第2話 既視感のオーバーライド

 小屋の床下に隠された扉の先には4畳半ほどの狭い部屋があった。

 部屋の中央には古びたテーブルがあり、その上には一輪の蝋燭が揺らめいていた。天井には小さな穴があり、赤く染まった空を背景に、うっすらと月が半分姿を現している。外からは小さな穴を通して風がそよぎ、まるで囁くように「準備しろ―」だとか「英雄を呼びに行くんだー」とか聞こえていた。


 このルネール村は3つの強国に囲また場所に位置している。設定上はどの国もこの村を傘下に治めようと企んでいた。しかし各国は平和を維持するため不侵略条約を結んでいた。


「ふぅー」


 ベルディから細く長い息が漏れた。


「ベルード様。やっと見つけました! もう何年も戻ってこないから……」


 突然、オレンジ色の声が聞こえてきた。空中から聞こえた声の先には青い魔法衣をまとったショートカットの若い女性が浮かんでいた。


「ルーン」


 ギルドメンバーのひとり『ゾンブーラさん』が作った従者ルーン。種族は『幽霊』、バッシブスキルは『透過』、限られた者プレイヤーのフレンドしかその姿を見ることは出来ない。


「やっと見つけました。ここ何年もしゅが姿を見せなくなり、うーシクシク……この再会は天からのお恵み……さぁ、私と愛を育みましょう!」


 ルーンが服を脱ぎ始めると、彼は慌ててそれを制止した。


「ちょ、他の従者連合バスリングはどうした」

 

 服を整えると、ルーンは中空でひざまずいた。真剣な眼差しを向けてかしこまった。


「はい。城で待機しております。昨今、サムゲン大森林を荒らす不届き物が多く、巫女軍団シュナシスターズを警護に当たらせています」


 スムーズな会話、ゲームでは電子音声が充てられていたが、そのイメージを損なうことなく人間味を帯びた声色に感動さえ覚える。


「……ベルード様?」


 恐る恐る声を掛けるルーン。


「夢だろうが何だろうが今はこれが現実か」


 ユグドラシスこのゲームでの本当の姿は蒼海のフルプレート騎士『ベルード・ウル・スクディ』なのである。


「ルーン、僕がこの姿の時はベルディだ。そう呼んでもらっていいか」

「はい。失礼いたしました。私の姿形はノルーンザンドッド以外の者には認識しえないと油断しておりました」

「まぁ良い」


 ベルディは蒼海のフルプレートを身に付けた体ベルード・ウル・スクディへと姿を変えた。身長は2メートルを越え、つなぎ目からも中身は見えない。ひとことでいうなれば『ボクが考えた最高にカッコいい海のように蒼いフルプレートの騎士』といったところであろう。


 蒼海の鎧を身に纏いフワッと浮かび上がると一瞬でルネール村全体を見下ろせる位置まで飛び上がった。


「はぁぁぁ、ベルード様ぁぁ、その凛々しいお姿。またお目にかかることが出来るとは……ルーンは幸せです……是非、私との子をぉぉ……慈悲をぉぉ」


 服を脱ごうとするルーン。慌てて「それは止めなさい」ととがめるベルード。思わず小さく呟いた。


「ルーンってこんなに脱ぎたがりだったのか…… はぁ、ゾンブーラさんは女性からがそういうの好きだったもんなぁ」

「失礼しました。ベルード様、北東バーセルス方面から騎兵が近づいています」


 南西からルネール村へと攻め立てる賊たち。村人たちは必死に反抗している。それを援護するように、北東から騎兵隊が入って来た。


 騎兵隊長『英雄ルド』、バーセルス王国の精鋭。ゲームでも村が賊に襲われている際に登場するNPCノンプレイキャラクター


「ゲームと同じか……もしかして」


 手の平を前面に出すと、中空に透明なスクリーンが現れる。その画面をいじり始めた。


「ふむふむ、そうか……ゲームのUIと同じか……スキルも使えるようだな……なんと!……スキルがパワーアップしているじゃないか……ブツブツ」

「ベルード様……?」


 ベルードはストレージからひとつの瓶を取り出してルーンに差し出す。


「飲んでみてくれ」


 ルーンは満面の笑みを浮かべた。崩れた頬を噛み殺すように畏まって瓶を受け取った。


「ゴキュ、ゴキュ、ゴ……」


 中空から突然の落下。ルーンは地面に突き刺さったが、そのままスヤスヤと寝息を立てていた。


「すまんなルーン……やはりそうか……」


 渡したのは眠り薬。本来ならルーンを眠らせる程の効力はない。しかし、レベルアップしたスキルを使用したことで効果が爆上がりしていた。


 ベルードのギフトは物体に《付与》する力。それが《効果アップ・付与》に変化していた。


「で、あればベルディもスキルがパワーアップしているのか」


 腕組みをして考えていると、下から聞き覚えのある声が響いた。


「カリルー、カリルー」


 アレンが叫んでいる。ルネール村でポーション研究をしているひとり、気弱ながらも若干19歳で責任者を任されている。

 彼が背負っているのはぐったりしたカリルだ。落ち葉が舞うようなゆっくりとしたスピードで彼たちの目の前に着地した。

 カリルは意識を失っている。真っ白なシャツがアメーバ形に血液で染まっいた


「どうした、カリルが怪我をしているではないか」


 アレンは「ヒィ」と恐怖の表情で見上げ、後ずさる。足をとられて尻もちを付くとカリルを抱えたまま尻をずってあとずさった。カリルから溢れた血液がアレンの尻跡を赤く染めていく。


「お前もやつらの仲間だな。くそっ、いつもはケガ程度で済ますのになんで殺そうとするんだよ」


 ついた手を握りしめて掴んだ砂利を投げつけてきた。


「それは心外だな。俺をあんな賊と一緒にしないでくれ。それにルドたちがいれは賊なんて十分だろう」

「ルドたちでも敵わないんだ! 必死に僕たちを逃がそうとして……そうだ、そんなことよりカリルー、カリルー!」


 アレンはバックの中からポーションを開け、カリルの口に流し込んだ。傷口が深いせいか一瞬だけ流血が止まる程度だった。


「なんでだよ、なんで効かないんだよ。こんなになるまでケガさせなくてもいいじゃないか」


 アレンは空になったポーションの瓶を強く握りしめると地面に叩きつけた。クルクル回転しながらコツンとつま先に当たって勢いを徐々に失った。


 ベルードは空瓶を拾い上げ、ストレージ内のポーションに《効果アップ》を付与して中身を移した。

 瓶を渡そうと歩みを進めるたび、体を前に出して攻撃的な表情でカリルを庇うアレン。


 そんな彼を片手で持ち上げ、軽く放り投げてカリルにポーションを飲ませた。

「うぐっ」と地面に叩きつけられたアレンはブルブルと手を伸ばし『止めてくれ』と必死にすがりつくような目で訴えている。


 一瞬カリルが光った。同時に流れ出る血液の勢いは治まり傷口が塞がった。


「あ、あれ……私……切られてぇ」とかすれた声を発しながら、ゆっくりと起き上がるカリルの目がパチリと開いた。


「カリルよ、傷は治ったが血液まで戻ったわけではない。今はゆっくりと休むが良い」


 周囲にスリープポーションを振りまいた。霧散した細かな水滴が夕日でキラキラと輝いていた。


「あ……あなたは……」

「ベルード・ウル・スクディだ。よろしくな」


 アレンは唖然としていた。ポーションの第一人者として必死に研究してきた薬がまったく効かず、見ず知らずのベルードが渡したポーションがカリルを治したのだ。


「今のポーション、なにを……」


 言いかけたが、カリルとアレンは眠りにおちた。霧散されたスリープポーションによって。


「さて、ルドが賊に負けるとは考えにくい。一体、何が起こっているんだ」


 ベルードは村の中心部を見上げ、村の広場に向かって歩みを進めた。

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