第8話 入学式

 僕は咲輝ちゃんと手を取り合って会場へと向う。

 公立の学校とかだと体育館で行うイメージだけど、元々はお嬢様学校だったためか広めの講堂があり、そこで入学式は行われる事になっている。


 講堂前には仮設の受付があり、そこで郵送されてきていた合格証明書と引き換えに資料を渡していた。


 入学式の流れはある程度姉さんからも聞いていたので迷うことなく受付を済ますせて資料を受け取る。ただ本人確認時に、願書提出時の写真と大分変わっていたせいか、少しだけ他の人より確認に時間が掛かった。


 一方の咲輝ちゃんは内部進学なので学生証を提示するだけで良いようだ。


「イヨリちゃん。クラス確認した?」


 自分の資料を受け取った咲輝ちゃんが尋ねてくる。


「えっと、まだだけど、資料の中にクラス分けが書いてあるの?」


「うん、中学の時はそうだったよ、えっと多分これかな」


 咲輝ちゃんは複数点ある資料の内、薄い紙を取り出す。


「見るのドキドキするね。イヨリちゃんと同じクラスになれたら最高なんたけどな」


 僕としても久しぶりに会った嬉しさから、一時的とはいえ直ぐに離れ離れになるのは寂しかったので、期待を込めて咲輝ちゃんに告げる。


「僕も咲輝ちゃんと一緒が良いな。数年ぶりの再会に加えクラスが同じとかだと運命的だよね」

 

『うっ運命!! そっそんなイヨリちゃんと未来永劫一緒に居続けるなんて幸せすぎだよ』


 僕の言葉にわかり易く顔を真っ赤にして小声で呟くと、ワタワタし始めるする咲輝ちゃん。

 見た目は僕より背が高くなって凛とした美人だけど、昔と変わらないところも見れて僕もしては嬉しかった。


「ふっふ、落ち着いてよ咲輝ちゃん」


「うっ、うんイヨリちゃん、ごめんね……それじゃあ確認するけど良いかな?」


「うん……」


 僕の了承と共に咲輝ちゃんの手が紙の裏面をゆっくりと返す。

 さすがに僕も緊張していた。

 クラスは五クラスあり、その中から自分の名前を目で追って探す。

 僕は三組で自分の名前を見つけると思わず呟く。


「「三組だ!」」


 同じく咲輝ちゃんの声が重なる。


「「えっ」」


 驚いた声がさらに重なると。


「「やった!」」


 喜びの声が当時に上がる。

 僕達は顔を見合わせると思わず両手でハイタッチした。


 入学式の席順もクラスで別れており、五十音順で前から二人づつで並んで座る。

 僕の席順は七で僕の次が咲輝ちゃんだったので隣同士で座れた。


「イヨリちゃん……ここでも隣同士だなんて、これも運命かな……えへへ」


 咲輝ちゃんが嬉しそうに笑う。

 なんだか僕も嬉しくなって微笑む。

 


 そんな僕を見た咲輝ちゃんが俯いて何かを呟く。


 よく聞こえなかったけど、迸る好意は伝わってきた。


「咲輝ちゃん。今後ともヨロシクね」


「うん、うん、こちらこそ末永く宜しくね」


 咲輝ちゃんは顔を上げると、モジモジとした表情をしていた。

 少し僕の思っていたニュアンスとは違う気がしたけど水をさすほど無粋ではないから、笑って流しておいた。


 そんな僕達に周りの視線に集まっているのにも気が付いていた。きっとお喋りが過ぎたのかもしれない。


 もう少しで式も始まるので咲輝ちゃんにも伝えて、しばらく大人しくすることにした。



 そのまま入学式は問題なく進められた。

 お偉い方々の挨拶が終わり在校生からの祝辞では生徒会長の『真幌瑠夏マホロ ルカ』さんが堂々と読上げてくれた。

 彼女は姉さんの友人でもあり、家にも何度か遊びに来たことがあったので顔見知りではある。

 姉さんとは違うショートカットの似合う、背の高いボーイシュな美系だ。某歌劇団でも通用するかもしれない。


 そして瑠夏さんのスピーチの後に、新入生の代表として壇上に上がったのは勿論僕なんかじゃなくて、内部進学組の主席らしい『御手洗杏ミタライ アン』さん。

 壇上に上がる彼女は、眼鏡で黒髪の三つ編みおさげ姿。そんな優等生な出で立ちだった。

 ただ、まあ、何というか、その美貌がその印象の全てを払拭していた。

 つまり、優等生の野暮ったい印象より美人度がそれを凌駕していたのだ、思わず目を引くほどに。


 当然のごとく、皆の視線を一気にさらった彼女はスピーチもよどみなく読み上げ、盛大な拍手を浴びていた。


「綺麗な人だね」


 隣の咲輝ちゃんに拍手をしながら小声で話しかける。


「うんそうだね、でも、私はイヨリちゃんの方が断然可愛くて綺麗だと思うけどね」


「ありがとう咲輝ちゃん」


 僕は確かに生物学的には男であるが、普通に可愛くて綺麗だと言われて嬉しかった。

 だって今の僕が在るのは姉さんや瀬名さんの助力があってこそのものだから。

 そして、そのことで自分自身の美に対して矜恃を持つことが出来た。

 それを咲輝ちゃんは褒めてくれたのだ喜ばないはずがない。


 それに……。


「咲輝ちゃんだって奇麗でカッコイイよ」


 再会して少しの時間だけど、咲輝ちゃんの細かな所作ひとつひとつが奇麗で美しかった。

 もちろん容姿もだけど、それとは別に触れたものを全て切ってしまいそうな独特の気配も纏っていた。

 それは例えるとしたら日本刀だろう。人を切り殺す為のおぞましい武器でありながら、洗練された美しさを持つ、世界でも稀な日本古来の代物。

 そんなイメージ全て含めて咲輝ちゃんという存在を美しいと感じた。

 多分、これは色々な習い事をこなしてきたから分かることで、以前の僕なら気付きもしなかっただろう。

 だから、もし仮に以前のままの僕として今の咲輝ちゃんに会っていたとしたら……きっと住む世界が違うとか感じて萎縮していたかもしれない。


「……イヨリちゃんったらまたそんなこと言って、本当にお世辞が上手になったんだね」


 だから、僕の本気の言葉をお世辞にしようとした咲輝ちゃんにちゃんと伝える。


「今の僕は本当に美しいと感じたものにしか綺麗だなんて言わないよ」


 姉さんから習ったウインクを添えて。





『尊いです……尊すぎなんですけど』


 私は入学式などそっちのけで悶絶しかけるところだった。

 だってイヨリちゃんが私に微笑んで綺麗だって言ってくれたから。

 私の憧れが私を嘘偽りなく褒めてくれたのだ。

 これで舞い上がらないはずがない。


「その、イヨリちゃん……ありがとう」


 何とか昂ぶる感情を抑え込み嬉しい気持ちを伝える。


 その後はホワホワした気持ちのまま入学式を終えると教室に移動した。


 席替えの前なので席順は五十音のままなので隣の席はイヨリちゃんのままだ。


 もう、席替えイベントなんてしなくていいのに。


「このまま席替えなくてもいいのにね」


 なんとイヨリちゃんも私と同じようなことを思ってくれたらしい。



「うん、私もそう思ってた」


 これぞ以心伝心、離れていた期間が長くても私とイヨリちゃんは確かに繋がっていたんだと実感する。


 嬉しくなって少しだけワイワイとイヨリちゃんとお喋りを楽しむ。

 

 その間に入学式で紹介のあった担任の男性教師が入ってくる。その後ろに若い女性が一緒に付いてきた。


 担任は教壇に立ち、その隣に女性教師が控える。


「あー、これから一年お前らの担任になる北条雅臣ホウジョウ マサオミだ。宜しくなー」


 どうやら担任はあまりやる気のなさそうな態度。


「私は副担任を務めることになりました仁藤唯奈ニトウ ユイナです。宜しくお願いします」


 続けて挨拶した副担任も定型文的な挨拶。

 でも間違いなく一瞬イヨリちゃんを見ていた。


 気になって隣のイヨリちゃんを覗うと、副担任を少し驚いて見ていた。


「今日は入学式も終わったんでとっとと帰りたいところだろうから、それぞれ自己紹介して残り時間は勝手に交流を深めてくれや」


 学院の母体が変わって、やる気の無い教師などは一掃されたと聞いていたけど……。


「じゃあ、定番のアイウエオ順で頼む」


 小学生じゃないんだからせめて五十音順とか言い方があるのではと思いつつ、皆は担任の言葉に従い簡潔な自己紹介が進。


 そして待望のイヨリちゃんの番になる。


 イヨリちゃんは優雅に立ち上がると周囲を見渡し微笑む。

 もうそれだけで一気にクラスの半数を魅力してしまう。

 特に男子は目に見えるほどに目がハートマークだ。

 さすがイヨリちゃんだ。


「初めまして、私は伊依・コーネリットです。趣味は日舞や茶道とか日本的なモノ全般です。宜しくお願いします」


 驚いた。イヨリちゃんの名字は蔵馬だったはすなのに、名乗った名字はコーネリットなんていう外国姓だったから。

 でも私は、それも本物のお姫様みたいで素敵だなと思ってしまった。

 

 そんなイヨリちゃんの簡単ながら周囲を魅力した挨拶に気を取られていたせいで、次が私の番という事を失念していた。


 折角イヨリちゃんが席につくとき私に笑いかけて促してくれていたのに、私はその笑顔に魅力され思わずぼうっとしてしまっていた。


「おーい、次のやつー、進めてくれー」


 気だるそうな担任の声でようやく我に返る。


 私は慌てて立ち上がると簡潔に自己紹介する。


「内部進学組の櫻庭咲輝だ。得意なのは剣術、好きなものはイヨリちゃんだ!」


 慌てて取り繕わないままに口にしてしまったせいで言わなくていい事まで言ってしまった。


 中学の頃から私を知っている人達からはざわめきが聴こえる。


 咄嗟の事で私は恥ずかしくなって座り込むと俯いてしまう。

 そんな私に隣のイヨリちゃんが小声で話しかけてくれた


「ありがとう咲輝ちゃん。ずっと友達だと思ってくれてたんだね」


 そんな一言で私は自分が恥ずかしがったことを悔いた。なんでイヨリちゃんが好きなことを恥ずかしがる必要があるのかと。


 私は俯いていた顔をあげるとちゃんとイヨリちゃんの目を見て微笑み返す。


『もちろん。これからだってずっと好きだよイヨリちゃん』


 私は心の中で言葉を返し、正面を向くと他の人達の自己紹介を聞いていく。


 幸いというか懸念していた二人は別のクラスであることを最初で確認済だ。


 内部進学組の人達はだいたい把握していたので、受験組の人達をチェックする。


 クラスの殆どを虜にしたイヨリちゃんなら問題ないと思うが、やはりイヨリちゃんを傷付けるような輩が居ないとは限らない。


『イヨリちゃん……今度は隣で必ず護ってみせるからね』


 そんな私の覚悟を祝福するかのように、イヨリちゃんは太陽のように微笑み続けてくれていた。

 

 

 


 

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