第5話『異変』
「どうした?」
走ってきた自身の部下にルクスはそう問いかけるが、
「説明はこちらの者から。すみません、触れますよ」
ルクスの問いに答えることなく、その兵士はルクスの腕を掴む。
「くっ――」
そうして部下に触れられたルクスはにわかに顔を歪ませる。
その後――
「いや、落ち着け! 最初から状況を説明してくれ」
声を荒げるルクス。
その様子を見て、何が起きているのかデッドエンドとキーラは理解する。
「通信魔法か。よく見ればあの兵士、エルフだな」
「そのようですね。そういえば、一桁番台の隊には必ずその使い手が一人配属されていると聞いたことがあります」
通信魔法。
それは文字通り、相手との距離が離れていても話すことが出来るという魔法だ。
亜人種しか魔法を使えないこの世界においては使用できる者などかなり少ないが、かなり有用な魔法である。
そして、この魔法は通信中の術者に触れている他者にも効果を及ぼす。
ゆえに、この通信役のエルフはまず自身の隊の隊長であるルクスへと触れたのだろう。
しかし――
「それでは分からない! もっと正確に状況を伝えてくれ!!」
相手側の通信者はひどく動揺でもしているのか、一向に話は進んでいない様子だ。
それでも、ただ事ではない何かが起きたのだろう事は誰の目にも明らかだった。
「悪い。触れるぞ」
「なっ!? デッドエンド隊長。しかし――」
デッドエンドはそう言ってルクスの部下である通信役のエルフへと手を伸ばす。
ルクスと同じ隊長という地位にあるとはいえ、通信役エルフの上司ではないデッドエンド。
彼にこの通信の内容を伝えても良いものかと頭を悩ませる男性エルフだったが、そんな事を考えている間にデッドエンドは通信役のエルフへと触れ――
『た、助けてください!! 足が……足が……イギャァァァァァァッ!!』
通信役のエルフに触れ、デッドエンドの頭に最初に響いたのはそんな悲鳴だった。
一体何が起きているのか。
そんな事はルクスと同じくデッドエンドにも分からない。
しかし、その悲鳴を聞いたデッドエンドがとった行動はルクスとは異なる物だった。
「――ああっ! 必ず助けてやるっ! だからオレに教えてくれ。そこはどこだ? それさえ教えてくれればきっとオレはお前を助けてやれる。だから教えてくれ。――そこはどこなんだっ!?」
状況は分からない。
しかし、デッドエンドにとってそんな事はもうどうでも良かった。
誰かが助けを求めている。
ならば助けるべきだろう。
――否。助けたい。
だからこそ彼は状況云々など関係なく、見ず知らずの彼を助けるのに必要な場所を尋ねたのだ。
そして――その願いは予想外の方向から叶えられた。
『ほぅ……なんとも勇ましいものだな。いいだろう。この場所が
貴公が今どこに居るのかは不明だが……ここは共生国と帝国の国境近くに位置するリ・レストルという村だ。詳しい座標などは必要か?』
答えたのは先ほど悲鳴を上げていたのとは全く別の男だった。
その間も本来の通信役は悲鳴を上げているから間違いない。
「てめぇ……どこのどいつだ!? そいつに何をしやがったぁぁ!?」
『ふむ……この男に何をしたかはともかく、我らが誰かだと? 今、そんな事を気にしている場合なのか? まぁ、聞かれたからには答えるがな』
そう言って通信先の男はデッドエンドの質問に動じることなく答えるのだった。
『我らはメテオレイゲン。この男に何をしたのかと問われれば……拷問だな。今もその体をゆっくりと切り刻んでいる所だとも。
現在、我々はリ・レストル村に住まう人々を惨たらしく虐殺せよという任務を帯びていてな、その一環だ。似たような事を部下たちも行っているよ』
「虐殺……だと? ざっけんじゃねぇぞてめぇっ!!」
「なっ……メテオレイゲンだと!?」
男の答えを聞いたデッドエンドとルクスの反応は異なる物だった。
デッドエンドは虐殺と聞いてこめかみに怒りマークを浮かべ。
逆にルクスは『メテオレイゲン』の名を聞いて驚愕の表情を浮かべていた。
『安心するといい。村に住まう人々の虐殺と言ったが、今のところ死者は0だとも。今はこの男の隊……確か第5部隊とか言っていたか。彼らをゆっくりと拷問している最中なのでな。これが終わり次第、我々は言った通り虐殺を開始する予定だ。村人たちもいたぶるつもりなので、貴公が急げば何人か助けられる可能性も――』
「――今行く。そこで待ってろクソ野郎。そして……待ってろ戦友。必ず助けに行く」
通信先の男の言葉を最後まで聞かないまま、デッドエンドは言いたいことだけを言って通信魔法を発動していたエルフから手を放す。
そうして彼はその足に力をこめ――
「待てっ!!」
その時、走り出そうとしていたデッドエンドの肩をルクスが掴む。
「事はお前が行ってどうにかなる問題を超えている。ここはまず王宮に戻り、急ぎ対策を立てて――」
至極当たり前の事を言うルクス。
それはそうだろう。
なにせ敵は未知数なのだ。我らと言っていたし、少なくとも単騎であるとは考えづらい。
男が言っていたことが全て本当かどうかは不明だが、もし本当だった場合、通信先の男の勢力は共生国軍第5部隊を上回る武力を備えているという事になる。
そんな者達が居るかもしれない場所にむざむざ一人で突っ込むなど自殺行為だ。
それこそ王宮に戻り、諸侯達に報告をした上でじっくりと対策を考えて軍備を整えるべき。
ゆえに、ルクスはデッドエンドを止めるが――
「ざっけんなよルクス!! お前は今の悲鳴を聞いていなかったのか!? 俺達の仲間が、同胞が、今この瞬間も助けを求めてるんだよ。それだけじゃねぇっ。俺達が守るべき領民をあのド腐れ共は虐殺するとかほざいてたんだぞ!! 王宮に戻る? 対策を立てる? その間に
そんな正論などデッドエンドは求めていない。
彼にとって重要なのは、今この瞬間も『守るべき誰か』が傷ついているという事。それのみだ。
ならば解は単純。
一秒でも早く助けを求める人たちの下へ向かうのが正しいに決まっているだろう。
自分にはそれだけの力がある。そうデッドエンドは信じているのだから。
しかし――
「今回ばかりはお前でも相手が悪すぎる! 相手はあの――」
そこまで言ってルクスは自身の口を押さえる。
まるで言ってはならない事を漏らしてしまったかのような仕草。
そんな事は誰の目にも明らかで。だからこそ。
「メテオレイゲン……確か彼らはそう名乗っておりましたね。わたくしには聞き覚えのない名ですが……ルクス様、もしや彼らについて何かご存じなのですか?」
キーラは先ほどの通信で相手の男が言っていた組織名らしきものについてルクスへと尋ねた。
だが――
「………………」
キーラの問いに答えることなく、口を閉ざすルクス。
「そうですか……」
しかし、それだけでキーラには十分だった。
第1部隊隊長として。騎士団長として。伝えられない『何か』がある。
その『何か』こそが『メテオレイゲン』であり、デッドエンドでも警戒すべき事案なのだろう。
無論、キーラと同じくデッドエンドもルクスの様子を見てその事を察する。
デッドエンドの強さについてはルクスもよく知っている。
ゆえに、大抵の問題ならばデッドエンド一人で片が付くのはルクスだって分かっているはずなのだ。
なのに、そのルクスがここまでメテオレイゲンなる敵を警戒し、デッドエンドに行くなと告げている。
そこまでルクスが警戒する相手だ。
そんな相手のいる場所にデッドエンドがたった一人、のこのこと出向いたところで無残に殺されるだけかもしれない。
しかし――
「ルクス。それにステラ。この場は任せた。キーラは――」
「もちろんお供します。隊の皆はどう致しますか?」
「置いていく。少なくとも今のあいつらじゃ本気の俺達に追い付いてこれないだろうしな。ナナのお守りでもさせておくさ」
行っても無残に殺されるだけかもしれない――だから?
上等だとも。それが一体なんだと言うのか。
救助に行かなければ確実に多くの死傷者が出るのだ。
自分が今すぐ救助に行けば僅か数人でも仲間を、民を救うことが出来るかもしれない。
その可能性があるのに王宮でのんびりと対策を練るだと?
――否だ。
そうデッドエンドは即決する。
ルクスのような正しい選択ができるほど、デッドエンドは大人でもないし賢くもないのだ。
ゆえにこそ即断即決。
そうしてデッドエンドがリ・レストル村の人々を救うため、今まさに出発せんとするその時。
「ちょっとアンタ、待ちなさいよっ!!」
ナナの鋭い声が響き渡る。
いつから話を聞いていたのだろうか。
先ほどまで大スラム地区の浮浪者へと治療を施していたナナがデッドエンド達の事を見つめていた。
彼女は何かを言おうとするたび、ぐっと何かを押さえるようにしてその手で自身の胸を押さえる。
それを何度か繰り返し――
「――絶対に帰って来て。夕飯の準備はしておくから」
真っすぐにデッドエンドの目を見て、ナナはそう告げた。
そんなに危ない場所なら行かないで欲しい。
どうしても行くなら自分も連れて行って欲しい。
そんな想いを押し殺して、デッドエンドを送り出すナナ。
「――ああ。必ず戻ってくる。行くぞ、キーラ」
「ええ。――――――――心配しないでくださいナナさん。今回の相手は手ごわいとの事ですが、デッドエンド様ならきっと大丈夫。この天下にデッドエンド様に敵う者など居る訳がないのですから」
そう言ってデッドエンドと、それに続いてキーラは走り出す。
その速さは常人のソレではなく、この世界で一般的な移動手段として使われる馬よりも速かった。
「まっ――。クソッ! やはりこうなるか。あいつらならば大丈夫だと思いたいが――」
「相手があのメテオレイゲンですからね。ルクス君、ここでデッドエンド君達を失う訳には――」
「ああ、分かっている。おいっ! 急ぎ王宮へと繋げろ。許可を取り次第、我々も一隊を率いてリ・レストル村へと急行する。準備だけはしておけっ」
「ハッ!!」
デッドエンド達を止められなかったルクスとステラがそんなやり取りをする中、ナナは己の無力を心のどこかで呪いながらデッドエンド達が走り去った方向を見つめ。
「――絶対に帰って来なさいよ、バカシェロウ」
そう呟くのだった。
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