第9話 ザ・マウンティング


 皆の自己紹介が終わり、担任の北条先生が言ったように残り時間は自由時間になった。


 あと副担任の仁藤先生の方が僕としては驚きだった。


 だって彼女は……。


「ねえイヨリちゃん。仁藤先生と知り合いなんですか?」


「えっ、どうしてそう思ったの?」


「いえ、そのただの勘といいますか、何となくそう思ったんですけど」


 何というかの勘が凄すぎるなと思いつつ、別に隠すことでもないので事情を話す事にした。


「仁藤先生、えっと唯奈さんは僕の家庭教師をしてくれていた人なんだよ」


 つまり、僕が学校に行かないでこの学院に合格出来たのは唯奈さんのお陰だ。


「えっ、あんな綺麗な人と、そのマンツーマンで家庭教師されてたんですか?」


 まあ、唯奈さんは確かに綺麗だと思う。今は栗色の髪を七三に流して眼鏡を掛けていてるので、どちらかといえばお堅いイメージが強い。

 でも家庭教師をしてくれていた頃はミディアムボブで教師というよりは女子アナとかの方がイメージ的には近かった。


「うん、凄く分かりやすくて助かったよ。教師として優秀だと思うよ」


 実際にもう副担任をしているくらいだし。


「あの、その、なら仁藤先生とイヨリちゃんは先生と教え子って関係なんですか?」


 切羽詰まった様子で咲輝ちゃんが尋ねてくる。


「うーん、どうだろう。僕的にはもうひとりのお姉ちゃんって感じが強いかな」


 実際、家庭教師のない日でも偶に一緒にお出かけしてカフェ巡りなんかをしていたし、勉強以外の事も色々教えてくれた。


「なるほど、なるほど、これは新たなメンバー候補かもしれませんね……いや、美澪さんなら既にもう……」


 ん? メンバーってなんの事だろうと思いつつ、僕も気になった事を尋ねた。


「その咲輝ちゃんって名字櫻庭だっけ?」


「ああ、それは母方の名字なんですけど……そっかイヨリちゃんは知らなかったんですね。私の両親離婚したんですよ」


 何事も無いように語る咲輝ちゃん。

 少し考えれば分かりそうな事なのに昔と同じような気軽さからデリカシーの無いことを聞いてしまったなと反省する。


「イヨリちゃん、別に悲しいことではないのでそんな顔をしないでください。別れたほうが良いことだって有るんですよ」


 僕の表情から読み取ったのか逆に気遣われてしまう。

 そして咲輝ちゃんの言う事も分かる。

 僕自身がそうだから。

 あのまま紗栄里と付き合っていれば情けないままの僕だっただろうから。


「うん、ごめんね。勝手に決めつけてたよ。その時は辛いかもだけど、それが必ずしも不幸な道とは限らないよね」


 感慨深く咲輝ちゃんが頷く。

 今度は咲希ちゃんの方が申し訳無さそうな表情に変わると聞いてきた。


「イヨリちゃん…………その私も気になったんだけどコーネリットって」


「ああ、これは咲輝ちゃんと同じ母方の姓で、あっでも離婚したわけじゃなくてさ、その、姉さんのアドバイスなんだよ、ほら僕の髪色って……」


「うん、凄く綺麗」


 説明する前に目を輝かせて褒めてくれる咲輝ちゃん。


「って、あは、ありがとう。でも、ほらやっぱり金髪って染めてるイメージがあるから、外国姓だとハーフだって分かってくれて説明しなくて良いでしょうって」


 実際、中学の時までは黒く染めていた訳で。


「へえ、そうなんだね。でも姓ってそんな簡単に変えれるものなの?」


「いや、勿論戸籍は『蔵馬伊依』で変えていないよ。学院側に僕の事情と合わせて特別に許可してもらったんだよ」


 他にも、僕が本来女子向けの制服を着ることは元から問題無かったけど、着替えやトイレなどは考慮してくれる事になっている。

 別に男である事を隠すつもりも無いけど学院としては無用な混乱は避けたいという事らしい。


「なるほどね。合点がいったかも、一応うちの学院制服とかは前から男女自由に選択出来たりして、自由なところはあるけど、過度に髪を染めたりするのは禁止だもんね。どう見てもナチュラルで綺麗なプラチナブロンドだけど勘違いする人は居そうだもんねお堅い元風紀委員長とか特に」


 そんな僕達の会話に聞き耳を立てて居たのか周囲の生徒の一部が頷いた。


 僕としては折角同じクラスになったのだから遠巻きではなくもっと積極的に話しかけてくれても良いのにと思いつつ、僕自身が再会の嬉しさから咲輝ちゃんとしか話していない事に気付く。


 僕は咲輝ちゃんとの会話を一時ストップして、自己紹介で気になった子に話しかけてみる。



「あの、お話良いかな? 二本松さん」


「……えっ、なんで、なんで、なんで、どう見ても陰キャな私に陽キャ通り越して、最早本物の太陽の如く輝くコーネリットさんが私なんかに」


「えっ、そんなに畏まらないでよ、ほら自己紹介で二本松さんも御茶を嗜むって言っていたから」


 確か二本松は趣味が読書と、子供の頃から茶道をしていると言っていたから気になった。


 僕は初めて一年にも満たないけど、あの独特の空間は好きだ。イメージ的に綺羅びやかさは無いけどあの空間には間違いなく美が存在すると感じるから。


「はっ、はい、恐れながら中級の許状は修めていまして」


「えっ、そうなの凄いね。僕なんてまだ一年に満たなくて、初級でもまだまだって感じだよ」


「私も最近始めたばかりでして、御作法とか難しいですよね」


 横から咲輝ちゃんも話に絡んできた。

 どうやら咲輝ちゃんもお茶を嗜んでるようだ。


「あわわわ。なぜこんな状況に……このクラスの太陽と月、言わば二大巨星のお二方が何故? しかもコーネリットさんボクっ娘だったなんて……ヤバイ、ヤバすぎでする〜」


 僕としては普通に話しかけているつもりなんだけど、どうしてか二本松さんが目を回して戸惑っている。

 まあ、確かに年頃の女子高生がお茶の話なんて渋すぎるかもしれないけど、好きなものは好きで良いじゃないかと思う。


 そんなお茶だけに渋い話を楽しもうとしている僕達に、他のグループの女子が話しかけてきた。


「ねえねえ、コーネリットさん。そんな地味な奴よりさーうちらと話そうよ」


 グループのリーダー各っぽい女子。

 確か名前は安藤さん、既にグループを形成していることから内部進学組だろう。


「そうそう、やっぱり誰しも相応しい立ち位置ってあるじゃん。その子じゃコーネリットさんにはつり合わないって」


 安藤さんの隣に立つ女子。名前は伊藤さんだったはず。後は後ろに控える感じで二人、吉岡さんと松島さん。

 皆、メイクも上手で明るくギャルっぽく装っているけど、残念ながら美しさは感じられなかった。

 だって顔を合わせて初日にも関わらず、見た目だけで相手を判断するなんて審美眼が疑われる。

 つまり見る目が無い、フシアナな人達の言葉にどれだけの説得力があるのだろうか?


「ふーん、じゃあ君達ならつり合うってことかな」


 僕は挑発的に微笑むと、お茶の初歩的な事について振ってみる。


「いや、あたしらは、そういう話がしたいわけじゃないし」


 安藤さんが不満げな顔をする。

 そんな態度にいち早く咲輝ちゃんが反応する。


「おかしいな、安藤達はイヨリちゃんとつり合うんだろう、ならこれくらいの話は合わせられないとおかしいんじゃないかい?」


「くっ、お茶くらい知ってるし、あれだろ、ワサビとかビワ法師とかだろう」


 安藤さんの隣に居た伊藤さんが答える。


 恐らく佗び寂びの事を言いたいのだろう。

 でも一応ここって進学校のはずなんだけど……この子達大丈夫なのだろうか?


『ぷすっ』

『くすくす』


 案の定、お茶は知らなくても、それくらいの言葉を知っている人から嘲笑的な笑い声が聞こえてくる。


 二本松さんに対する態度はいただけなかったが、折角僕に話しかけてくれた人達なので、少しやりすぎてしまったかなと思いフォローする。


「僕はお茶の話がしたくて二本松さんに声を掛けたんだよ、そこにつり合うつり合わないは関係ないよね」


「うっ、うん、そうかも」


 気まずそうに頷く安藤さん達。


「別に僕も君達と話をしたくないわけじゃないんだよ。例えばさ、安藤さんのリップのこととかさ……それってジュネの新作だよね明るめのオレンジ。イエベの安藤さんに凄く似合ってると思うよ、とかね」


 フォローを兼ねて彼女達が好きそうな話題を振っておく。メイク云々は瀬名さんからみっちり教えてもらったので彼女達の話にも多少は付いていけるだろう。リップはたまたま最近チェックしていたから分かっただけだけど。


「嘘……やっばぁい、まじ神ってるよ……見ただけで分かったの? 凄すぎなんだけど……しかも褒めてくれるし、なにこれ最高なんですけど」


 安藤さんの私に向けていた視線が熱を帯びてくる。

 その横で咲輝ちゃんが何故かショックを受けて呟いていた。


「イヨリちゃんが私の知らない言語を話してる」と。


 とりあえず咲輝ちゃんにツッコミを入れるのは後回しにして、再度安藤さん達に言いたかったことを伝える。


「今みたいにさ、安藤さん達とも話を合せて会話出来るけど、これだってさ普通に話してるだけで特別なことなんてなにもないでしょう。じゃあ二本松さんと僕が話をするのに問題あるかな?」


 僕の言葉に理解を示してくれたのか、安藤さんは全力で首を横に振り「ないです、ないです」と答える。


「ならさ、分かるよね。二本松さんを下に見る必要も無いってこと……だからさ……」


 僕は笑いかけ自発的な行動を期待する


 安藤さん達は僕の言いたかったことを理解してくれたようで皆で二本松に頭を下げた。


「ごめん」と、「気になってた僕に先に話しかけられて羨ましかった」と正直に話してくれた。


 二本松さんも終始驚きっぱなしで、しきりに「畏れ多い事です」と言って全力で手を振っていた。

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