第5話 元カノの望み


 入学式、クラス分けは残念ながらが彼氏である芳虎君とは別になってしまった。ただ別のクラスで気になる名前を見つけた。


 元カレである「伊依」君の名を。

 珍しい名前なので同一人物の可能性が高い。


 彼とは、いい別れ方では無かった。

 付き合っていた当時は確かに大好きだった。

 その伊依君は凄く綺麗な男の子。初めてあった時は見惚れてしまう程に、思えば一目惚れだったのかもしれない。


 だから、伊依君と付き合う事が出来たときは嬉しくて、周囲からも羨ましがられた。


 でも、少しづつだけど私は伊依君を疎ましく思うようになって行った。

 最初の切っ掛けは、デートで街を歩いているとき少し年上の男の人に声を掛けられた時。

 その男の人は私ではなく隣りにいた男子の伊依君を口説いてきたのだ。


 それは凄くショックだった。

 確かに私は目立つ美人では無いけど、同級生からは可愛いと言われる位に容姿は整っていたのにだ。


 それが悔しくて、私は伊依君をなるべく目立たないようにしてほしいと頼んだ。


 そして伊依君は笑って私のお願いを聞いてくれた。綺麗な金髪を黒に染めて、顔も前髪で隠してしまいぱっと見は根暗な陰キャといった感じになった。


 お陰で伊依君が声を掛けられることはなくなった。姿は地味になったけど伊依君は変わらず優しかった。だからしばらくは楽しく一緒に過ごした。


 でも、そんな中で私はもう一人、気になる男子が出来た。

 それは同じテニス部で2年から目立ち始めた東元芳虎君で伊依君とは対象的なタイプだった。


 成長期に入っても余り身長が変わらない伊依君とは違って、芳虎君は背も高くなりガッシリとした体格でテニスも全国レベル。イケメンなこともあって周囲の女子もすっかり夢中になっていた。


 かくいう私も同じテニス部ということで少しづつ接点を増やし、次第に仲良くなって行った。


 一方の伊依君とは良くも悪くも変わらなかった。

私的には先んじて色々な体験をしてみたかったので、それとなく誘ってみたけど真面目な伊依君は私の希望には応えてくれなかった。


 でも、それは私の女としての自信を揺らがした。

 あの時の伊依君が先に声を掛けられた嫌な記憶を思い出してしまった。

 自信を失った私は部活でも奮わずスランプ気味になった。

 そんな時に私にアドバイスをくれたのが芳虎君だった。その自信満々な姿に私は憧れを抱いた。

 彼のいる場所は輝いて見えた。


 だから、私は自信を取り戻すために芳虎君へとさらに近づいた。

 彼のようなモテるイケメンが私の虜になれば周りにも自慢できる。私も同じ自信に満ちた輝く場所に行きたいと望んだ。

 

 すると輝いて見える芳虎君に比べると、伊依君が凄く暗く平凡に見えてしまった。


 確かに私が望んで地味にしてもらっているけど、それ以外は目を見張るものがないのだ。


 それからは私の優先順位は入れ替わっていった。

 伊依君とは距離を置くようになり、芳虎君には部活絡みも含めてより親密になっていった。


 でも、伊依君と別れるという選択は出来ずにいた。

 距離を置いても、話すことが減っても、伊依君を見ると何故か初めて会った時を思い出してしまい、少しだけ罪悪感を感じてしまうから。

 そのせいか別れの言葉が言い出せず、ズルズルと関係を続けていた。


 しかし。それが仇になった。


 ようやく芳虎君とより親密になり家まで来てくれるようになった時。おなじタイミングで伊依君も家に来てしまった。

 咄嗟に誤魔化そうとしたが、芳虎君にも伊依君にも誤魔化すことが出来ず私は選択を迫られた。


 そして私は芳虎君を選んだ。


 伊依君を私に付き纏う陰キャ扱いにして芳虎君に説明した。

 すると芳虎君は私のため、伊依君にひとこと言って追い払ってやると言った。

 きっと彼なりの男気を見せてくれたのだろう。


 一方の私は直接会うのが怖くて遠目からやり取りを見ていた。

 そして芳虎君は言葉通り、伊依君にキツイ言葉を投げかけ伊依君を追い払ってしまった。


 去って行く伊依君の背中はとても寂しげで、思わず目を逸らしてしまった。


 その後は気を取り直して芳虎君と楽しい時間を過ごして楽しい思い出へと上書きした。


 でも、以降伊依君は中学にも来なくなり、連絡も取れなくなり疎遠になってしまった。


 正直、合わせる顔も無かったので少しだけホッとしたけど同時に何か大切なものを無くしたようにも感じた。


 そんな気持ちを払拭し、私自身の選択が間違いでなかったと証明するためにも私は芳虎君と仲を深め、同じ高校に行くため勉強も頑張った。


 結果、芳虎君と同じ真・マリアライト学院にも合格した。

 入学式にも一緒に行って……そして今に至るのだが……。


 正直、彼……伊依君と顔を合わせるのは怖い。


 出来ればこの後もクラスは別のまま、出会わないことを私は望むのだった。

 


 


 

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