自殺そして次の世界

@isasa130

第1話

 俺は大学をなんとか卒業できた。しかし就職活動に失敗。そう、今はアルバイト生活。それも長続きしないで転々とした生活を送っている。アルバイトが変われば履歴書に書き込む行が増えて印象が悪くなる。記入しない方法もあるがそれではその期間何をしていたのかと聞かれる。結局転々としたバイト先を書き込むと面接官はあまり良い顔をしない。今はレンタルビデオ店にいる。あえて自宅から少し離れた隣町で働いている。そんな生活が三年。二つ年下の彼女は無事就職出来て最近忙しそうだ。俺は少し引け目を感じながらも、彼女はいつも優しい。

 そんなある休日の朝。彼女から一通のラインが入った。

「ゆうちゃんおはよう。今日はお休みでしょ。なかなかお休みが合わないね。私ね、今度企画部に異動する事になったの。入社して一年。やっと希望が叶ったんだけど、今迄みたいに平日のお休みが取りずらくなってしまうのね。ゆうちゃんともなかなか会えなくなるね。私達、少し距離を置こうと思うのね。突然でごめんね。今までありがとう。」

 休日の朝、突然の通知に愕然とした。それきり一方的にラインも電話も繋がらない。要するに振られたわけだ。

 四年間の楽しい日々。でも、なんとなく予感のようなものはあった。俺がまともな就職ができないでいるのに、彼女は一部上場企業に就職して忙しい日々を送っている。恐らく彼女の周りには優秀な人達がいるのだろう。それに引き換え俺は転々とアルバイト生活。比較にもならない。学生時代はそんな格差のような物を感じる事も無くてただ楽しかった。でも最近は誘っても会えない返事が続いていた。

 布団から出られないでいると下から母親が怒鳴ってきた。

「裕一、今日は休みなのか。休みだったらどこか面接にでも行っておいで。」

「今日は用事があるんだよ。」

「ちょっとは真剣に考えてるの。」

「考えてるよ、うるさいんだよ。」

「もう。」

 顔を見れば就職の話で俺はウンザリしていた。

 俺は行くあても無いまま車を走らせた。バイト先のレンタル店の近くまで来て左折して店を離れた。結局今の俺にはこのバイト先以外、行く所も無いと言う事だ。今日は平日で友達は皆仕事。彼女からは終止符を今朝言い渡された。他の人と俺は何が違うのだろう。

 自暴自棄のまま車を運転していた。その時突然目の前に横断歩道を渡る老人の姿が目に飛び込んできた。俺は慌ててハンドルを左に切ったが、まともに電柱に激突して停止した。自損事故。

 人にケガをさせないで済んだので良かった。俺も大したケガも無くて済んだが車の修理代が三十五万円と言われた。今の俺にはそんな大金あるわけがない。車のローンがまだあるのに更に修理代のローンはきつい。

 両親に相談したが無駄だった。「ちゃんと就職しないからそんな事になるんだ。もっとちゃんと人生を考えろ。だいたいアルバイト程度の収入で、借りた金を返せるのか。大学を卒業して三年だぞ。何を考えてるんだ。」

 他にもいろいろと言われたがふてくされて自分の部屋に閉じこもった。パソコンを開いてあても無く画像を眺めていた。そして車の修理が出来ないものだからバイトにも行けない。人目を気にして隣町でのバイトが災いした。結局そのバイト先はクビになってしまった。

 そしてその後、数日間の記憶が無い。そう、俺は自殺したのだ。

 俺は茫然と立ち尽くしていた。家族が皆泣いている。声が聞こえない。テレビの音も聞こえない。声も音も聞こえない世界。おふくろがおやじに何か文句を言っているようだが、直ぐに二人とも泣き崩れた。俺はちょっと心が痛んだ。ここ数日間の記憶が無い。本当にこれでよかったのだろうか。もう後悔しても後戻りはできない。確か四十九日間はこの世界に留まり、次にあの世に行くのだろう。何もする事が無い。声を掛けても誰も気付かない。当たり前だけど。

 ふらふらと家のまわりをぶらついてみた。誰も俺には気付かない。

「お~い青年。」えっ、庭石に腰かけたおじさんがこちらを見ている。俺が見えるのか、それとも俺の後ろに誰か居るのか。振り返ったが誰も居ない。

「お~いお前さんだよ。」

「俺が見えるの。」

「見えるさ、俺も同じ世界の人間だ、正確には人間じゃないけどな。」

「ハァ、話せる相手がいるのは何となく助かります。おじさんも亡くなっているんですね。」

「あぁ、二十年前にな。」

「二十年前?何で、四十九日であの世とかに成仏できるんでしょう?」

「それは、天寿を全うした人間の場合だよ。俺達みたいに自分で命を絶った人間は本来の寿命が来るまで成仏できないんだよ。」

「寿命?そんなもの本当にあるんですか?」

「あるんだろうな、わしは六十五歳の時に自分で命を絶った。それから二十年こうしてさまよっているんだ。先輩方が寿命で召されるのを何人か見て来たから間違いない。」

「と、言う事はおじさんは八十五歳ですか?」

「生きていたらな。」

「全然見えないんですけど、どう見ても六十代ですよ。」

「死んでるから年は取らないんだよ。」

「なるほど。いや。ちょっと待ってください。自殺したら二度と成仏できないでさまようって聞いた事ありますけど。」

「それが本当ならこの世界は数千年の間に自殺した幽霊で大混雑になるだろう。そんな事は無いみたいだな。」

「もう日が昇るからまた明日な。」

「あの、ドラキュラみたいにお日様にあたると死んじゃうんですか?」

「あほぅ、もう死んでるのにそんなことないよ、眠るんだよ。」

「どこで寝ているんですか?」

「どこに行くわけでも無いよ、なんとなく消えるだけで日が落ちたら目が覚めるから大丈夫だ。」

 そんな話をしていたらおじさんの姿が見えなくなった。そして俺は眠りに落ちた。


 次の日俺は昨日と同じ場所に立っていた。日が落ちている。そしておじさんが昨日と同じ庭石に腰かけていた。

「青年、ゆっくり休めたか?」

「なんか気付いたら寝てたし、気付いたら目が覚めた感じで不思議ですね。それに気付いたらここに、昨日と同じ場所に立っているんですけどなぜですか?」

「さぁ、それはわしにも分からないけど大した事じゃないしそのうち慣れるよ。」

「あの、食事とかはどうするんですか?」

「腹空いたのか?」

「いいえ、全然。なんでだろう?」

「わし達は死んでいるんだから腹空く事も無いし、排泄も無いよ。汗もかかないから風呂に入る必要も無い。」

「はぁ、スーパー銭湯が好きだったんですけど・・・。」

「なんにもする事ないよ。何を食べる・何を飲む・何を着るとか一切悩む必要ないんだよ。もっと言えば、どこかに行きたいとか思ってもな、どこにも行けないしな。」

「あの、死んだらどこにでもあっと言う間に行けるのと違うんですか?」

「実際には生前生活していた場所にしか行けないんだ。それ以外は何にも見えないから行けないんだよ。例えば隣町の彼女の家に行ってみたいとか思っても生前に行ってなかったら行けない。自分に縁が無い場所には行けないんだ。ましてや見た事の無い土地は記憶に無いから存在しない。」

「存在しない?おじさんはここに来た事あるんですか。」

「わしは三軒隣の住人だったんだ。青年がまだ小さい時に会った事があるからこうして話せるんだ。会った事も無い人とは会話が成立しないけど、青年とは話した事がある。まだ小さい頃遊んであげてたんだぞ。覚えていないか。」

「そうなんですか。つまり、行った事のある場所にしか行けない。会った事のある人としか話せないって事ですか。しかも自殺した人に限られるんですか。」

「ちょっと違うな、寿命で亡くなった人でも四十九日間はこの世界にいるから話せる。ただ、四十九日間って言うのは本人が混乱していて話にならない事が多いな、俺達みたいに自分で命を絶ったやつとか年寄りで覚悟ができてた人間は理解が早いんだけどな。」

「あのぅ、二十年間こうしていて何か楽しみってあります?」

「あるわけ無いだろう。食欲・性欲・購買欲何も無い。レジャーも無い。そう喜怒哀楽も薄れてる。余程の思いがない限り喜怒哀楽にむせぶ事も無いな。ただ孤独なだけだ。」

「あのぅ、もしかして俺達って幽霊ですか?」

「現世の人から見たら幽霊なんじゃないか。」

「幽霊ってあの貞子みたいに下向いてユラユラしてるのかと思いましたよ、俺達ちゃんと足もあるし。」

「あの貞子のようなイメージはな、死んで戸惑ってるやつが下向いてうな垂れてる姿をちょっと霊感のある人間がたまたま見たんだろうな。実際にはあんな風にうな垂れてるやつは四十九日で成仏するんで、いつまでもこの世界にはいないからそうそう会えないはな。」

「はぁ」

「それにな、俺達には足はあるけど使わないんだな。」

「でもちゃんと移動してますよ。」

「足は動いてないだろう。」

「えっ、そうなんですか。」

「今からわしがあの電柱まで移動するから見ていなさい。」

 そう言うなり二十メートルの距離をすーっと移動した。足は動いていなかった。

「青年もやってみな。」

「どうするんですか。」

「目標を定めて普通に歩けばいいんだよ。」

「やってみます。おじさんの所に行きますね。」

 裕一が一歩踏み出した瞬間にすーっと体が移動した。

「おい、何ぶつかってくるんだよ。」

「すいません。」

「お前わしを目標に移動しただろう。」

「はい。」

「ぶつかるに決まってるだろう。ちょっと手前に目標を定めないと。」

「あ、そうですね。でもぶつかったのに全然痛く無いですね。」

「当たり前だろう。わし達は死んでるんだ。」

「あ、そうかそうですよね。それにしてもなんか居心地いいですね。この世界、何も考える必要無いし、ケガもしないし、暑いとか寒いとかもないんでしょう?」

「最初だけだよ。」

「そうですか。一日中パソコンいじってても怒られないでしょう。」

「パソコンを誰がいじるって。電源さえ入れられないのに。」

「あっ、そうか。あのポルターガイストとかって知ってます?幽霊が椅子を動かしたり扉を開けたりとかできるじゃないですか。」

「あれは映画の世界だ。実際には持ち上げるとか触る事も出来ない。だから何もできないし何もしてもらえない。」

「きっぱり言い切りますね。」

「何もできない、誰も気付いてくれない。何の欲も達成感も無い世界で寿命が来るのをただただ待ち続けるのがどれ程孤独で辛いものかその内わかるよ。」

「俺は前世に嫌気がさして自殺したんで前世よりはましかなって思えるんで大丈夫ですよ。ところで自分の寿命ってわかるんですか?」

「誰にも分からん。先人たちは数日前になると感じるとか言う人が多かったな。」

「おじさんも生きていたら八十五歳でしょ?」

「何が言いたいかはわかる。早くお迎えに来てほしいもんだ。青年は普通に考えれば六十年間この世界で過ごす事になるな。」

「六十年?ずっと誰にも気付かれないでスーパー銭湯も食べる楽しみも無い生活?」

「わしは二十年間そうしてきた。」

「・・・気が遠くなりそう。戻れないんですか?でなければ現世のお坊さんに拝んでもらって成仏できないんですか?葬儀会館に行けばお坊さんが拝んでるでしょ。」

「自殺した人間には無理だ。メリットはあるぞ。病気になったり痛い事は何も無い。移動が速い。疲れない。何も考えんでいい。どうだ。」

「その何も無いと言うのがメチャメチャきついでしょう。」

「仕方ないんだよ寿命を無視して自殺なんて道を選んだのは自分なんだから。」

「はぁ、そりゃそうなんですけどねぇ。ところでおじさんは自分の骨見ました?」

「あぁお墓に埋葬されてから見に行ったよ。自分の骸骨なんてあんまり良い気持ちじゃなかったな。」

「埋葬されたら俺も見に行こうかな。」

「自分が本当に死んだのか確認したいのか?」

「まぁ。」

「お前さんは墓参りには行ってたのか?」

「子供の頃は親に連れられて行きましたけど、大人になってからは全然行ってないですね。」

「そりゃ微妙だな。」

「何がです?」

「お前さんがお墓を見に行けるかどうかが微妙だって事。ずっと行ってない場所な訳だからお前さんの記憶にあれば行けるだろうけどな。」

「あっそうかぁ、微妙っすね。」

「もう一つ問題がある。」

「なんです?」

「骸骨なんて見たって自分かどうか分かるわけないだろう。」

「あぁそりゃそうっすね。」

「そろそろわしにもお迎えが来そうだな。」

「えっ、感じるんすか?待って行かないでくださいよ。俺一人になっちゃうじゃないですか。」

「その内また、誰か来るかも知れないから、それまで待つんだな。」


 そうしておじさんは次の日にこの世界から居なくなった。話し相手がいない。何もする事が無い。元の世界の人達が夕方、日が落ちると帰ってくる。俺には気付かない。その内話し相手にもならない家族を見ている事にも飽きてきた。

 三か月が過ぎた。街をぶらつくのにも飽きてきた。今日はちょっと遠出して駅前まで足を延ばした。足は使わないが日本語的には足を延ばすわけだ。あまりにも暇過ぎて変な屁理屈が頭をよぎった。

 夕方の駅前は賑やかだ。俺は駅を背に交差点を眺めていた。さっきから信号で佇んでいる女性の後ろ姿が気になった。何度信号が変わっても渡らないで佇んで動かない。髪がショートカットで俺の元カノの真理に似ているような気がした。俺はその女性の手前を目指して一歩踏み出した。すーっと移動し、その女性の斜め後ろに立った。やはり似ている。下を向いて泣いているように見えた。ショートカットとは言え髪で顔が隠れている。傍から見ればこれぞ幽霊の佇まいに見える。俺は顔を覗き込んだ。その時彼女が顔を上げて俺を見た。目を見開いて幽霊でも見たようなとてつもなく驚いた顔になった。実際幽霊ではあるのだが、でも俺が見える人間はいないはず。その女性が悲鳴をあげた。しかもその女性は真理に間違いない。なんで俺が見えるの?悲鳴?確かに今、彼女の悲鳴が聞こえた。真理はその場で腰を抜かしてしまった。じっと俺をみている。

 そして「ゆうちゃん。ゆうちゃんよね?」

「なに?俺が見えるの?」

「ゆうちゃん三か月前に死んじゃったんだよね。」

「そうだよ。真理はなんでここに立ってるの?」

「分からない。三日前にこの信号を渡ろうとしたら信号無視の車が近づいてきたのね。その後は覚えてない。それにどこも痛く無いから助かったのかなって思ったけど動けないの。」

「ん~。真理、俺が死んだのは知ってるでしょ。」

「うん。お葬式にも行った。私のせいでゆうちゃんが自殺したって思っていたし。でもご両親が真理ちゃんのせいじゃないって慰めてくれたの。何か月過ぎても、どうしても責任感じちゃって、思い出して少しぼ~っとしていたのかも。」

「うん、真理の責任なんかじゃないよ。男女の別れ話で一々自殺してたら人間いなくなっちゃうよ。」

「ご両親も同じ事言ってた。」

「あらら、やっぱ親子だは。それよりね、真理は死んだ俺が見えるわけでしょ?」

「うん。」

「と、言う事は?」

「えっ、あたしも死んだって事?」

「ここを動けないでいるのは死んだ自覚が持てないからだと思うよ。」

「そんな、こうして立っているし、どこも痛く無い。それにこうして話せているじゃない。」

「死んだ俺とね。」

「・・・・・」

 悲鳴と共に泣き崩れた。でも周りの人達には聞こえない。何事も無いように歩いている通行人。その場のアンバランスな光景が異様過ぎる。真理は泣いて泣いて泣きぬいた。泣き疲れるまで泣いた。実際に幽霊が疲れるのかどうかはまだ知らない。

 おれは真理を連れて真理の自宅に行ってみた。お通夜の真っ最中だった。真理は自分の遺影写真を見てまた泣き出した。お母さんがちょとこちらを見たような気がした。恐らく錯覚だろうけど。両親も弟もうな垂れていた。突然の娘の不幸、姉の不幸に平静でいられるわけがない。

 会葬者の中にひときわうな垂れた見たことの無い男がいた。友人に肩を抱えられている。もしかして真理の彼氏?

 真理に、あそこの男性誰?なんて聞けない俺。とりあえず真理を連れて道路に出た。そして道路脇の石積みに腰を下ろした。

「真理、大丈夫?」

「うん。」

 俺はおじさんから聞いた話を少し聞かせた。朝になると自然に眠るように意識がなくなる事。でも心配することないって事。飲食もお風呂も服装も心配ない事も。ちょっと言いづらいけど排泄の心配も無いことも話した。

 あれ?化粧はどうなんだろう。分からないから触れづにいた。今日はこの位でそっとしておくことにした。なんせ時間はいくらでもある。それに話し相手が出来てちょっと嬉しい。あれ?これって不謹慎じゃない?でもずっとこうしていられたらこの世界もまんざらじゃないような気がした。

 あれからひと月が過ぎた。真理は少しづつ心の整理がついてきたのか、少しづつ昔話なんかで笑顔になる事もあった。でも本当のキラキラした笑顔には程遠い。時間はいくらでもある。慌てることは無い。何年かかってもいい、ゆっくりとあの頃の笑顔に戻れるように側にいてあげよう。

 そしてゆっくりと時は過ぎていった。とてつもなくゆっくりと。

 ある日。

「真理、今日は顔色がいいね。ちょっとは元気になったみたいだな。」

「ゆうちゃん、あたしね。もしかすると、近いうちに次の世界とかに行くような気がするの。」

「なんで?」

「ん~、なんとなく。説明できない。」

「それは無いと思うけどな。真理にはちゃんと寿命があって、交通事故で寿命を全う出来なかったわけだから、その寿命が来るまではここにいるんじゃない?」

「そうなのかな。」

 そして次の日、真理の姿は現れなかった。交通事故で亡くなる運命だったのかもしれない。それが寿命だったのかもしれない。俺はまた独りぼっちになってしまった。


 突然後ろから「裕一、裕一だろう。」

 振り向くとばあちゃんが立っていた。隣町に住むおふくろの母親だ。

「ばあちゃん。」

「お前がなんでここにいるのかね?」

「俺、自殺だったんで成仏できなくてウロウロしてるんだ。ばあちゃん来たんだ。」

「もうすぐ九十だったんだけどなぁ。寿命には勝てないはね。」

「ばあちゃんはほんのちょこっとだけここに居て、すぐに成仏できるから安心だぜ。」

「お前はここで地獄の生活をしているわけか。」

「地獄?地獄の生活なんてしてないよ。」

「楽しいか?」

「全然。なんにもする事無くて時間との格闘。まるで地獄とも言えるけどね。」

「お前はその地獄を味わっているんだよ。」

「でも鬼もいないし、釜茹でにもされていないし張り付けにもされていないよ。」

「裕一、お前は漫画の読みすぎだ。実際に死んだ人間を釜茹でにしようが張り付けにしようが熱くも痛くもない。何が苦しいもんかね。全然苦しくないはね。」

「まぁ、そうだね。俺達痛み感じないもんね。」

「いいか、お前は成仏できずに何も無い世界、孤独な地獄の生活を過ごすんだよ。」

「これが地獄?確かに、こんな辛い思いするんだったら生きてた方が遥かにましだったかも。何もする事無いし、話し相手も居ない。パソコンもスマホも無い。車でドライブする事もゆっくりお風呂にも入れない。食欲も無い。何も無い。ここは地獄だよ。」

「死んだ人間は心の整理をする為にこの世界で一時を過ごすって坊さんから聞いた。心が落ち着いたら次の世界に行けるんだと。心穏やかに静かになれたらな。でもな、それは一時だけなら必要な時間かも知れないけど、とてつもない長時間となれば地獄の時間に変わる。お前はそれに耐えなくちゃならない。」

「耐えられなかったら?」

「次の世界が無い。生まれ変われないで永遠に海の底に捨てられた石みたいなもんになっちまう。生きる価値の無い魂の無い固まりとして葬られる。」

「そんなの嫌だ。」

「それなら耐えるんだな、どんなに暇で苦しくてもな。寿命を全うしなけりゃ次の世界は無い。現世で寿命を迎えるか、この何も無い世界で寿命を迎えるか。もしかするとどちらも地獄だったりしてな。あたしは現世で寿命を迎えられて幸せだったと思っているはね。」

 そして数日後、ばあちゃんも消えた。また誰も居ない・話し相手の居ない日々、何もする事が無い日が繰り返されている。ここは地獄だ。







  

                                  






                 















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自殺そして次の世界 @isasa130

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ