19:星の光すらも拒む漆黒

◆◆22◆◆


 静寂に包まれ、星の光すらも許さない塔の頂上にヴァルゴはいた。先ほど負った傷の一つである肩を押さえ、呻きながらうずくまっている。

 だが、痛みは激しくなった。

 どれほど歯を食いしばり、声を我慢し痛みを堪えても快方に向かう様子はない。


「クソが……!」


 痛みに耐えかね、つい言葉を吐き出してしまう。

 しかし、痛みは消えるどころか増していくだけだ。


 ヴァルゴは攻撃してきた女のことを思い出す。遠くからでもわかるほど美しい赤い髪をしていた。深紅のドレスがよく似合い、肩を隠す黒いカーディガンがその美しさを際立たさせる。


 そんな女を思い出すだけでもヴァルゴが腹が立った。

 あまりにも美しく、自分を圧倒するほど強い。何もかもがそろっているからこそ、グチャグチャに壊したくなる。


『相変わらず劣等感の塊ね』


 痛みに悶え苦しんでいると、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。振り返ると燃え上がるような赤い瞳を持つ女の姿がある。

 ヴァルゴは思わず吐き気がした。今、自分を見下ろしているこの女もまたとことん壊したい存在だ。


「何の用だ、ルーサ」

『主を呼び捨て。そういうところ、直したほうがいいわよヴァルゴ』

「悪いが余裕はない。用事がないならさっさと失せろ」

『あらあら、せっかく助けてあげようと思ったのに。つれないわね、アンタは』

「さっさと消えろ。殺すぞ」

『やれるならやってみなさい。石にしてあげるわ』


 ヴァルゴはルーサと呼んだ女性を睨みつける。

 そんな彼を見て、ルーサはつまらなさそうにため息を吐いた。

 今のヴァルゴなら簡単に殺せる。しかし、そうするメリットがない。それに邪魔者の存在がいる。


『はぁーあ、今回の口ゲンカはアンタの勝ちでいいわ。直してあげるからちょっとおとなしくしてなさい』

「どういう風の吹き回しだ?」

『こっちにも事情があるのよ。面倒な奴がやっといなくなったと思ったら、また迷宮探索者が来たし。おかげで儀式の準備が進まないったらありゃしない』

「儀式? お前、何をしようとしているんだ?」


『願いを叶えるようとしてるの。そのためには大量の贄が必要でね』

「ほう。っで、お前が俺を治療するメリットは?」

『邪魔されたくないの。今、アンタは仲間と敵対してるでしょ? ならそのまま暴れてくれればいい。そうすれば私は儀式の準備が進められる。互いにメリットはあるでしょ?』


 ヴァルゴはその話を聞き、「ああ」と頷いた。

 どんな儀式をして、どのような願いを叶えようとしているのか気になったが、すぐにどうでもいいと考えた。


 ヴァルゴの目的はかつての仲間達を殺し、壊し尽くすこと。特にリーダーとなっているウィニスを徹底的に壊したいと考えている。

 ルーサがどんな目的で何をしようとしているかなんて、正直気にも留まらない。


『にしても、妙な傷だね。塞ごうとしているのに一向に塞がらない。むしろどんどん組織を壊していく。壊れた箇所は砂のように崩れていくし、これは治しようがないわね』

「……俺は死ぬのか?」

『このままだとね。でもそれは私が困るから、奥の手を使うわ』


 ルーサはそういってあるものを胸の谷間から取り出した。

 それは折り畳まれている紙切れ。妙なことにどす黒い怨嗟が放たれており、ヴァルゴですら耳を覆いたくなるような声が響いている。

 彼女はそんな声を耳にし、うっとりとしていた。まるで恋に恋でもしているかのような少女の顔だ。


『いい音でしょ? 見つけた時、思わず聞き入ってしまったもの』

「何をする気だ……?」

『この紙切れ、すごい力があるの。触れるだけで私の姿が変わるほどにね。その力を使って、アンタを治してあげる』

「遠慮する」

『しなくていいわよ。変な傷は治るだろうし、それに近いうちにアンタに使おうと思っていたしね。でもまあ、従使者だったアンタじゃあ耐えられないかもね』


 ルーサはヴァルゴの顔を覗き込むように近づける。

 どこか怯えたヴァルゴの顔を見て嘲笑うと、不吉な言葉を放った。

 それはヴァルゴの未来が潰える意味となる。


『アンタなら確実に、面白いバケモノになるわ。理性も何もかも吹っ飛んで、欲望と私に忠実なかわいいバケモノにね』


 ふざけるな、とヴァルゴは叫ぼうとした。

 だが、妙なことに口が動かない。おかしなことに身体は逃げだそうとしており、気がつけばルーサに背を向けて転んでいた。

 そう、理性は理解していないが本能は感じ取っている。ルーサが手にする禍々しい紙切れの危険性を。


『怖がらなくていいわ。ちゃんと傷は治るから』

「やめろ、来るな」

『大丈夫、理性が飛んでも面倒見てあげるから。ああ、その場合は従順なペットとして躾けましょうか』

「来るなって言っているだろ!」

『ふふっ。さあ、ヴァルゴ。私の下僕になりなさい』


 戦うしかない。

 ヴァルゴはそう決意した。

 だが、おかしなことに身体が動かない。

 慌てて四肢を見ると、そこは石に変わっていた。


 ヴァルゴは何が起きたか理解できず、ただ顔を引きつらせた。

 そんな彼を見てルーサは笑う。哀れで哀れで、かわいいと笑う。

 ヴァルゴはそんな主に、怒りと憎しみを込めて叫んだ。


「メドゥサ・ルーサァァァァァ!」


 漆黒が塔を包み込む。

 星の光さえ拒絶する闇が広がっていた。

 そんな中、メドゥサ・ルーサは満足げに笑う。素敵なペットができたと高らかに笑って踊る。

 漆黒に染まりしバケモノは、そんな彼女に頭をゆっくりと下ろした。

 従順の証、下僕の証明、そして彼が堕ちた意味にもなる。


『かわいいわね。さっきとは大違い。ああ、かわいいヴァルゴ。ちゃんと私のいうことを聞くんだよ』

『承知した、我が主メドゥサ・ルーサよ』


 闇は一層色濃くなる。

 その真ん中で、メドゥサ・ルーサは下僕となったヴァルゴを愛でながら楽しく楽しく笑っていた。

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