第3話『大スラム地区』
デッドエンド達が朝食をとり終えてから数時間後、キーラは隊舎へと帰ってきた。
「――お見苦しい所をお見せして申し訳ありませんでした、デッドエンド様。キーラ、ただいま戻りました」
「いつもの事だし別に気にしてねぇよ。だからそっちも気にすんな」
「ありがとうございます。――して、この者達は」
隊舎へと帰還したキーラが目にした光景。
それは隊舎の前で折り重なって倒れているゴロツキ共だ。
「いつも通りだよ。隊舎に殴りこんできたんでな。少し
「少し……ですか」
キーラは折り重なっているゴロツキ達を眺める。
どれも最低でも骨の一本は折れている様子。放っておけば命を落としそうな者も居た。
「――全く。こんな所に隊舎を構えるなんてバカな事するからよ。これじゃいくら医療道具があっても足りやしないじゃない」
そう言って隊舎から出てきたのは赤黒く汚れた白衣を身に
その手には隊舎にて彼女が管理している医療道具がある。
「追加の申請は出しているのですけどね。治安上の問題で届くのが遅くなっているのやもしれません。なにせここらは物騒ですから」
「そうか? 俺はこの辺り、まだ平和な方だと思うがねぇ。襲撃も多くて一日二回くらいだしな。最近なんて襲撃されない日すらあるんだぜ? 平和だろうが」
「てい……アンタの地元と比較するんじゃないわよ! 襲撃がある事自体おかしいって言ってるのよ私は」
「まぁ無理もないでしょうね。なにせここ、
――共生国大スラム地区。
アンタレルア共生国は他国と比べて争いを是としない緩い国風なのだが、それでも例外は存在する。
その際たるものがアンタレルア共生国に点在するスラムであり、そのスラムの中でも最も物騒な場所の一つがここ、大スラムと呼ばれる地区だ。
そんな大スラム地区に、事もあろうかデッドエンドは隊舎を構えたのである。
そりゃ緩い国風なんて関係なく襲撃の一つや二つもあるだろう。
「いいじゃねぇか。ここに居る俺たちへと矛が向けば向くほど、
「実際、わたくし達の隊の殆どはデッドエンド様がそうやって調達した者で構成されてしまっていますからね」
デッドエンド率いる第49部隊。
編成時は50に満たない兵数の隊だったが、大スラム地区の者達を隊員として迎える事で現在は200人を超える隊となっている。
もっとも、編成時に居た兵の9割が隊の気性の粗さについていけずに辞めてしまったが。
「そのせいで私たちのお財布事情は常にカツカツだけどね。騎士団長さんが居なかったらとっくに私たち飢え死にしてるよ? そこら辺分かってる?」
「ハハハハハッ。そうなりそうなら仕方ねえ。隊の全員、武器なんて投げ捨てて畑仕事でもするしかねぇわなぁ。そん時は指導頼むぜ、ナナ?」
「嫌よ。刀や槍を振り回す人達に繊細な畑仕事ができるわけないもの。
――ねぇキーラ。この折り重なってる奴ら外に並べておいてくれる? ちょっと治療しづらいから」
「分かりました。――しかしナナさん。お一人で全員治療するのは大変でしょう? よろしければ重傷者以外の治療はわたくしの方でしておきましょうか?」
「ありがと。でも……いいかな。気持ちだけ受け取っておくね。キーラの治療って正直少し雑だし」
「雑……」
「――あ……ごめんなさい。で、でも大丈夫よ! キーラの治療の腕だって隊の中じゃ一番マシな方だからっ。だから安心して? ね?」
「そ……そうですか」
少し困ったように笑うキーラ。
その胸中に浮かぶのは『隊の気性の荒い男達と比べられても……』というものだった。
しかし実際ナナの言う通りで、キーラは誰かを治療するという行為が
逆に、誰かを傷つけたりといった行為なら大得意なのだが――
複雑な思いを抱きながら、しかしそれはそれ。
キーラはナナの指示通り、デッドエンドによって折り重ねられていた大スラム地区の者達を隊舎の前の地面へと寝かせていく。
ある程度丁寧に行われているその作業だが、それでも地面に寝かせられた者の幾人かは苦しそうに呻く。
ある程度の知識を持つナナからすれば『やっぱり雑だなぁ』としか思えない物だったが、いつものように『まぁ仕方ないか』と思いなおした。
デッドエンドに任せればそれこそ折り重なった怪我人達を一人一人放り投げていたであろう事を思えばなんて慈悲深い差配だろうと。そう自分に言い聞かせたのだ。
そうしてナナが怪我人たちの治療をする中――
「それでデッドエンド様。この者達はどうするのですか?」
「いつも通りだな。まだ俺たちや他の誰かに危害を加える恐れがあるようなら何度でも痛めつける。逆に、暴力でしか飯が食えねえっていうクズは隊に入れるか何かして生き残る術を与える。そうじゃねぇのは逃がしていい」
そんな甘いともとれるデッドエンドの選択に、キーラはニッコリと微笑み、
「心が折れるまで何度も何度も叩き潰し、その度にナナさんの慈愛に満ちた献身によって彼らを骨抜きにするという事ですね? さすがはデッドエンド様。強者にふさわしき鞭の振るい方です」
「んなつもりねぇんだが!?」
どこまで行っても物騒なキーラ。
そんなつもりなど欠片もなかったデッドエンドにとっては『俺をそんな人でなしみたいに言うんじゃねぇっ!』というやつである。
その時――
――ガラガラガラッ
デッドエンド達が居る隊舎に向け、大スラム地区には似つかわしくない豪華な馬車が何台も進んできた。
馬車の周りにはきらめく銀の鎧を身に着けた共生国軍の兵士たちの姿。
そんな威容もあって、大スラム地区の者達も目立ちまくっているこの馬車に手を出せないでいる様子だった。
「あれは……」
「なんでしょう? 見るからにわたくし達と同じ軍属の者達のようですが……」
「装備の質が良いな。となると一桁台の隊かねぇ」
共生国軍は今の所49の隊が存在している。
それぞれ特色や強さなどはまちまちだが、第1部隊から順に国から信頼されている隊という事になっている。
最近になって共生国軍へと入隊したデッドエンドは、隊の長を任されているとはいえ国からの信頼をほぼ得ていない。だからこその最下位とも言うべき第49部隊隊長という地位だ。
最も、デッドエンド自身が国からの信頼を得ていようがいまいが、隊員の多くが大スラム地区出身という時点で信頼など得られる訳もないのだが。
そうしている内に先頭の馬車が隊舎の前で止まる。
最初に隊舎の前に止まった馬車から一人の男が降りてきた。
その男だけ、他の兵士達とは違う装備だった。
他の兵士達と同じ銀色の鎧を着てはいるが、それらとは一線を画すほどの輝きをソレは放っていた。
さらに、男の背にある大剣。
普通の兵士たちの騎士剣と比べ、それはあまりにも巨大に過ぎた。
常人が振るえば剣に振り回されるであろう事が容易に想像できる。それだけ巨大で武骨な大剣を、馬車から降りてきた男は平気な顔をして背負っていたのだ。
そして。
そんな男の事をデッドエンドもキーラも良く知っていた。
彼は――
「よぉルクス。こんな所まで騎士団長様が一体何の用だ?」
騎士団長、ルクス・ガーランド。
それこそがたった今馬車から降りてきた男の正体だ。
同時に、共生国軍第1部隊の隊長を務める男でもある。
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