第4話 思いがけない出逢い
「良い目ね」
姉さんは僕を見つめ返して言った。
「それで姉さん、僕は何をすれば良いの?」
「ふっふ、やることは簡単よ、これから寝る時は常に私と添い寝すること」
「…………はぁ?」
僕が言うのも何だが、前々から姉さんはどこかズレているとは思っていた。
でも今回の提案は不味い。
なぜなら見た目は確かに美少女だけど、心は男な訳で……確かに姉さんは大切な家族で……でも、温泉旅行から少なからず僕は姉さんを意識してしまっていて……だから、そんな姉弟の絆を断ち切ってしまいそうな思いを姉さんに悟らせるわけにはいかない。
でも、そんな僕の気持ちを見透かしたかのように姉さんは告げた。
「伊依の気持ちは分かってる!」
「えっ、嘘!?」
意識といってもそこまで露骨に示した覚えはない。
「伊依は美少女だとしても中身は男、故に男の娘。いくらお姉ちゃんとはいえ美少女の私が添い寝することで、ドキドキが抑えられないのも無理はないわよね」
言っていることは間違いないけど、僕の内面までは気付いていないらしく安心する。
「うっ、うんそうだね」
「でも、だからこそよ……いい伊依。女の子って可愛くて綺麗なものも大好きなのよ。だから、もし今の伊依が入学すれば周りに集まるのは女子よ」
姉さんが入学後の予言をする。
言われると確かに姉さんの周りにも男子より女子の方が多い気がする。
「あの、それで何が問題なの?」
「ふぅ、伊依。あまり女子のボディタッチをなめてると大変よ、特に女子に耐性の低い貴方なら尚更ね」
姉さんが失礼なことを言う。一応、二股されてたけど彼女だっていたわけだし……って、元カノの事考えても胸のチクチクもモヤモヤもしなくなった。
これも姉さんのお陰で……って思っていたら、突然姉さんが抱きついてき胸を押し当ててきた。
「なっ、何するのさ姉さん」
「ホレホレ、どうかな伊依、この程度で動揺しているようじゃマダマダだぞー」
嫌、これは姉さんだからであって、これが知らない女子だったら……うーん、多少はドギマギしてたかも。
「……姉さん、分かったから一回離れようよ」
「そうね、楽しみはお休みの時まで取っておくとするわ」
姉さんは妖しく微笑むと、僕の髪を優しく撫でてくれた。
そこから入学式前まで本当に姉さんと添い寝して寝ることになった。
それは天国のような地獄の日々で……。
だってあの姉さんが隣で無防備に寝てるわけで、寝ぼけて偶に抱きついてきたりしてきたりするわけで。
でも一番の問題である青少年が抱く健全かつ不埒なリビドーは、週一回姉さんが入れてくれるハーブティーを飲む事で不思議と熟睡することができ、朝目覚めると心身共にスッキリしていた。
その都度、朝の姉さんも艶めかしいく『ドキリ』とさせられたのは、もしかしたら美容効果などもあったのかもしれない。
まあ、お陰でこの誘惑に耐えきった僕は女子耐性が大幅にアップしたと思う。
そうして生まれ変わり、試練を乗り越えて迎えた入学式当日。
姉さんと同じ「真マリアライト学院」の門をくぐる。ここは元々女子校ということもあり、女子の比率的が圧倒的に高い。
更に進学校ということもあり、偏差値もかなりお高めなので、平均レベルの僕の中学校からは進学してきている人はいないと思っていた。
だから二人の姿を見たときは不意打ちのようだった。
ひとりは僕を裏切った元カノ『
もう一人は『
そして不思議な事に二人を見ても僕の感情はざわめくことは無かった。
あるのは、向こうに見つかったら面倒臭いなって事くらい。
つまり、今の二人に驚きはしたが、僕にとってはどうでも良い相手となったのだろう。
僕的にはそんな事より衝撃的だったのは、新入生を出迎えるように綺麗に咲き誇る桜の並木道の美しさと…………そこに佇む由緒あるセーラー服を着こなした姫カットの美少女だった。
それはまるで桜の精と言っても疑わない浮世離れした美貌の持ち主で、桜と相まって、まるで絵画を切り取ったような別次元の美がそこにはあった。
思わず日惚れていると、僕の視線に気づいたのか、彼女も一瞬こちらに視線を送ってきた気がした。
僕は引きつけられるように彼女の元に歩み寄る。
彼女は今度こそ視線をこちらに合わせる。
そんな僕達を遠巻きに観戦しているのか、外野が騒がしくなる。
でも、僕はそんなことより目の前の美を凝縮した桜の精が気になって。
「あの……」
思わず声を掛けてしまうが何を話せばいいのか分からない。
そんな僕の心の内の戸惑いを感じ取ったのか、彼女はそれは綺麗に微笑むと言った。
「久しぶりだねイヨリちゃん。こうやってまた会えて嬉しいよ!」
「えっ!?」
何故か彼女は僕の名前を知っていた。
しかも彼女とは以前に会っていたらしい。
『ありえない、こんな綺麗な人、一度見たら忘れるはずが……あっ!!』
そんなことを思っていると幼い頃の事を、思い出した。
それは僕の両親と、その親しい友人夫婦とで花見をした時に知り合った女の子。
あの時も、同じような事を思ったんだ。余りに可愛らしくて、まるで絵本に出てくる妖精のようだって……そしてあの日僕達は初めて言葉を交わしたんだ、今と同じ桜の樹の下で。
「……もしかして、
「うん、うん、覚えてくれてたんだ嬉しいよ、イヨリちゃん。直ぐに分かったんだよ、昔と同じで凄く可愛かったから」
どうやら咲輝ちゃんは直ぐに僕と気づいていくれていたらしい。もう何年も会っていなかったのにだ。
「僕はごめん。直ぐに気づかなかったよ。でも桜の精のような、可愛くて綺麗な子と昔も会ったなーって思い出してさ」
直ぐに思い出せなかった事を謝り、出会ったときの事を思い出しながら微笑みかける。
「わっ、わっ、私が綺麗だなんて烏滸がましすぎます。本当に綺麗で可愛いのはイヨリちゃんだよ」
そう言って両手を振って否定する咲輝ちゃん。
僕はそんな咲輝ちゃんの仕草が可愛らしくて、少しだけからかってみる。
「本当に咲輝ちゃんは綺麗だよ、それとも僕の審美眼は信用できないかな〜」
「うっう〜、昔からイヨリちゃんはイジワルだよー」
咲輝ちゃんが訴えかけるような涙目になる。
昔を思い出した僕は、そんな咲輝ちゃんの頭を無意識的に優しくポンボンしてしまう。
ちなみに咲輝ちゃんの方が背は高いので僕は少しだけ背伸びした。
「てっ、ごめん。久しぶりなのに馴れ馴れしすぎたよね」
直ぐに僕は気安く頭を撫でてしまったことを謝る。
「ううん、大丈夫。大丈夫だよ、昔も良く泣き虫な私を慰めてくれたよね。嬉しいな〜、覚えてくれてたんだ!」
言葉通り咲輝ちゃんは涙目からすっかりニコニコ顔に変わり、上機嫌なのがうかがえ安心する。
「ねえイヨリちゃん、良かったら入学式の会場まで案内するよ、私は内部進学組だから場所とかも把握してるんだ……そのどうかな?」
きっと咲輝ちゃんは昔のように僕と友好関係を築きたくて、空いていた時間を埋めたくて、勇気を持って僕と接点を持とうとしてくれたに違いない。
なら、僕がどうしたいかなんて簡単な話だ。
「うん。行こう咲輝ちゃん」
僕は頷くと手を差し出す。
咲輝ちゃんは少しだけ驚いたのか、僕の手と顔を交互に見やる。
そして、その意味を理解すると、本当に嬉しそうに僕の手を取ると、笑顔で言った。
「うん。行こうイヨリちゃん」
そうして僕達は手を繋いだまま入学式の会場へと向かうのだった。
周囲の喧騒など気にしないままに。
特に付属中の進学組の会話なんて……。
『おい、氷帝をいきなり手懐けたあの超絶可愛い美少女は誰だよ』
『知らないってことは外部組でしょう。それにしても
『そうそう、あの人に告白した人は、男女関係なく冷たく一刀両断撃されて心身共に凍えて震え上がるって噂でしょう』
『うん、それで付いたあだ名が氷の女帝。中学剣道部の全国で個人優勝してて……その凛とした佇まいから隠れファンは多いわよ♡』
『あんた、絶対にファンでしょう』
『でもさ、でもさ、あの二人とっても素敵じゃなかった。孤高の剣士と愛らしい姫の出逢い。王道の極みよ』
『意味わからんし』
『とにかく、さっきの子は要注意ね』
『でもさ、あの子さ誰かに似てるんだよねー』
『あっ、それ俺も思った』
『えっとさ……誰に似てるかと言われたらさ、あの人に似てたよ』
『誰よ?』
『高等部の生徒会副会長さん』
『げっ、
『……もしかして、あの子って触らぬ神にって奴じゃね』
『うっ、うん、そうかも……』
(そして皆一斉に黙り込んだ)
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