第11話『ナンバーワン』


 ――そしてデッドエンドは動く。 



「わりぃな。ちょいとコリっていくかもだが我慢しなぁっ!!」



 そう言ってデッドエンドは拳を高く振り上げた。

 そこに誰もが注目する。



「な……なにを……」

「ま、まさか私たちを……」

「すみませんすみませんすみませんっ!」



 その拳を自分達に向けられるのではないかと怯える村人たち。

 そして――



「クカカカカカカッ。そうだよなぁっ! それしかないよなぁ。あぁ、あぁそうとも。それでいいのさぁっ。この世は弱肉強食。弱者の為に強者が犠牲になるなど馬鹿げてる。強者になりてぇんなら弱者は食って千切って利用すんのが当然だろうよぉっ。そうだろぉ? 勇者気取りの偽善者様」



 自身の手駒でしかない村人たちをデッドエンドが苦悩の果てに切り捨てた事を喝采するエルハザード。


 ああ、そうさ。そうとも。所詮お前は勇者を気取った偽善者でしかない。

 勇者だと言うのなら誰も傷つけずに俺と言う悪を倒して見せろ。

 だが、無理だろう? 理想だけ語っても現実は何も変わらない。

 ならばそれがお前の限界だ。

 弱者守るべき者を見捨て、強者ロクでなしとなるがいい。



 そんなエルハザードの思惑は、しかし。



「――言っただろ。俺は勇者なんて大層なもんじゃねぇ」



 静かなデッドエンドの声。

 それと共に振り上げられた拳は振り下ろされる。

 そして――



「ひっ――うぉっ!?」

「あぁ……あ!?」

「ごめんなさいごめんなさ……え!?」



 デッドエンドを取り押さえていた村人たち。

 そんな彼ら彼女らは、なぜかその手をデッドエンドから放し、互いの身体を掴み合っていた。



「なんっ――だとぉ――」



 無論、村人を操る指揮者たるエルハザードの意志ではない。

 そして、村人たちがエルハザードの支配から抜け出せたわけでもない。


 単純に人体の構造上の問題だ。

 デッドエンドは拳を振り上げる事によって、その場に居る全員の視点をその拳へと集中させた。

 その時、印象的な仕草であるが故か、支配された村人たちの身体も緊張故か一瞬固まったのだ。

 その隙をデッドエンドは見逃さなかった。


 自身を中心にしてかけられている村人たちの力の流れ。

 デッドエンドはその力を利用し、それらを自分を縛る枷としてではなく、村人たちが互いの行動を縛る枷としたのだ。


 無論、いかに戦いなれたデッドエンドとはいえ他人の体をコントロールするのは難しい。

 特に今回の場合、デッドエンドを中心に様々な方向に力が加わっていたのだ。


 それらを全て把握し、更にはその力を利用して村人全員の行動を封じるなど不可能といってもいいだろう。




 しかし、デッドエンドはそれをやり遂げた。

 やり遂げたからこそ、彼は少しの間とはいえ、体の自由を取り戻す事に成功したのだ。

 そして無論、その少しの時間を有用に使わないデッドエンドではない。


 なにしろ、デッドエンドを拘束する手を止めて自身の首を絞めさせられている青年はそのままなのだ。もはや一秒たりとも時間はかけられない。

 だから――



「オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ――」



 デッドエンドは周囲に散らばっていた瓦礫がれきを拾う。

 そして――



「くたばれやクソ野郎ぉぉぉぉっ!!」



 ――それを……投げたっ!

 デッドエンドから打ち放たれた瓦礫。

 それはどれほどの想いが込められているのか。黙示する事が困難なほどのスピードでエルハザードへと迫る。



「なっにぃ――」



 当たれば大けがは確実。最悪死ぬであろう魔弾がエルハザードへと迫る。

 そして完全に油断していたエルハザードにそれを避ける術はない。



「さっきのエイズなら油断もしなかっただろうし、仮にしてたとしてもこの程度どうとでもするだろう。

 だが……てめぇはどうかなエルハザード? 後ろで糸引いてボス面してるやつほど案外脆いもんだからなぁっ!!」


「この……クソがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



 そうして魔弾がエルハザードへと命中――



「――お褒めに預かり光栄だ」



 その声と共に、エルハザードへと迫っていた魔弾は幾重にも切断される。

 それを為したのは他でもない、先ほどデッドエンド自身が奴ならどうとでも防ぐだろうと言った人物。

 ――エイズ・ピリドマンだった。



「ご無事ですか? 主」


「………………」



 自らの主君の無事を確認するエイズと、それに応えないエルハザード。



「ちっ――。その傷でそこまで動けるとはな。その根性だけは認めてやるよ。エイズ・ピリドマン。だが――」


「あぁ。無論分かっているとも。今回は我々の敗北だな。流石はデッドエンド。勇者……とは呼ばれたくないのだったな。だが、それでも私は貴公をただの民衆の矛などとは思わない。なにせ自らを民衆の矛だと言っていた貴公が、こうして守る事も出来ているのだから」



 そうしてエイズが視線を動かした先。

 そこでは村人たちが腰をぬかして、しかしそれでも懸命にこの場から逃げようとしていた。

 エルハザードによる支配。それが解けた証左である。



「たまたまだ。俺は殴るのは得意だが、守るのは苦手なんでな。それに、別に俺の勝ちだとまでは思ってねぇよ。むしろ俺の負けだ。こうしてこのリ・レストル村を崩壊させられた時点で軍人としては負けも同然なんだよ。だからこそ……これ以上お前らの暴挙を許すわけにはいかねぇんだ」



 ゆっくりと構えをとるデッドエンド。

 今回は自分から仕掛けるようなことはない。

 それは自分へと感謝の言葉を口にしながら後方へと逃げていく無辜の民を守るため。その為の時間を稼ぐのが優先とデッドエンドが考えている為だ。


 しかし――



「案ずるな。こちらも見たい物は見れた。ここらで一旦退かせてもら――」



 退かせてもらおう。

 そうエイズが口にしようとした時だった。



「UGARABADAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 


 獣の如き咆哮ほうこうがその場に響き渡った。

 そうして、


「――舐めたな、この俺を」



 先ほどの咆哮が嘘であるかのような、酷く静かな声。

 誰のものなのかは言うまでもない。

 それはデッドエンドの魔弾により命を落としかけ、部下のエイズによって救われたメテオレイゲンの首領、エルハザード・レイヴェンのものだった。


「ふざけやがって。俺が一番なんだ。俺が一番偉いんだ。だからこそ……俺にはてめぇら豚を好きにする権利がある」



 ――ドクンッ



 エルハザード・レイヴェンの身体を薄く覆っていたピンク色のオーラが鼓動する。

 


【豚共の醜さを己は知っている。

 ゆえにこそ許せない。なぜ? なぜ奴らは己に命令を下すのか。

 この世は弱肉強食。強き者が弱き者を支配し、喰らう。

 なればこそ――――豚共よ、己の下に降れ。

 貴様らが己の上に居る事が許せないから。

 貴様らが己の上に居る事は間違っているから。

 己こそが全てを支配するに相応しいから。

 豚どもよ――――己にひざまずけ。

 そして知るがいい。貴様らの上に誰が居るべきなのか。

 貴様らへと命令を下す王の姿。とくと見ろ――】

 


 妬み、ひがみ、そして巨大化した自尊心。

 そんな物がありったけに込められた詠唱が場に響く。

 そんな物に何の意味があるのか、デッドエンドには全く分からない。



共星シュテル・メイゼン――――――シュヴァインハイツ・レギルドヴィルド(王が支配する豚共の家畜場)】



 そして――エルハザード・レイヴェンの輝きは増した。

 彼を多いし薄いピンクのオーラ。それが彼の周囲だけでなく、デッドエンドやエイズを巻き込んで広がったのだ。

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