第2話『キーラ、キレる』


「よぉデッドエンドの兄貴。今日も嫁さん二人に起こされて羨ましい限りだなぁオイ」


「朝からお盛んなこって。そんなに元気なら後で俺らとりましょうや大将。朝食後の運動がてらいっちょ稽古でもつけてくださいよ」



 デッドエンド、キーラ、ナナの三人が食堂へと訪れると、そこでは数人の黒い軍服の男達が朝食をとっていた。


 獣耳を生やし、鋭い目つきをしている者。

 長い耳をピクピクとさせながら我関せずといった感じで黙々と食事をしている者。

 朝だと言うのに仲間と酒を飲みかわす者と……そんな様々な種族が食堂にて共に朝食をとっていたのである。


 ――突然だが、この世界には大きく分けて三つの人種が存在する。


 まずはデッドエンド、ナナ、キーラのような普通の人間種。

 特に秀でた能力こそないが、この世界で最も数の多い個体である。


 次に獣人種。

 獣耳を生やしたり尻尾が生えていたりと獣の特徴が色濃く表れている者たちだ。

 彼らはその特徴となっている動物の特性を一部引き継いでおり、身体能力も普通の人間種よりも比較的高い。そして、数も人間種には及ばないまでも数多く存在している。


 そして最後が亜人種。

 いわゆるエルフやドワーフなどといった存在である。

 亜人種と一括りにされているが、エルフであれば耳が人間より長かったり、ドワーフであれば成人でも小柄であったりとその外見的特徴は様々だ。


 彼らは人間種に比べても身体能力が高いとは言えず生殖能力も低い為、この世界では最も数の少ない種である。


 だが、だからと言って亜人種が他の種より圧倒的に劣っているかというとそうでもない。


 というのも、亜人種は他の種と比べて遥かに長命なのだ。

 なにより、彼らは他の種には使えない魔法などの特異能力を扱うことが出来る。



 人間種、獣人種、亜人種。

 そんな異なる三種族がこの食堂には一堂に会しているのだ。


 彼らこそがデッドエンドが現在率いている隊の隊員たち。

 共生国軍第49部隊の面々である。


 普通であればここまで多種多様な種族が交わるような事はない。

 

 しかし、ここアンタレルア共生国ではありふれた光景である。


 ――アンタレルア共生国。

 それは新興の国家であり、建国から100年も経過していない国の名前。


 国の掲げる主な理念はただ一つ。

 それは『全ての人種が分け隔てなく暮らせるように』というものだ。


 アンタレルア共生国は大陸であるレギンスレイヴェンの西部に位置する国だ。

 そして、レギンスレイヴェン大陸には大きく分けて四つの国家が存在している。


 まずは先ほど挙げた大陸東部に位置するアンタレルア共生国。


 次に大陸北部に位置する軍事帝国レスレクチオン。

 デッドエンド達が生活していた国だ。


 その次に大陸西部に位置する亜獣国家ルプスゲイナ。


 最後が大陸南部に位置するエル・カニカ王国だ。


 当然ながらこの四つの国家はどれも違う理念を掲げている。


 帝国が掲げるは『弱肉強食主義』。

 強ければ正義で弱い事はそれ自体が悪。そこに人種による差別など存在しない。


 亜獣国家ルプスゲイナが掲げるは『亜人・獣人至上主義』。

 人口の99%が亜人と獣人で占められるこの国家において、人間種とは自身達の敵であり、決して相容れない存在という扱いになっている。

 ゆえに共生など出来る訳もなく、ルプスゲイナにて生活を送っている人間種は全て彼らの奴隷である。


 エル・カニカ王国が掲げる理念は特にないが、その人口の80%は人間種、その他20%が他種族で成り立っており、人間種の割合の方が多い。

 四つの国のどれよりも古くから存在しているエル・カニカ王国。

 そのエル・カニカ王国国内では現在『人間種至上主義』なる考えが蔓延まんえんしている。

 人間種以外の他種族は基本的に奴隷として人間種に酷使されていたり、娼館で潰れるまで働かされていたりというような扱いを至極当然のように受けているのだ。

 それが現在のエル・カニカ王国である。


 最後にデッドエンド達が住まうアンタレルア共生国。

 アンタレルア共生国は『みんな仲良く主義』と言うべきか。謳っている理念は立派なのだが、他国の評価曰く『甘すぎる新興国家』というイメージだ。


 しかし、だからこそ他の国ではまず見られないであろう人間種と亜人・獣人種の共存という光景をこの国では日常的に見ることが出来るのである。


 ――さて。

 そんなアンタレルア共生国にて共生国軍第49部隊という隊の隊長を任されているデッドエンドだが、彼は隊が使用している食堂に来るなり隊員達に女二人も連れてきやがってとからかわれた訳だ。


 別に隊員たちが隊長であるデッドエンドの事を馬鹿にしている訳ではない。

 むしろ尊敬している。憧れてすらいる。

 しかし、だからこそ絡まずにはいられないのだ。


「ハッ――。そんなに羨ましいか? なら俺に勝てたらキーラの方は譲ってやるよ。キーラにとっても悪い話じゃないだろうし。なぁ?」


「――ええ、そうですね。デッドエンド様よりも強き益荒男にならばこの身を捧げる事に何の不都合もありません。デッドエンド様より強いという事は即ち、このわたくしよりも強いという事。より強き者にはべる事こそ女の幸せというものです」


 蠱惑的こわくてきな笑みを浮かべてデッドエンドへと声をかけた隊員二名を見るキーラ。

 先ほどまでの相手を立てようとする淑女然とした態度は消え去り、代わりに彼女から放たれるのは肉食獣じみた気配。

 元帝国軍人らしく、彼女の考えの骨子は『強き者is正義』である。

 だからこそ彼女の言葉に嘘偽りなど微塵もない。デッドエンドよりも強き存在が居るのならそちらに鞍替くらがえする事もいとわないのだ。

 

 デッドエンドの方も喧嘩上等といった様子。

 キーラほど尖った考えではないが、その辺りはやはり元帝国軍人。争うという事に対しての忌避感など一切ない。


 そんなデッドエンドとキーラという二匹の肉食獣を前に隊員たちはと言えば――


「クハハハハハハ。流石はデッドエンドの兄貴とキーラの姉さんだ。いつも通りぶっ飛んでやがる」


「――っしゃぁっ! 決まりですね。ならこれが終わったらすぐりましょうや大将。

 ただ……キーラ副隊長を景品にすんのはやめてくだせぇ。別に大将に勝てるとは思ってやしません。しませんが……そんなぎょせる訳もないバケモン景品にされちゃ勝ちたいだなんて思えないですよ……」


「ハハハハハハハッ。違いねえ。百や千の奇跡が重なってデッドエンドの兄貴に勝った末路が血まみれ淑女との生活だなんて命がいくつあっても足りねぇし報われねぇや」


「まさにその通り!!」


 二匹の肉食獣を前に隊員二人は怯む事なく、いつもと変わらぬ軽口を交わし合う。

 しかし――


「ふふふふふふふふふ。誰が血まみれ淑女ですか?」


「あ」

「やべ」



 調子に乗ってキーラにとって禁句である『血まみれ淑女』という単語を発してしまっていた隊員二名。

 その顔がここに来て初めて青ざめた。


「ああ、そうですね。確かにわたくしは獲物の扱いが少し大雑把なせいで敵の血を浴びてしまう事が多々ありますね。だから血まみれ淑女という訳ですか。なるほどなるほど。納得致しました。あぁ、今この瞬間も手元が狂ってしまいそう――」


 そう言って腰から身の丈ほどの長刀を抜くキーラ。

 無論、刃引きなどされている訳もない。それは今すぐ戦場にて使っても何の問題もないくらいの仕上がりとなっており。



「やべ……おい、行くぞっ!!」

「がってんだ! 兄貴、稽古はまたの機会にお願いします。俺らは朝の警邏けいらに向かいますんで!!」


 そう言って朝食をとっている最中だった二人は片づける間も惜しいと言わんばかりに慌ただしく食堂から飛び出す。

 無論、それを黙っているキーラではなく。


「お待ちなさい二人とも! 女性に対する暴言。せめてその血をもってあがないなさい!!」

「「ひぃぃぃぃぃぃっ」」



 叫び声を上げながら逃げた二人の後をキーラは追いかける。

 同じ隊に居るからこその気づかい? 否だ。そんな物などある訳がない。


 淑女たろうとしている自分に対して『血まみれ淑女』などという淑女にあるまじき蔑称。そんな呼び名は根絶せねばならないだろう。

 頭に血が上ったキーラは長刀を構えながらそんな物騒な考えを宿す。


 そうして三人が去った後の食堂では――


「はぁ……そんな感じに血の気が多いから『血まみれ淑女』だなんて呼ばれるんだってば。頭の良いキーラなら分かりそうなものなんだけどなぁ」


「クハハハハハハッ。いいじゃねえか。こういう息抜きがあいつには必要不可欠なのさ。それに、あいつもそんなに馬鹿じゃねぇ。本当に仲間を手にかけたりはしねぇだろうさ。そもそも、物騒じゃないキーラなんて想像もつかねぇしな」


「外見と中身であれほどギャップのある人も居ないよね……。普段の所作や外見はどこかの貴族の娘さんみたいなのに、蓋を開ければ強者大好きの戦狂いなんだもん。ホント、そういう所は元……アレだよね」


 そういう所は元帝国軍人だよねと。そう言外に言うナナに、デッドエンドは「違いねえ」と笑うのだった――



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