:カスタムスティック …… 見た目は鉄の棒なので一般的な冒険者を装うことが出来る。からくりによって様々な武具に変形させることができる。
あまりにも多い商品群にイメージ検索で探しまくった結果である。
回復薬一つをとっても数千種類はある勢いのリストからやっと見つけたお気に入りの装備だった。ただこの世界に存在しないアイテムの値段は法外で、多くの金銭を失ってしまった。
「ベルディ様、その服装に腰の後ろに携えた武器姿がカッコいいです……いっそそのままアタシと添い遂げましょう、ベルディー様なら女性でもオッケーです!」
ベルディは顔をしかめた。ルーンの言葉に違和感があった。
「ん? 女性?」
『スライムなベルディ様も可愛かったですけど今のちっちゃな女の子も可愛いです。男の姿のベルディ様はもっと素敵でした!』
ベルディは慌ててカスタムショッピングを開いた。購入品は──
├ 手鏡 ┤ ──対面する風景を写し出す道具。持ち手がついているので使いやすい。
「こ、これは……くららの容姿。ポニーテールな髪型、可愛らしい顔立ち……」
ベルディは顔が真っ赤になった。思っていても口に出すことのできなかったくららへの秘めたる想いが言葉として口を衝いたことによって。
『くららって誰ですか? 察するに……女性ですよね!? その姿をした女性がベルディ様の心の中にいるのですね!』
「ち、僕の幼馴染なんだ。ゾンブーラさんの話しによるとこの世界にどこかにいるって……」
ベルディは空を見上げた。どこかで同じ空を見ているだろうくららに想いを馳せて。
『分かりました。アタシも全力でくらら様探しのお手伝いします。その容姿の人を探せばいいんですね』
「いや、違うんだ。ベルードやベルディは仮の姿で本当の姿をみんな持ってるんだ。ゾンブーラさんはイケメン男性だし、魔女っ娘さんは小柄で可愛らしい女性だし。僕は
『本当のベルディ様かぁ。会ってみたいな。さっきの薬でその姿になれないんですか?』
ベルディは自分の姿をイメージしていた。しかしまったく思い出せず、ついくららのことを考えてしまっていた。
「それが良かったんだけど……普段からまじまじと鏡なんてみないから自分の容姿を思い出せなくてね」
ふわふわ浮きながら人足し指を顎に当てて考え始めるルーン。
『確かにそうですね、アタシの顔をイメージしろって言われても出てこないかも……ユキナレスやウェンディの方がイメージしやすいですね』
助かったという満足感とくらら姿がちょっと嬉しい気持ちが、現状を些細なことのように感じさせていた。
ベルディはルーンがあちこちで倒した魔物たちの核を拾い集めると、バーセルス王国へと歩みを進めた。
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