天使が舞い降りたら〜切っ掛けは二股されて男らしくないからと振られた事でした。姉の助言で男の娘になったら僕の周りには美少女ばかりの百合?ハーレム。一方で元カノと間男は後悔しているようです……知らんけど。

コアラvsラッコ

第1話 プロローグ(変わりたい思い)

 僕には彼女がいた。


 彼女は小学校からの同級生。

 中学に入ってしばらくたった夏の手前、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして告白してきてくれたのを今でも覚えている。


 彼女との付き合いは、喧嘩も沢山したけど、総じて楽しい思い出のほうが多い。


 でも……中学三年になってからの彼女は、あからさまに様子がおかしくなっていた。


 週末デートに誘っても塾や他の理由を付けて一緒に出かけることがほぼ無くなった。


 学校で話しかけても、付き合っているカップルとは思えない他人行儀な扱いを受けた。


 放課後も友達と帰るのを優先して、僕と一緒に帰ることもなくなった。


 そしてあの二年前と同じ夏の手前、彼女に告白された日、その日はたまたま休みと重なった。


 流石の僕でも、彼女の気持ちが離れつつあることが分からないほど鈍感でもない。

 だから僕の「好きだ」という気持ちを改めて伝える意味で、カジュアルに付けれるカップルリングをプレゼントに準備して、彼女の家へと向かった。


 メッセージアプリのやり取りで塾は午後からなのは確認しておいた。彼女の両親は土日は仕事で留守だろうから、お昼を一緒に食べるため手作りのお弁当も持参した。サプラズも兼ねて僕が行くことは伝えていない……内心断られるのが怖かったというのもある。

 

 そして彼女の家の前まで来た時、驚きの光景を目にしてしまう。

 彼女が笑顔でイケメンな男子を家に迎い入れていたのだ。


 僕だって彼女の家には何度も上がらせてもらったことはある。だけど、今日は休みで彼女の両親は仕事の関係で留守のはずである。

 なぜ知っているのかといえば、一度彼女からそう聞いて、それとなく誘われた事があったから……でもその時の僕は断った。

 僕だってそういうことには興味がないわけでもない。ただ単純に僕達にはまだ早いと思っていたし、理由も話して伝えていた。


 僕は嫌な予感がしてすぐに彼女の家のインターホンのベルを鳴らす。


「どっ、とうしたの急に家まで来て、約束とかしてないよね」


 インターホン越しでも、彼女の慌てた様子と拒絶を含む感情が声から伝わってくる。

 凄く胸の奥がモヤモヤした。


「今日はさ、ほら特別な日だからプレゼントを持ってきたんだ。良かったら上げてくれる?」


 気持ちはユラユラと不安定だったけど、なんとか平静さを装って伝える。


「えっ、今日誕生日とかじゃないよね? それに、ちょっと今は不味いかな……その家の中凄く散らかってて、ごめん」


 その言葉で、僕の中の彼女に対する何かは粉々に砕けた。

 去年は彼女が主導して二人でお祝いをした。

 でも、今年の彼女はその事すら頭から抜け落ちていたらしい……今の彼女にとってはその程度のことなのだろう。


 何より、あのイケメンな男子は笑顔で迎え入れたのに、僕は家に上がるどころか玄関すら開けてもらえない。

 ベルを押したときには問い詰めたい気持ちのほうが強かった。取り戻したいとさえ思った。


 でも彼女の言葉は残酷に、外の僕と、内にいるイケメン男子との差をまざまざと示してみせた。


 更に追い打ちを掛けるように男の声が漏れ聞こえてきた。


「なんだよ早くヤロウぜ」


「ちょっと、静かにしててよ、いま話してる途中で……」


 その声を彼女が遮ろうとして通話が途切れる。


 言葉の意味にしばらく呆然としていると、玄関が開かれ、件のイケメン男子が目の前まで来る。


 それは僕でも知っている女子からも人気のテニス部のエース。

 華奢な僕とは違って細マッチョというのだろうか、鍛えられた体格で、背も彼女よりかも低い僕と比べようもなく高い。

 改めて目の前にすることで、まざまざと男としての差を見せつけられる。

 そんなテニス部のエースは、僕を上から見下ろすように言ってきた。


「おい、いい加減に纏わりつくのはやめろ、あいつも迷惑している」


「別に僕は……」


 彼女が僕の事をなんと行ったかは分からない。

 でもはっきりと別れを告げられたわけでもないのでストーカー扱いは酷いと思う、でも威圧感に負け言い出せない。


「なんだ、はっきり言えよ……まったく情けないな。だったら手本を見せてやる。いいかよく聞けよ、まずアイツはナヨナヨした女みたいなお前より俺みたいな逞しい男の方がタイプなんだよ、分かったか? 悔しかったら少しは筋肉つけて男らしくなってみろよ」


 初対面の相手に好き勝手言われる悔しさと情けなさにうつむく。僕だって好きで背が低くて華奢に生まれた訳じゃない。でも、それが彼女のタイプなら僕にはどうしようもない。


 もっとも本音を言えば、二股していたことや、タイプじゃない僕に告白してきた事には思うところは多分にある。

 でも、いまそれを言って何かが変わるとも思わない。僕は多分もう心が折れたんだと思う、目の前の男子や彼女に対する怒りより諦めの方が先にきただけだ。


「……」


「はっ、これだけ言われも言い返せないなんて情けないなな。やっぱりお前なんかとアイツじゃ釣り合わないんだよ、分かったらとっとと帰れよ」


 そう言ってシッシっと追い払う仕草をする男子。

 彼女はその後ろに隠れるように遠目で僕を見ていた。


 物凄く惨めだった。

 怒りも湧いた。

 でも、何より悲しかった。


 溢れだしそうな涙をなんとか堪えた。

 彼女の前で涙する惨めな姿を晒したくなかった。

 恥の上塗りなんてしたくなかった。


「分かりました。帰ります」


 僕は震えにそうなる声を抑えて告げる。

 振り返る間際にもう一度彼女の方を見る。


 彼女はもう目を逸らし僕の方を見ようともしていなかった。



『……サヨナラ』


 心の中で、言えなかった別れの言葉を告げる。


 帰り道、意味があるのか分からないけど、涙がこぼれ落ちないように僕は上を向いて家まで帰った。


 家に着いて姉さんに声を掛けられたけど、言葉を返す余裕もなくて、そのまま自室に引きこもると、ようやく泣くことが出来た。


 そして丸一日、整理の付かない感情に振り回されて引き籠もってしまう。




 翌日、気持ちが沈んだままの僕は学校を休んだ。


 泣いて、悲しんでもお腹は空く。


 部屋から出て食べ物を探すと後から声が掛けられる。


「やっと出て来てくれたわね」


 困った顔をした姉さんが僕を見ていた。


「姉さん、学校は?」


「学校より弟の方が大事でしょう」


 そう言って優しく微笑む。

 両親が海外出張で家にいないため、高校生でありながら実質僕の保護者的な立ち位置の姉さん。

 どうやら僕を心配して学校を休んでくれたようだ。


「……ありがとう姉さん」


「いいの、お腹空いたんでしょう直ぐに私が作ってあげ……」


「いや、いや、姉さんにそこまでさせれないから。感謝の意味でも僕に作らせて」


 姉さんは美人で頭も良く、一見隙のない完璧人間のように見えて家事全般が壊滅的に駄目なのだ。


「でも……本当に大丈夫?」


 背の高い姉さんが僕を覗き込むようにうかがってくる。


「うん」


「じゃあ、何があったのかちゃんと話してくれる?」


「えっ……」


 戸惑う僕を覗き込んだまま目を逸らさせない。


「……分かった。分かったよちゃんと話すから」


 僕は根負けして姉さんに僕自身の恥を晒すことに同意する。


 冷蔵庫にある有り合わせでチャーハンを作り、姉さんの分もお皿に盛り渡す。


「やったね。昨日はカップ麺だったから物足りなかったんだ。いただきまーす」


 姉さんは嬉しそうに目の前に差し出されたチャーハンに手を付けて頬張る。


 僕も自分の分のチャーハンを食べ始める。

 黙々と食事を済ませると姉さんがしっかりとお礼を言ってきた。


「ごちそうさま。相変わらず美味しかったよ」


「どういたしまして」


 僕も食べ終わると食器を片付けに入る。

 何とか話を誤魔化せないかと考えていたが、ニコニコしながら姉さんは食器を洗い終わるのを待っていた。


 諦めて僕は姉さんの向かいに座りなおす。


「それでどうして引き籠もってたの?」


「それは……」


 胸の奥がキリキリと痛むのを我慢して姉さんに事情を話す。


 そして僕の話を聞いている途中で姉さんが涙を流し始める。僕は驚いて慌てて姉さんに近づく。


 すると姉さんが僕を抱きしめてくる。


「ごめんね。辛い話をさせて……そしてありがとうちゃんと話してくれて」


 姉さんの温もりを感じ胸の痛みが和らいだ気がする。すると燻っていたもう一つの思いが膨らみ、自然と口を付いて言葉になる。


「姉さん……僕は悔しい、変わりたい。あの男に負けないくら逞しい男になりたいんだ」


 悲しむ時間は終った。

 裏切った彼女を見返してやりたい気持ちもゼロではない。

 でも、そんなことよりも……まずは情けない自分を変えたかった。

 女々しくて弱々しい自分自身『蔵馬伊依クラマ イヨリ』を変えたいと望んだ。



 

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