第12話 登校風景

 僕が学院に通い出してから、寮住まいのはずの咲輝ちゃんが迎えに来てくれるようになった。

 生徒会で忙しい姉さんも、偶に一緒に通学する時があり、その時は視線が倍以上になるから流石は姉さんといったところだ。


 ただ今日は珍しく僕一人での登校になった。

 理由はというと、咲輝ちゃんが剣道部の部員にと願いされたとかで朝練に付き合う事になったからだ。


 最初、咲輝ちゃんは部員ではないからと断ろうとしていた。

 でも毎回僕ばっかり咲輝ちゃんを独占していたら悪いと思い何気なく咲輝ちゃんに言った。


「たまには付き合ってあげたら」と。


 すると咲輝ちゃんは二つ返事でオケーを出した。

 きっと僕のせいで我慢させていたのだろう、中学生の時は全国大会で優勝きた程の実力だったみたいだし。

 ただ放課後だけは僕と居ることを優先したいからと誘いを頑なに拒否していた。


 それはそれで、咲輝ちゃんが好きな剣道より僕を選んでくれたようで少し優越感に浸れた。


 実際、咲輝ちゃんと再会してからの放課後はほぼ二人で過ごしている。

 たまに二本松さんや安藤さん達とも遊びに行ったりしてるけど、その時も咲輝ちゃんは一緒だ。


 咲輝ちゃんは、二本松さんとはそれなりに打ち解けているけど、安藤さん達とは相性が悪いのか少し空回り気味に思える。 

 ただ最近ではその空回りっぷりが咲輝ちゃんの持つ鋭い刃のような印象を和らげているらしく、安藤さん達とも距離が近くなってきている気がする。


 ただ、まさかそんな咲輝ちゃんと一緒に登校しなかっただけで、ここまでの事態になるとは思いもしなかった。


 さっきから僕に話しかけてくれる男子達が居るのだけど、そのほとんどがなんとも軽いお誘いや告白ばかりだった。


 僕としても容姿は自覚しているので多少なりともそういうお誘いや告白を受ける可能性は考えていた。


 しかし、思いがけないその量と、思ってもいなかった人物もそこに含まれていた。


 東元芳虎ヒガシモトヨシトラ、元カノの二股相手の本命。そいつが僕へ気軽に声を掛けてきたのだ。


「よかったら、今週末にでも遊びに行かないか?」

なんて巫山戯たことをぬかして。


 正直、精神構造を疑ったが、直ぐにあの時の僕だと気付いていないのだろうと分かった。


 まあ、友達にもなっていない相手を遊びに誘うのもどうかとは思うけど。


 ただ僕としてはバレて関わり合いになる方が嫌だったので、「君、確か彼女いるよね」と適当にあしらったら、なぜだか喜んで「そうか、そういうことか……」と意味深なこと呟いて、爽やかスマイルを見けつけて去っていった。

 

 まったくもって理解しかねるので今後関わってこない事を切に願った。


 他の知らない人に対しては、告白してきた人は丁寧に断っておいた。下心見え見えのお誘いは東元と同じように軽くあしらっておいた。


 朝からそんな状況に辟易しながら、何とか教室まで辿り着いた。


 ようやく自分の席について落ち着いた所で、吉岡さんと松島さんが声を掛けてきた。


「天使ちゃん大丈夫?」


 吉岡さんが心配そうな顔する。

 どうやら僕の状況を見ていたらしい。


「ごめん、アタシらが間に入れば良かったね」


 松島さんが申し訳無さそうな顔をする。


 二人は安藤さんと良くつるんでいて、見た目はギャル系だけど良く気が利いて身内には優しい。


 ちなみに天使というのは入学式の翌日から付いた僕のあだ名でうちのクラスのほぼ全員が僕をそう呼ぶようになった。

 

 自分自身が利己的で高尚な存在などではないと自覚している。だから天使だなんて烏滸がましいと思っている。

 ただ、周囲がそう呼んで慕ってくれているのは純粋に嬉しかった。


 そんな僕を心配して話かけてくれた二人。

 遅れてきた安藤さんが加わり朝の出来事を話す。


 さらに咲輝ちゃんが遅れて来てその話を聞くなり項垂れて呟く。


「くっ、私が付いていなかったばかりに」


 まるで、くっころ女騎士のような屈辱的な表情を浮かべる咲輝ちゃん。

 僕としては、別に咲輝ちゃんのせいではないのだから、勝手に責任を感じて折角の剣道部との交流を断って欲しくなかった。


「いや、咲輝ちゃんのせいじゃないからさ、気にしないでよ、下心見え見えの男子はちゃんとあしらっておいたし大丈夫だよ」


 まあ、主に東元とか、東元、東元とかなんだけど……。


「でもさー、例の五組のテニスのプリンス様もいたんでしょう」


 まさか本当に僕の思念が伝わったのか、吉岡さんから僕が嫌悪していた人物の事が口から出る。

 そして、その言葉を聞いた瞬間、咲輝ちゃんから殺気が放たれる。


「「ひぃっ」」


 それは吉岡さんや松島さんがビビる程のもので、でも安藤さんはそれに呼応するかのように不敵な笑みを浮かべる。


「へぇ〜、プリンスだかプリンだか知らないけど私達の天使ちゃんに、気安くちょっかい出そうだなんていい度胸ね」


「ふふっ、安藤、あなたとは馬が合わないと思っていたけど、その点に関しては同意見ですね」


 同じく不敵に笑う咲輝ちゃん。

 思わぬところで安藤さんと咲輝ちゃんが握手をする。犬猿の仲だと思われた二人に友誼が結ばれた瞬間だった。


 そして翌日から、咲輝ちゃんが一緒に登校出来ないときは安藤さん含めた腕に覚えのある三組の女子達が付いてくれる事になった。


 有り難いけど何だか申し訳なかったので、こんど皆にお礼をしようと心に決めた。





そして、その日の放課後……。



『おいおい、天使ちゃん親衛隊結成らしいじゃないか』


『ええ、エンジェルガーディアンズって銘打って天使ちゃんを守る目的らしいわ』


『いやいや、氷帝だけで十分だろう』


『確かにそうだな』


『でも、でも、今日みたいなこともあるからって事で結成したんだよ、凄いでしょう』


『凄いでしょうって、お前もしかして……』


『うん、早速入っちゃった。だって天使ちゃんにお近づきになれるチャンスなんだよ』


『あっ、だったら俺も』


『はい、アウトー』


『なぜに?』


『条件は女子で格闘技経験者だけって話だから』

 

『なっ、ならこいつは?』


『えっ、わたし? これでも私子供の頃からジークンドー習ってたから』


『『マジかよ』』


『ちなみに私は警杖術の心得が』


『『えっ??』』


『一緒に天使ちゃん守ろうね』


『ええ、そしてあわよくば…………じゅる』


『『えっえ〜』』


『あはぁ、いい反応だね〜、君達』



 こうして、大きな流れに自ら飛び込んで行く強者も中には居るのだった。


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