第4話『お似合い夫婦』



 騎士団長、ルクス・ガーランド。

 大スラム地区にて隊舎を構えるデッドエンドの前に現れた男。

 男はデッドエンドを一瞥いちべつし――


「何の用だ? ではないだろうデッドエンド。お前が王城に全く顔を出さないから俺がわざわざ来るハメになったんだろうが」


 ルクスは兜を外しながらデッドエンドへと文句を言う。

 そこから現れたのは屈強な男の顔だ。


 今年で32歳となるルクス。

 いくつもの戦場を駆け抜けた彼だからだろうか。その顔は歴戦の戦士とも言うべき風格を感じさせる面構えだった。


 そんなルクスへと、デッドエンドは気安く語り掛ける。


「わりぃわりぃ。俺もここから離れる訳にはいかなかったからよ。それに、お前や女王様は好きになれるんだが他の奴らと会うのが面倒でな……。頭が固いったらありゃしねぇ」


「彼らの頭が固いのではなく、お前が常識外れなだけなのだがな。大スラムに隊舎を構えるというお前の報告を聞いた奴らの顔は見物だったぞ? 狂人の所業だと王都で話題になった程だ」



「そうか? ここも平和な方だと思うがねぇ。今日もまだ一回しか襲撃はないんだぜ?」


「隊舎への襲撃が一日に一度あるだけで十分に物騒だろう。数ある隊の中でもここだけだと思うぞ。隊舎への襲撃が確認されている隊などな」


「ハハッ。そりゃ平和でいいこった」


 デッドエンドは手を叩いてアンタレルア共生国の平和っぷり万歳と称える。

 しかし――


「だけど、俺には合ってねぇな。

 ――あぁ。別に争いが好きって訳じゃねぇぜ? 平和万歳だしみんなで畑でも耕せるのならそっちの方がいいに決まってる。だが、別にこの国の全土が平和って訳じゃねぇだろ? こんなスラムなんて物があるくらいなんだからな」


 アンタレルア共生国は他国と比べて色々と緩い。ゆえに平和だ。

 しかし、その全土が平和という訳ではない。民を搾取する裏の住人などいくらでもいるし、盗賊に身をやつす者だって当然居る。


 だからこそ――


「どこかで無辜むこの民が傷ついているかもしれない。それを認識しながら目の前の平和を楽しむ事なんて俺には出来ねぇんだよ。だからこそ、俺はここ(大スラム)でいい。俺達がこの場に居る事で無辜むこの民達に降りかかる災厄が少しでも減るのならば軍属として誇るべき事だ。そうだろう?」


 デッドエンドは目の前の平和に決して飛びつかない。

 同じ国に住まう無辜むこの民が傷ついているかもしれないのに、自分だけが平和というぬるま湯に漬かるなど出来ない。できる訳がない。

 だからこその大スラム地区への隊舎設立だ。


 無辜むこの民に向けられる浮浪者の拳を少しでも自分達に向けよう。

 デッドエンドのそんな想いで大スラム地区に建てられた隊舎。

 それこそが共生国軍第49部隊隊舎だ。


「――全く。お前という奴は眩しいな。時々、無性に羨ましくなるよ」



 そんなデッドエンドの真っすぐさにあてられ、ルクスは苦笑する。

 そうしてルクスは、この場に来た目的を果たすことにした。



「まぁ、王城に出向けない理由についてはこちらで適当に言い訳しておいてやろう。

 だが、それとは別に隊の様子をしばらく見させてもらうぞ? 今日はソレもあってここに来たんだ。

 ――それとキーラ。お前たちが希望していた医療道具に関しては後方の馬車に積んである。保管場所の指示などは任せるぞ」


「畏まりました。しかし……隊の様子ですか? それはどういう?」


「あぁ、それか。なに、簡単な話だとも。一部の諸侯はお前たちの事を恐れているのだよ。お前たちが近い未来、大スラムを統一して共生国へと牙を剥くのではないか……とな」


「んなっ!?」

「まぁ」


 あっさりと裏の事情を二人へと公開するルクス。

 それに対して驚きを隠せない二人。

 無理もないだろう。なにせ、二人ともそんなつもりは欠片もなかったのだから。



「いやいやいや。たかが大スラムの一つや二つ統一したところで国なんてもんに立ち向かえるわけなんざないだろうが。上はどんだけ臆病なんだ?」


 そう言ってデッドエンドは否定する。

 それに対し、ルクスはため息をついて――



「くすくす。それが立ち向かえちゃうんですよね」



 デッドエンドの否定に対し、新たな存在が否と意見を挟む。

 ルクスが先ほどまで居た馬車の中から、その存在は姿を現した。



「ふぅ……こんにちは、デッドエンド君。前と変わらず熱血ですね。聞いてるだけで私……はぁ……お胸が熱くなっちゃいました」



 現れたのは黒を基調としたドレスを身に纏った童女。

 何があったのやら、身に纏っているドレスの肩紐は少しずれており、呼吸は少し荒かった。



「ステラか……。相変わらず夫婦仲が宜しいようで……」



 ステラ・ヴァーデクト。

 何を隠そう彼女こそが騎士団長であるルクス・ガーランドの妻だ。


 童女に見えて今年で117歳となる彼女。

 その耳は常人よりほんの少し長く伸びており、亜人種のエルフである事を示している。

 

 そのステラが今、デッドエンドの耳へとその小さな口を近づけ――


「ふふっ。羨ましいですか? それならデッドエンド君も今夜一緒に……どうでしょう?」


 会って早々デッドエンドを誘うステラ。

 それは小声で、デッドエンドやルクスにのみ聞こえる声量だった。

 今も治療を続けているナナや、馬車の護衛に居る兵士達に聞こえている様子はない。


 そんなステラの誘いをデッドエンドは、


「生憎と夫婦の間に入る程オレは物好きじゃねぇよ」


 迷うことなくステラの誘いを断るデッドエンド。

 それを認めるなり、ステラは一歩後ろに下がる。


「そうですか……残念です。別にルクス君は気にしないと思いますけど……」


「そうだ。俺は気にしないぞ」


「少しは気にしろっつぅんだよこのお似合い(色狂い)夫婦がっ!!」



 ピッタリと言えばピッタリのルクスとステラの様子に、デッドエンドは辟易へきえきする。

 先ほどのように、この夫婦は気の知れた相手にしかその本性を表さない。

 であればこそ、自分も知らないままで居たかったとデッドエンドはため息をつかずにはいられなかった。


「ステラ様。立ち向かう事が出来てしまうとは一体どういう事でしょうか?」


 そんなデッドエンドを助ける為か、キーラは話題を元の方向へと戻すべくステラへと問いかけた。


「あ、キーラちゃんも久しぶりですね。その後、デッドエンド君とはよろしくやっていますか?」


「ご想像にお任せします。それで、ステラ様――」


「全く……キーラちゃんはつれないですねー。分かりましたよ。えっとですね――」


 そう嘆息してステラは先ほどの続きを話す。


「この共生国は基本的に帝国や亜獣国、そして王国から逃げて来た人によって建国された国です。だからこそ他のどの国よりも歴史が浅くて、そして傷つけられる痛みを知っているからこそ平和をうたっています」


 傷つけられる痛みを多くの者が知る共生国は、だからこそ平和である。

 しかし、だからこそだろう。

 致命的なまでに殴るのが不得意であり――


「大仰に軍を49の隊に分けたりしていますけど、要はそうやって細かく隊を分けなきゃいけないくらい殴るのに慣れていないんですよ。実際に戦った事がない人たちで固められた第38部隊とかがいい例ですね」


 国が抱える軍ですらその体たらくなのだ。

 そこに大スラムという過酷な環境で生きた者達が団結し、戦いなれているであろう第49部隊隊長のデッドエンドらが指揮をとって共生国へと牙を剥けば――


「さすがに数が違い過ぎるので『勝てる!』なんて言いきれはしませんけれどね。それでもいい勝負はできるはずですよ? 大スラム地区が動けば他のスラム地区も動くでしょうしね。国としてはかなり困ったことになるでしょう」


「oh、マジか……」


「平和すぎるというのも考え物ですね」



 ステラのそんな説明にデッドエンドとキーラはそれからしばらく何も言えなくなる。

 価値観が帝国風に染まっている二人にとって国とは絶対の強者。一つの地区が反乱を企てた所で軍の一隊でも出せばすぐに鎮圧出来るのが当たり前という認識だったのだ。


 それなのに、一つの地区の反乱によって共生国事自体が揺らぐ事もあるだろうと聞かされ、あまりの価値観の違いに言葉を失ってしまったのである。



「という訳だ。まぁデッドエンド達にその心配はいらないだろうが、上にはそんな事は分からんだろう? そこで、お前たちが何か妙な動きをしていないか詳しく探るために俺とステラがここに派遣されたという訳だ」


「なるほどな」


「そういう事ですか……畏まりました。汚い所ではありますが、客人として歓待いたしましょう。宜しいですね、デッドエンド様? 」


「ああ」


 ようやっと両者の間ですり合わせを終えたデッドエンドとルクス。

 


 その時だった――



「ルクス隊長!!」



 ルクス率いる共生国軍第1部隊。

 そこに所属する兵の一人が血相を変えてルクスの下へと走ってきた。

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