第10話 陰キャは語りけり
私
私のクラス一年三組、その中で群を向いて目立つ二人が居た。
一人は綺麗な金髪で、精巧に作られたビクスドールのような整い過ぎた美しさと、可愛らしさを兼ね合わせた女子。昔何かの小説で完璧すぎるモノに対して畏れを抱くと書かれてあったが、彼女は正にそれで、綺麗すぎて恐怖を感じるほどだった。
おそらく他の人達も同じで、概ね私と同じような畏怖の気持ちを抱いていたんではないかと思う、あの自己紹介の時までは。
彼女、どこか現実離れした美しさを持っていた伊依・コーネリットさんが屈託なくクラス皆に微笑みかけた。
それだけだった。
でもクラスの大半が持っていかれた。
空を舞う天使が下々の所まで降りてきてくれたのだ。それは余りにも隔絶されすぎて一線を画した存在に、もしかしたら手が届くのではと思わせる瞬間だった。
そしてもう一人、そんな彼女の隣に並び立っても遜色ない、これまたとんでもない美少女。
長く伸びた黒髪に姫カットは相性抜群だが、どこか冷たい雰囲気を醸し出す彼女。
しかし、そんな彼女もコーネリットさんの前では笑うのだ。まるで太陽の輝きを受け光る月のように。
ぶっちゃけ、二人は格が違った。
だから、その二人に話しかけられるなんて天変地異が私の身に降りかかるなんて思っても見なかった。
どうやら自己紹介の時、茶道をしていることを話したのが気に止まったらしい。
そんなのお婆ちゃんがお茶の先生で、なかば強制的に習わされていた物なのに……まさかそれが呼び水になるとは思わなかった。
そして当然、そんな事になればクラス中の注目を集めることになるのは必然で。
案の定、二人を取り込みたい勢力が動いた。
私と対極に位置するいかにもギャルっぽい陽キャな集団だ。
確かに二人があの集団に加われば、クラスはおろか全学年のヒエラルキーの頂点を得られるだろう。
だから彼女ら、安藤さん達は手始めに私を狙ってきた。
「そんな地味な奴より……」
自分の価値を高く見せるために相手を貶めるのは常套手段だから。
実際、陰キャの私は直ぐにクラスの底辺に位置する存在になるだろうから間違ってはいない。
でも、そんな安藤さん達の言葉にコーネリットさんは不快感を示した。
明らかに自己紹介の時に見せた笑顔とは別物の微笑み。そのサディスティックさを匂わせる笑みに思わずゾクリとした。
彼女達が求めていない話題を振り、彼女達を困惑させた。普通の女子高生は茶道なんて興味ないだろうから当然だ。
安藤さん達もそこで引き下がれば良かったものの、知りもしない事を口にしてしまった為に嘲笑されるハメになったが、驚いたのはその後のコーネリットさんの行動だった。
なんと、今度は安藤さん達が好きそうなコスメ系の話題を振ると一気に彼女らのグループを取り込んだ。
ミイラ取りがミイラとは正にこの事だろう。
そして、立ち所にコーネリットさんの傘下に下った安藤さん達は促されるまま私に謝罪してきた。
本来クラスのヒエラルキーのトップ居るような人達が、初日からヒエラルキーの底辺に位置するような私に頭を下げるという事。
まさかのピラミッドがひっくり返る事態を目の当たりに実感した。
このクラスにおいてスクールカーストとかいう序列が意味を無くしたことに……そう、一年三組は伊依・コーネリットという絶対的な太陽とその横で輝く櫻庭咲輝という月の元で、皆がある意味平等の立ち位置に置かれたことをだ。
そして、これが初日に私へと落とされた爆弾のひとつ。
さらにその後でこの出来事すら霞んでしまう、最大級の爆弾が投下されるとは思いもよらなかった。
そう本当に何気なく、のほほんと会話の中でコーネリットさんは呟いたのだ「僕は男だよ」と。
その瞬間、間違いなくクラスの時間が止まった。
当事者とそれを知っていたらしいただ一人を除いて。
多分皆、その情報をどう扱っていいのか分からず瞬間思考が停止したのだ。
かくいう私もそうだ。
そして一斉に、皆が合唱祭並みに声を揃えた。
「えっ!?」と。
正に恐るべしである。
一日にしてスクールカーストを崩壊させ、クラスの絶対者として君臨し秩序をもたらしたかと思えば、今度は自ら混沌を振り撒いて下草な私達を困惑させる。
だいたいあの美しさと可愛らしさを持ってして男だと言われて誰が信用するのだろう。
それで証拠を見せてくれと、あの……あそこの、男子ならぶら下げているであろうオチン様を見せてくれとは男女共に言えるはずがない。
つまり信じるか信じないかは個々の判断に委ねらたのだが、そんな混迷の中で動いた人物が居た。
それはコーネリットさんの威光を最も間近で受けた安藤さんだ。
彼女は、それとなくコーネリットさんと櫻庭さん以外のクラスメイト達に声を掛け、放課後皆で話がしたいと伝えてきたのだ。
そして驚いたことにクラス全員が放課後残った。
残った私が言えた口ではないがご都合主義も甚だしい。普通は多少なりとも興味ないと帰る人が居てもおかしくないからだ。
意味合いが違うのだが神の見えざる手が動いたとしか思えない事態の中、全員が残るという選択肢を選んだ。そして声を掛けた代表として安藤さんが最初に口を開いた。
「あのさ、コーネリットさんが男だろうが女だろうがどうでも良くね」
彼女の言いたいことは身近に見ていた私も直ぐに理解できた。
あれだけの美貌を誇るのは事実なのだ。
そこに性別など論じても意味はない。
自己紹介の笑顔で、天使が舞い降りたと感じたが、正にそれはコーネリットさんを表現するのに適した印象だった。
本来の天使に性別は無いと読んだことがあったから。
「私もそう思います。天使に性別は関係ないですから」
だから私は思ったことを言葉にした。
いつもこんな時には黙り込んで自分の考えなんて伝えようとしなかった私がだ。
「にまつっち、それな! まじあの時のコーネリットさんは天使だったし」
安藤さんが目を輝かせて頷く。
何故かあだ名まで付けられてるし。
そして安藤さんと私の言葉に反応して誰かが呟いた。
「てんしか……確かにあの人は天使かも……」
その呟きが周囲に波及していく。
「じゃあ、コーネリットさんは男でも女でもなく天使ってことで、確定よろー」
安藤さんの掛け声にクラス全員が頷いた。
これが後に天使が降臨した奇跡のクラスと言われる『伝説の三組』が生まれた瞬間だった。
◇
そんな異様な雰囲気のクラスの中で少しだけ冷静なグループの集団が小声で話していた。
『ねえ、この流れってヤバくない?』
『うーん、もう安藤さん噛んでるから後戻り無理だし』
『それにしても、ヤバいな。氷帝の次はギャル系リーダーの安藤クミまで落とすなんて……しかも男ってマジかよ』
『えっ男じゃなくて天使だよ!』
『うわっ、もう影響されまくってるし』
『でも、確かにあの可愛さで男は……考えたくないな、天使で良いです』
『男子は半分現実逃避ね』
『まあ、あの顔じゃねぇ』
『でもそれって、女子だとさ、もしかしたらあんな美形と付き合えるかもしれないってことだよね』
『ごくり』
『やばい……わたしそっちの属性に目覚めちゃうかも』
『えっ、でも男子ならユリユリにはならないんじゃ?』
『でも、見た目だけでならどう見ても』
『うん、ユリユリだね〜』
『じゃあ男子なら……』
『それはそれで、そっち系で喜びそうな人は居るかも〜』
『うーん、やっぱり紛らわしいから天使で良いです』
『しかし、氷帝とギャルグループを従えた天使か、なんかどんどんヤベー方向に向かっている気が……俺達は大丈夫か?』
『あはっ、ここに居る時点で今更だよねぇ』
『だな!』
こうして少し離れた立ち位置で居たはずの集団もいつの間にか巻き込まれて伝説のクラスの一員となっていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます