第3話 超進化

「ふっふ、見立てどおりね。とても綺麗よ伊依」


 後ろで見ていた姉さんが僕に声を掛ける。


「えっと、その、どういうこと?」


 自分の姿に戸惑ったまま姉さんに尋ねる。


「言ったでしょう、これが今の貴方に最も適した外見だと」


「でも、これじゃあ女の子みたいじゃ」


 見たままの感想を姉さんに告げる。


「いいえ違うわ……貴方は男の娘よ、時代がようやく貴方に追いついたの」


「そうね〜、私の現役時代には無かった言葉よね〜、どんなに可愛くて綺麗でも男が女装すればオカマ扱いだったものね〜」


「えっと、ごめん。僕は追いつけないんだけど」


 姉さんは時代が僕に追いついたと言ってくれたけど、肝心の僕が状況に追いつけていない。


「そうね急激な変化に戸惑うのも無理はないわね」


 姉さんはそう言うと、椅子に座ったままの僕に近づくと後からそっと抱きしめてくる。


 鏡に映し出された隣り合った顔はまるで姉妹のようで……って僕は弟なのに。


「でもねぇ、伊依。貴方は見た通り綺麗で可愛いい、でもそれは悪いことなの?」


「えっ!?」


 姉さんの問い掛けに僕は直ぐに答えがだせなかった。

 多分、彼女に振られた直後の僕なら、理想は男らしく鍛えられた彼だと答えるだろう。


 だけど僕は色々な習い事をしていく内に『美』というものを知った。

 それは日本舞踊で身についた所作や、茶道や花道における在り方の美しさ、そういった色々な美しさを知り、その美しさにも多様性があることを知った。


 なら目の前に映る僕自身を否定する理由はなんだろう。

 一番の理由は『男だから』だろうか?

 無意識的に、男は男らしくあれと思い込んでいるのかもしれない。

 それは元カノが僕にはない男らしく逞しい存在を求めたからか?

 だから僕もそういう存在でありたかった?


 色々な考えが頭を巡る。

 でもたどり着いた結論は……。


『別に男だって綺麗で可愛くてもいいじゃないか』だった。

 それは、もしかしたら開き直りにも近い境地だったのかもしれない。


 でも、今の僕は間違いなくそう思った。


「姉さん……ありがとう。僕はこの姿を恥ずかしとは思わない」


 僕はそう宣言することで目の前の美少女が僕自身だと自覚する事が出来た。


「ええ、私は古い価値観も否定しない、でも新しい価値観も否定させない。何があっても私は貴方の味方よ」


 姉さんと僕の言葉に頷くと僕の頬にキスをする。

 それを鏡越しで見る僕。


「いいわね〜。麗しい姉弟愛ってところかしらん」


「瀬名さんもありがとう御座います」


「ノンノン。まだ終わりじゃないわよ〜。これからちゃんとメイクして美を磨かないとね。私のメイクは引き立てるメイクだからきっとイヨリンをもっと輝かせることが出来るわ〜」


 瀬名さんはそう言うとメイク用具一式を準備すると、満を持して僕にメイクを施して行く。


 すると、ただでさえ綺麗だった僕の姿は、それこそ姉さんに匹敵するくらい絶世の美少女へと進化した。



「ほぇ~、これが僕?」


 僕はナルシストではないと思っていたけど……まさか自分自身に見惚れてしまうなんて思わなかった。


「本当に素敵よ伊依。ほんと……愛らしくて食べちゃいたいくらいに(ジュルリ)」


 なんだろう比喩だとは分かっているけど、本当に姉さんがヨダレを垂らしている気がするのは気のせいだろうか。


「本当、我ながらとんでもないモノを生み出してしまったわね……イヨリン、貴方は私がスタイリストとメイクアーティストとして見てきた中で間違いなく最高の素材だったわ〜」


 そして瀬名さんも自画自賛しつつ僕を褒めてくれた。それに対して僕は、瀬名さんへ心からの感謝と笑顔を贈った。


「……本当に瀬名さんありがとう! 僕をこんな素敵な姿に変えてくれて」


「あはぁん、イヤだ〜、イヨリンったら私のレズ心まで刺激するなんて罪な男の娘ね」


『えっ』と思った。二人共本当は男同士なわけたから、この場合はホ…………嫌、深く考えたら駄目だと瞬時に自分へ言い聞かせる。


「伊依、まだ最後の仕上げが残ってるわ」


 姉さんが微笑みながら僕の手を取る。

 僕はその手を取ったまま立ち上がる。


「頼まれたものも含めて衣装は撮影スタジオの二階にそろえてあるわよ〜」


「何から何までありがとう御座います瀬名さん」


 姉さんが頭を下げて感謝していた。


「ふっふん、私はね、蛹が蝶に羽化する瞬間に立ち会うのが好きなのよ〜。特に自分が手掛けたなら尚更ね」


 二人がまた微笑み合う、横目で僕を見ながら。

 また、少しだけ不安な気持ちになると思いきや、なぜだか僕は期待の方が大きかった。


 姉さんに先導される形で僕が続き、後から瀬名さんが付いてくる。


 二階にある部屋に入ると、そこは沢山の服が並べられていた。


「伊依、好きな服を選ぶと良いわ、自分に一番似合うと思う服をね」


 姉さんが言わんとする事が今の僕には理解できた。男や女なんて関係なく、僕が思う美しい姿になればいい。


 実際、並べられている服は男物もあればスカートなどの女物もある。


 そしてその中で僕が選んだのは……。


「へぇ、イヨリンはそういうチョイスできたのね……いいじゃない!」


「成る程。確かに伊依は好きだったものね。憧れから入るのも良いと思うわ……うん本当に素敵よ」


「一応、確認ね。美澪ちゃんからは許可はもらってるけどだけど写真使っても良いのよねイヨリン?」


 僕が選んだのは黒のゴシックドレス。

 ロリータよりは中世のドレスに近いもので、僕の好きなゲームに出てくるキャラクタの衣装に近い。


「えっと、はい良いですよ」


 もう僕自身、いまの姿に恥ずかしさは無かったので許可した。


「良かったわ〜。今のイヨリン、お姫様っていっても誰も疑わないくらい綺麗だもの」


 瀬名さんは嬉しそうにプロが使うような一眼レフカメラを持ち出しウインクする。


「私も記念に」


 姉さんもスマホを持ち出す。


 そこからは僕をモデルにした撮影会が開始される。


 それからは、リクエストに応える形で姉さんからは何故かメイド服を、瀬名さんからはスキニーパンツにジャケットを合わせたカジュアルな恰好でと、それぞれの要望に合わせての撮影を済ませる。


 撮影会が終わると、改めて瀬名さんに、姉さんと一緒にお礼を言って家に帰る。


 気分が上がったままの僕は奮発して姉さんの好きな料理を沢山作って振舞った。


「ありがとう伊依。貴方の気持ちはちゃんと届いたわ」


 食後に笑顔で姉さんからそう言われる。

 僕としても腕を奮った甲斐がある。

 だから僕も笑顔でお礼を返す。


「僕がこうして変われたのも姉さんのお陰だから」


「……よかった。その表情は嘘じゃないみたいね」


「ん?」


 姉さんの言葉の意味が分からず首を傾げる。


「伊依。貴方は優しいから、無理して私に合わせてくれてるんじゃないかって……その姿だって本当は嫌なのかもって思わないわけじゃなかったのよ」


 珍しい姉さんの自信なさげな表情。


「姉さん……確かに切っ掛けは姉さんだけど、今こうしているのは僕自身で決めたことだよ。逞しさや男らしさよりも、単純に僕に合った美しさを選んだだけだよ、だから道を示してくれた姉さんには感謝しかないよ」


 僕は姉さんの不安な顔を払拭したくて、きちんと自分の嘘偽りのない気持ちを口にして伝える。


「……伊依……ふっふ、本当に変わったのね。そして力ではない強さも身に付けた。お姉ちゃんとして、もの凄く、もの、すごーく鼻が高いわ」


「そう言ってくれて嬉しいよ。僕も世界一の姉さんが居てくれて幸せだよ!」


 僕がそうにこやかに告げると、姉さんが明らかに一時停止した。


『やっばい……キュン死するところだったわ。綺麗で可愛い上に、姉キラーのスキル持ちなんて我が弟ながら恐ろしい子ね』


「どうしたの?」


 少し心配になって様子をうかがう。


「ごめん、ちょっと考え事しててね」


「考え事?」


「ええ、今後の学院生活に向けての最終試練よ」


 僕としては今日の出来事で全てだと思っていたのに姉さんはまだ先を見越していたらしい。


 だから僕は期待に満ちた目で姉さんを見つめるのだった。

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