20:何もかもを飲み込む漆黒の霧
◆◆23◆◆
どうにかこうにか襲撃者であるヴァルゴをシャーリー達は撃退する。しかし、戦っていたウィニスの仲間の多くがひどいケガをしており、シャーリーが持つポーションでは数が足りない状態だった。
「うーん……」
重傷者を優先し、シャーリー達は治療する。どうにか態勢を立て直せるぐらいまでに回復者が増えるが、それでも現状が苦しいことに変わりない。
またヴァルゴに襲撃される前にみんなを回復させないと、今度はどうなるかわからない状態だった。
『うぅん――』
シャーリーがどうしようかと考えていると、背負っていたドロシアから声がこぼれる。
どうやら目を覚ました様子で、ドロシアは『あと五分ー』とまた寝ようとしていた。
シャーリーはそんな彼女をかわいらしく感じつつ、クスクスと笑い声をかける。
「寝ちゃダメだよ、ドロシアさん。起きて手伝って」
『うー、あと十分寝かせてー』
「ダメダメ。さ、起きて起きて」
シャーリーは紐を外し、背負っていたドロシアを下ろす。
改めて姿が戻ったドロシアを見るが、やっぱり本である。そんな彼女を見ていると大きなアクビが放たれ、心地いい寝息を立て始めた。
よっぽど疲れている様子だ。
おそらくドロシアはしばらく役に立たない状態だろう、とシャーリーは判断し今後を考え始める。
「うーん、これだとドロシアさんはしばらく寝てるなぁー。ポーションの数も足りないし、一旦集落に戻ったほうがいいかも」
手に入れた様々なアイテムもあるので、その整理を兼ねてシャーリーは一旦迷宮の外へ出ることを決断する。
ウィニスにそのことを告げようと顔を上げた瞬間、「大変だー!」という慌てた声が耳に入ってきた。
振り返ると何やらウィニスが青ざめた顔をしている。
どうしたんだろう、と思い見つめていると彼は仲間と一緒に外へ駆けていった。
「ホントにどうしたんだろ?」
シャーリーは心配になり、ウィニスを追いかける。そして外に並べて置かれている灯台を見た。七色ダイヤが輝きを放つ中、真っ黒に染まった漆黒のダイヤが目に入る。
まるで周りの光を喰らっているように見えるそれは、より一層闇を濃くしていた。
「これは……」
「ウィニスくーん、どうしたのー?」
「シャーリーさん。ちょうどよかった! 申し訳ありませんが、すぐにここを離れてください!」
「え? どうして?」
「説明は後でします。とにかく今すぐにでもドロシアさんと一緒に。でないとヴァルゴが――」
『そうはさせんッ』
険しい顔をしてウィニスがシャーリー達を逃がそうとしたその時、ひどく不気味な声が響いた。
途端に漆黒のダイヤから放たれる闇が広がり、全ての輝きを喰らっていく。
シャーリーは思わず目を見開いた。持っていた杖を掴み、身構えると闇は笑う。
『クハハッ、小さい。小さい光だな! これならひと飲みにできるわ!』
何かがシャーリーに迫る。シャーリーはそれを叩こうとしたが、ウィニスが横から割って入った。
そのまま押し出されるように倒されると、少し遅れて悲鳴が放たれる。
何が起きたのか。つい顔を上げて確認すると、そこにはモコモコの姿に戻ったウィニスの姿があった。
「ウィニスくん!」
「にゃ、にゃー……」
何かを訴えているウィニスだが、その小さな身体は持ち上げられていく。シャーリーは襲ってきた存在に目を向けると、そこには三つの首を持つ黒い虎がいた。
全長はシャーリーと比べものにならないほど大きい。
全身からは禍々しい黒い霧が溢れており、誰がどう見ても戦ってはいけない相手だと感じ取れるバケモノだった。
そんな黒いバケモノがとても小さなウィニスの身体を真上に放り投げる。
大きく口を開き、そのまま落ちてきた彼を丸飲みしてしまった。
「あ、ああ……」
『ククク、食ってやった。憎いあいつを食ってやったァー!』
「ウィニスくん……よくもウィニスくんを!」
『悲しいか? 悲しいな! なんせ奴はこのヴァルゴ様の腹の中だからなァ!』
「返せ、ウィニスくんを返せぇー!」
『ガッハッハッハッ! うるさい奴だ。なら一緒にさせてやる!』
巨大な三つ首の黒虎、いやヴァルゴは大きな足を響かせ、シャーリーへ迫る。
シャーリーは杖を掴んで立ち上がり、挑もうとした。だがおかしなことに身体がひどく重い。呼吸も苦しく、身体がとてもだるくなっていた。
思いもしない身体の変化にシャーリーは戸惑う。
次第に力が入らなくなり、ついには力が抜けて膝をついてしまった。
「うぅ、何これ……」
『ククク、ただの人間が俺に勝てると? 思い上がるな!』
「う、くっ。ウィニス、くん……」
お腹の中にいるウィニスをどうにか助けたい。しかし、今の自分は立っていられない。立ち向かう力も出ず、それどころか立ち上がれなかった。
次第に意識が薄れていく中、ヴァルゴが大きく口を開く。
このまま食べられちゃうのかな、と諦めかけた瞬間、赤い煌めきが閃いた。
『ぬっ!』
その閃光はヴァルゴの胸を焼いた。しかし、そのヤケドの痕はすぐに消える。
シャーリーは薄れていく意識の中、駆け寄ってくる女性の姿を目にした。とても綺麗で、強くて、頼りになる人だ。
そんな友達の姿を見て、彼女は安心し身体から力が抜けた。
「シャーリー!」
「う、うぅ……」
「バカ、頑張りすぎよ」
ドロシアは力なく呻いているシャーリーを抱きしめる。
そんな彼女を見て、ヴァルゴは嘲笑った。
高々に、楽しげに、バカにするかのように、力なく倒れているシャーリーを笑う。
『弱いなァー。ああ、弱い弱い。喰ったら腹を壊すだろうなァー』
「アンタっ」
『ああ、強い奴を喰えば美味いかもな。お前みたいな、強い奴をなァッ!』
ドロシアの眉間にしわが寄った。ヴァルゴを強く睨みつけ、力の限り拳を握る。
許せないという気持ちが支配し、彼女の心に怒りの炎が灯った。
「後悔させてあげる。私の、友達を傷つけたことを!」
三つ首の黒虎ヴァルゴは笑う。
見下し見下し、口を孤にして笑った。
赤い輝きと霧の闇がぶつかる。地面が抉れ、木々が悲鳴を上げ、そして迷宮内は煌めきと漆黒が渦巻き、混じり合った。
◆◆24◆◆
ヤビコ迷宮へ繋がる門の前。そこにはシャーリー達を心配するおじさんの姿があった。
石化した集落の人々を助けるために迷宮に入ってから丸三日。帰ってこない二人のことがとても心配で堪らない。
もしかしたら死んでしまったかもしれない、とさえ考えるほどだ。
「あぁ、早く帰ってこねぇーかな」
村人のことも心配だが、シャーリー達のことも心配だ。
おじさんが腕を組み、貧乏揺すりをしていると隣に立つダルシオがアクビを溢しながらこんなことを言い放った。
「心配しすぎだよ~。あの子、迷宮探索者なんだろ? 頼りになる仲間もいるみたいだし、大丈夫だよ~」
「相変わらず暢気だな、お前は。元気な姿をしっかり見るまで俺は心配で心配で堪らねぇ」
「じゃあ先に僕は帰るね。そろそろお昼寝の時間だし~」
おじさんは頭を抱えた。相変わらずマイペースなダルシオに呆れさえ覚えるほどだ。
ひとまず勝手に家に帰っていくダルシオを放っておいて、おじさんは二人を待つ。無事だと信じつつも、何かあった時のためにと考えて待ち続ける。
ふと、台座に光が集まってきた。どうやら誰かが迷宮から戻ってきたようだ。
「嬢ちゃん!」
光が晴れ、飛び散っていく。その中から出てきたシャーリーは、グッタリした様子で倒れていた。
おじさんは思わず駆け寄り、身体を抱き起こす。真っ赤に染まった頬に懸命に呼吸する姿を見て、慌てて額に手を当てるととんでもない熱があった。
「こいつはいけねぇ!」
おじさんはシャーリーを抱えてダルシオの家に駆けていく。
何が起きたのか。どんなことがあったのか。そんなこと、問いかけることもなく――
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