18:戦闘! 裏切り者のヴァルゴ
◆◆21◆◆
七色の輝きに包まれる空間に、闇が差し込む。光が歪み、飲み込まれ弱る中、ウィニスはその真ん中に立つ存在を見た。
長い黒髪が逆立ち、鋭い眼光を向けるそれは勝ち誇ったように笑う。
かつては自分と同じ白を基調としていた仲間だが、今は深淵に包まれていた。
「無駄だ」
その身体に剣が迫る。しかし、その剣身は黒く淀む深淵に触れた瞬間、甲高い音を響かせて折れてしまった。
回転し、地面に折れた刃が突き刺さると攻撃してきた者の首を掴む。怪しげに笑みを浮かべた瞬間、その者は爆炎に飲み込まれ倒れた。
「ヴァルゴ、君はなんてことを――」
「これで三つ。今さらだろ、ウィニス?」
ヴァルゴと呼ばれた深淵は、睨みつけてくるウィニスを嘲笑う。圧倒的な力、誰も手出しができない強さ、負け知らずになれたことに心酔し高笑いを上げる。
誰も自分を止めることはできない。
そんな確信を持ったヴァルゴは、ウィニスにこう告げた。
「怖いか、怖いだろ? 怖がれ、俺を怖がれ! ひざまずくなら考えてやってもいい。だが、抵抗するならばわかっているだろ?」
仲間の安全か、敵への徹底抗戦か。迫られる選択に、ウィニスは唇を噛む。
もしこのまま戦えば、被害は甚大だ。だが、だからといって降参してしまえばどんな仕打ちが待っているかわからない。
どちらの死を選ぶか。その選択を迫られる。
「ククク、俺はどちらでもいいぞ。どちらにしても、楽しませてもらうだけさ」
「――ッ。君という奴はっ」
「さあ、どうする? 全てを懸けて戦うか、否か」
選べない。選べる訳がない。だがそれでも選ばなければならない。
ウィニスは仲間を見た。誰もが怯え切っており、戦意を喪失している。
このまま従えばどうなるかわかっているが、このまま戦っていても勝てる見込みはなかった。
「ここまでか……」
何もかも諦めようとしたその時だった。
突然、淀んでいた光が純粋さを取り戻す。美しい七色が満ち溢れ、その輝きにウィニス達だけでなくヴァルゴも息を飲んだ。
何が起きたのか。そんなことを考えていると一人の少女が現れる。
「私がそんなことさせない!」
七色に輝く杖を持ち、それを彼女は振る。途端にヴァルゴがまとっていた闇が吹き飛ばされ消えた。
思いもしないことにヴァルゴは目を大きくする。自身の力の源となっている深淵が消え去り、思わず自身の手を見つめるほどだ。
何が起きたかわからず、ヴァルゴは銀髪の少女を見つめる。すると彼女は、こう叫んだ。
「ウィニスくん、みんな! 今だよ!」
「シャーリーさん――みんな力を振り絞れ! 押し返すぞ!」
ウィニス達は立ち上がり、攻撃を始めた。
一人は接近し、剣を振る。一人はストロンガーで鉄の玉を撃ち込み、一人は何かをつぶやいている。
しかし、ヴァルゴはその全てを撃退した。
剣を振る者は拳で顎を撃ち抜かれ、鉄の玉を撃ち込んだ者は弾き返され、何かをつぶやいていた者は蹴り飛ばされる。
絶対的な強さが顕在し再び絶望感が支配し始める中、一人が突撃した。
それはウィニスだ。その手には槍があり、目にも止まらないスピードで走り抜けていく。
放たれる目にも留まらぬ突き。頭に放たれたそれを、ヴァルゴは躱した。
「チッ」
ヴァルゴは確かに躱したが、それは完全ではなかった。風が止むと、少し遅れて左頬に一筋の傷ができる。
思いもしないことにヴァルゴは後ろに下がり、大きく距離を取った。
ウィニスはというと、想定外のことに言葉を失っている。
先ほどまで攻撃が何も通用しなかった。そのはずなのに、傷をつけることができたのだ。
一体何が起きたのかわからず、彼はシャーリーを見る。すると彼女が持っている杖の先端に美しい七色の光があった。
「まさか、魔法……」
ウィニスは言葉にしてすぐにあり得ないと考え直した。
今を生きる人間は、魔法は使えない。その大きな理由が、精霊や使者がいなくなったことだ。
彼らと契約することで人は魔法が使えた。だが、シャーリーはその存在と契約していないただの人である。
「そうか、杖の能力か」
ウィニスは思い出した。シャーリーが持つ杖に組み込まれている仕掛けのことを。
何かを叩けばその元素が集まる仕組みの杖だ。その仕組みを使って彼女は光を掻き集めた。
七色に輝いているから、おそらく七色ダイヤを叩いたのだろう。
「これなら、対抗できる!」
シャーリーが施した仕掛けはわかった。ウィニスは希望を持ち立ち上がる。
しかし、ヴァルゴは不気味に笑い始めた。
その笑顔はまるで勝ち誇っているかのようなものだ。
「なるほど、相反する力を使って俺の深淵を吹き飛ばしたか。面白いことをするな。だが、あまり長く続かないようだな」
杖から放たれる七色の輝きが弱まる。
そう、シャーリーが持つタクティカルロッドの効果継続時間は三十秒だけ。だからこのまま押し返すのは難しい。
ヴァルゴはそれに気づき、勝ち誇っていた。一方ウィニスは、見えてきた希望が陰り、思わず奥歯を噛んでしまう。
しかし、シャーリーは強い眼差しでヴァルゴにこう告げた。
「今逃げるなら見逃してあげる。でも逃げないならどうなっても知らないから」
思いもしない選択肢の提示。ウィニスは驚き、ヴァルゴは笑った。
シャーリーだけで何ができる。ただの小娘が、勝てるはずはない。
「逃げる訳ないだろ、ガキが」
ヴァルゴがシャーリーを捕まえようと足を踏み出す。
深淵が戻り始め、身体から溢れようとする姿を見てウィニスは身構えた。
だが、その瞬間シャーリーは残念そうな顔をする。なぜならヴァルゴは間違った選択をしてしまったからだ。
「なら死んでも文句はないわね」
ヴァルゴが足を踏み出した瞬間、何かが煌めく。
それは左肩を貫通し、気がつけば右の太ももにも大きな穴があった。
ヴァルゴは何があったかわからず、崩れる。その瞬間、無数と思える煌めきが彼を襲った。
「ゴオォオオォォォオオオォォォォォッッッ――」
ヴァルゴは反射的に叫んだ。
まとっていた深淵を掻き集め、防御に回す。だが、それは全て赤い煌めきによって掻き消されてしまった。
手が、腕が、胸が、腹が、足が。様々な部分に穴が開いていく。
何者に攻撃されているのかわからないまま、ヴァルゴは逃げ出す。いや、逃げ出さざるを得なかった。
「やった……!」
ウィニスはヴァルゴを撃退したことに喜びを抱いた。
シャーリーは力を抜けている彼から視線を外し、ドロシアがいる空へ目を向ける。
ゆっくりと降りてくる彼女は、やれやれと頭を振っていた。
「結構、力が落ちていたわ。前だったら一撃であの程度は屠っていたんだけど」
「お疲れ様、ドロシアさん。とってもすごかったよ!」
「ありがと、シャーリー。でも、まだ終わりじゃないわよ」
ウィニスが仲間達に駆け寄り、治療をしている。その誰もが大きなケガをしており、生死をさまよっていた。
それを見たシャーリーは、すぐに駆け寄ろうとする。
だが、彼女が行動しようとした瞬間、ドロシアが倒れた。
「ドロシアさん!」
「ちょっと、魔力を使いすぎたわ」
「待っててください! すぐに呼んで――」
「大丈夫、寝たら回復するから。それよりも、ウィニスを手伝ってきなさい」
そう言ってドロシアは眠りにつく。
シャーリーはその姿を見て、仕方なく彼女から離れた。
治療をするウィニスにポーションを渡し、みんなを治していく。ようやく全員の治療を終えた時には結構な時間が経っていた。
気持ちよく眠っているだろうドロシアの元に戻る。するとシャーリーは思いもしない姿を目にした。
「ドロシア、さん?」
先ほどまで人の姿だった彼女が、本に戻っている。思いもしない姿に、シャーリーはただ目を丸くした。
心配になって耳を当てると、心地いい寝息が聞こえる。
無事であることを確認し、シャーリーは胸を撫で下ろしたのだった。
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