第2話 進化

 姉さんには二股を掛けられた挙げ句、振られた情けない自分の事を話し、変わりたいという気持ちを伝えた。


「ねえ、伊依。本気で変わりたい気持ちは伝わった。でも筋骨隆々の男が世の中の女子全ての憧れではないのよ」


 姉さんはそう言うと顔を隠すように伸ばしていた僕の前髪をかき上げる。


「確かに僕は背も低いし筋肉も付きにくいけど……」


「貴方には貴方に相応しい変わり方があると思わない?」


「それっていったい?」


「伊依はお姉ちゃんを信じ切ることが出来る?」


 真っ直ぐに僕を見る姉さんの瞳。

 僕は見詰め返すと黙って頷く。


「ふっふ、良い目ね。でも今はゆっくりと傷を癒やすのが優先よ、だから温泉に行きましょう」


 姉さんは前から唐突な所は合ったけど、今回も突然の提案だった。そもそも傷っていっても僕の傷はどちらかというと心の傷で……。

 って、心の傷とか言ってる自分が何だか恥ずかしくなる。


「えっと、学校はどうするの?」


「伊依の学力なら休んでも大丈夫でしょう」


「いや、姉さんの方だって」


「言ったでしょう。学校なんかより弟の方が大事だって。でも伊依、私は無理強いはしないわよ、どうするかはちゃんと自分で判断さなさい」


 姉さんは優し声で僕に決断を促す。


「……うん、決めた。行くよ温泉」


「ふっふ、決まりね。家族風呂も有るところにしましょう。久しぶりに家族水入らずも良いわね」


「??」


 姉さんの言いたいことが分からず首を傾げる。


「どうしたのキョトンとして伊依が中学校に上がるまでは一緒にお風呂入っていたでしょう」


「えっ、ええぇぇ、そのあの時はまだ子供というかその……」


 さすがにこの歳で姉さんと一緒にお風呂に入るのには照れくさい。

 それに姉さんはスタイルだって抜群だ姉とはいえそんな姿を見せられたら僕は反応に困る。


「まあ良いわ、どうするかは現地に行って決めましょう」


 姉さんはそう言うとスマホを取り出しテキパキと予約を済ませる。


 そうして僕は姉さんと共に三泊四日の、僕にとっては傷心旅行に向かった。


 まあ、その四日間は確かに元カノの事を忘れるくらい慌ただしくハチャメチャな、でも確かに癒やしの日々だった。



 そして家に帰ると姉さんからまた唐突な提案をされる。


「伊依、卒業まで学校行かなくて良いわよ。勉強ならお母さん達に言って家庭教師付けるから、それと変わるための第一歩だけど聞く気ある?」


「……うん。僕は姉さんは信じるよ、それから家庭教師の件も了解だよ」


 僕としては確かに学校に行って彼女に会うのは気まずい。

 結局、言葉ではっきりと、分かれを告げたわけでもないし、メッセージのやり取りももうしていない。

 このままで行けば自然消滅……って彼女の中ではとっくに終わってるんだろうけど、僕はそれで構わないと思ってる。

 それに、今の情けない僕が彼女になにか言ったところで負け犬の遠吠えにしかならないから。


 だからもし、何かの機会で彼女に会ったとしたら、その時は伝えたいと思う。変わった新しい自分として、僕を選んでくれなくてありがとうと、変わるきっかけをくれてありがとうと。


「なら、明日からここへ通いなさい」


 そう言って姉さんから伝えられた場所は日本舞踊の教室だった。


 僕は姉さんの提案に従い日舞の教室に通うと、そこから一ヶ月みっちりと舞を叩き込まれた。

 次の一月は「茶道」と「花道」、それと「書道」も追加され、次に護身術として「合気道」も追加された。

 それらを並行して習い続け、和の精神性を叩き込まれる。


 最初はやっぱり大変だったけど、習い事が身に付いてくると、どれも楽しくなりはじめた。


 習い事が日常になっていくと、次に姉さんは僕に聞いてきた「この中だと何を習いたいのか」と。


 提示されたのは『ヨガ』と『ボイストレーニング』、『ダンス』だった。

 

 この頃になると新しく身につけることへの楽しさのほうが勝り無理を言って全部習わせてもらった。


 それ以降も時間の許す範囲で「水泳」などのスポーツ系の習い事も増やし、色々な事を学んでいった。


 習い事以外では、中学三年になると受験もある。

 ただ、そちらは幸いな事に、元から学校の勉強は出来た事と家庭教師のお陰もあり、姉さんと同じ高校に受かることが出来た。


 ただ中学には結局あの後行くことはなかった。

 元から少なかった友達もすっかり離れてしまい、例の彼女ともそれっきり自然消滅に近い形で疎遠になっていた。



 そして新しい高校生活を迎えるひと月前。


 姉さんは僕に告げた。


「伊依……時は満ちたわ、貴方が生まれ変わる。その時が」


 僕は確かに中身は色々な事を学び成長してきたと思う。

 でも見た目は背は低いまま伸びることなく、逆に髪は姉さんに言われるまま伸ばしっぱなしで、顔全体を隠したままなのは変わらず、全体的に肩口まで伸びていた。

 ただ、髪の手入れだけは何故か姉さんがしっかりとしてくれたお陰でサラサラで、髪の色もほぼ元に戻っていた。

 あと、スキンケアも怠らないように姉さんから教えられ、お陰でモチモチのすべすべである。


 こんな僕がとうやれば彼を超えるような凄い男になれるというだろうか?


「ふっふ、自信なさげな顔ね。でも前にも言ったでしょう筋骨隆々の逞しいだけが男の価値ではないのよ、もう今の時代は……」


 姉さんが不敵に微笑む。


「僕は変わることかが出来るの?」


「ええ、伊依はしっかりと内面も磨いていた。貴方はもう上辺だけじゃないのよ、もう変わっているの……あとは、そこに適した外見に変わるだけ……だから、どんな姿だろうと貴方は貴方よ伊依」


 姉さんが自信を持って僕を肯定してくれる。

 そのことが僕に勇気をくれた。


「ありがとう姉さん。僕前へ踏み出すよ」


「いい決断ね。じゃあ付いてきて」


 姉さんがそう言って連れてきてくれた先は、姉さんも行きつけの美容室。なんでもカリスマと言うと怒るカリスマ美容師がいるらしい。


 お店に入るとひときわ目立つ人が真っ先に話しかけてきた。


「あら〜、美澪ミレイちゃん。待ってたわ~ん」


 明らかなオネェ言葉で姉さんに話しかける派手な男性?


「伊依、紹介するわね、ここの美容師『ラ・リュンヌ』のオーナーでトップスタイリストの瀬名セナさんよ」


「えっと、始めまして姉さんの弟で蔵馬伊依です」


 姉さんに紹介され頭を下げて瀬名さんに挨拶する。


「うんうん、本当に聞いていた通りだわ〜。正にダイヤの原石。ううんダイヤなんて比じゃないわね、これはアレキサンドライト級よ〜」


 僕の挨拶を他所にジロジロと僕を見回していた瀬名さんがよくわからない名前を持ち出す。


「さすがですね瀬名さん。伊依のポテンシャルを即座に見抜くなんて」

 

 そうして姉さんと瀬名さんは二人で僕を見て笑い合う。

 その笑みに少しだけ、ほんのちょっぴり不安な気持ちになる。


「それじゃあ、カットは私にお任せで良いかしら〜ん?」


 瀬名さんが一応聞いてきてくれる。

 ただ髪型などの知識は学んでこなかった僕には答えようがない。


「えっと、はいお願いします」


「任せといて〜。イヨリンに似合う姿……いいえ違うわね、唯一無二のイヨリンに仕上げて見せるわ〜ん」


 瀬名さんは自信満々に僕へ宣言した。


 そして僕は、瀬名さんのその自信に委ねると、カットが終わるまで目を閉じることにした。



 そして静かに髪を切るハサミの音が鳴り続き、ちょっとウトウト仕掛けた頃にカットが終わる。

 続けてシャンプーとトリートメントをしてもらいドライヤーで乾かしてくれた。


「ふっふ、目を開けていいわよん」


 瀬名さんに促され目を開く。

 そして目の前の鏡に映し出された姿……。


「なっ、なっ、なんじゃこりゃァァァァ」


 伸ばしっぱなしな上、黒く染める必要のなくなった母さん譲りのアッシュブロンドの地毛。

 それが肩口より少し上で切り揃えられており、前髪もアシメトリーに流れる感じで切られていた。

 それに加え、姉さんが手入れし続けてくれたことで十分サラサラだった髪質は、ダメ押しのトリートメントで更にサラサラでなめらかかつ艷やかに、比喩ではなく本当に光輝いていた。


「ふっふ、驚いたかしらん。でもまだ第一段回よ、これから最終形態に移行するからね〜」


 最終形態って、僕はラスボスなのかと想いつつ、瀬名さんを止めることはしなかった。


 瀬名さんはデジタルパーマというやつをすると説明された。なんでもこっちの方が今後のセットが楽らしい。


 そうして瀬名さんが僕の髪をクルクルに巻き始める。

 そして僕はその光景に戦慄を覚える。

 だってどう見てもこの髪型は日曜日の夕方のアニメで、人によっては憂鬱に導く、お節介でお喋りな人妻が主人公と同じような姿だったからだ。


 そして僕は戦々恐々と待ち時間を過ごす内に、寝落ちしてた。

 僕が寝てる間にパーマも終わり、髪型のセットもいつの間にか終わっていた。


「イヨリン。お目覚めの時間よ……起きないなら定番の熱い口づけで」


 瀬名さんの心を激しく揺さぶる声が聞こえ慌てて目を開ける。


 そして、再び驚いた。

 目の前の鏡に映る自分自身の姿に……。


 グルグル巻にされ恐れていた部分は、巻きすぎることなくゆるふわに……それは見た目の綺麗さだけでなく、可愛さも同居させた見事なヘアスタイル。


 髪型を変えただけなのに目の前に居たのは、髪の色は違うけど姉さんによく似た超絶美少女だった。


 


 

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