15:かつての思い出は夢となって

◆◆17◆◆


 温かな陽だまりと頬を優しく撫でていくそよ風。眠っている少女を見守る木々は、心地いい葉音を鳴らす。


 これは夢――大昔に起きたある日の出来事である。


 ただただ温かく、だからこそ気持ちよく少女は眠っていた。

 そんな少女に、小さな女の子が声をかける。


「先生、せんせい~」


 先生、と呼ばれた少女のまぶたが動く。ゆっくりと目が開かれると起き上がり、大きく背中と腕を伸ばしてアクビを溢した。

 とても気持ちよく眠っていたためか、その目はまだどこか眠そうだ。

 そんな少女を見て、女の子はちょっと頬を膨らませる。


「もぉー、先生。またお昼寝して。今日は錬金術を教えてくれる約束でしたよね!?」

「あー、そうだったわね。ごめんねシャルロット」


 先生と呼ばれた少女はニッと笑い、怒っているシャルロットの頭をワシワシと撫でた。

 しかし、シャルロットは不機嫌なままだ。約束をすっぽかされたこともあってか、まだ頬を膨らませている。


「こんなことで誤魔化されません。すごいレシピを教えてくれたら考えてあげます」

「げんきんだねぇ。そんなんじゃあかわいい女の子になれないぞ」

「今月に入ってスピード破局を三回やった先生にだけは言われたくありません! それよりもほら、早く立ち上がってくださいよ!」


 先生はシャルロットの指摘に苦笑いを浮かべる。

 確かに痛い指摘だが、どれもこれも無理矢理組まされた縁談で、自分からそう仕向けたために起きたことだ。

 まだまだ自由にすごしたい。それに、今面倒を見ている目の前の女の子が心配ということもあって離れたくないというのが本音だ。


 そんな師匠の気持ちを知らないまま、シャルロットは手を引いていく。そしてドーム型の小さな家に二人で入った。

 釜の半分まで入った綺麗な水が白い煙を吐き出し、フラスコやガラスの試験管といった器機は装置にセッティング済み。他にもすり鉢に布袋など、全ての道具がそろえられていた。


 しっかりと準備されている光景を見て、先生は感心する。

 シャルロットに振り返ると、彼女はえっへんと自慢げにして胸を張った。


「ちゃんと一人で準備しましたからね。さ、錬金術を教えてください、先生」


 これだと逃げられないな、と先生は苦笑いを浮かべる。

 仕方なく諦め、シャルロットが望む錬金術の講義を始めることにした。

 シャルロットは「わーい」と喜び、器機の前に立つ。そんな彼女の姿を見て、先生は懐かしむような顔をして微笑んだ。


 かつての自分もこうだった。

 先生と呼んでいた師匠がおり、その師匠から様々な手ほどきを受けたものである。

 全ては懐かしいこと。もう戻ることのない出来事であり、今となっては口にはできない過去だ。


 だからこそ先生はこう思う。目の前にいるシャルロットが悲しい想いをしないように立派になりたい、と。


「さて、やろっか。寝坊しちゃったから、その分バシバシやっていくわよ」

「寝坊したのは先生ですよ。お願いします!」


 二人は笑う。大きな運命がすでに始まっているなんてことに気づくことなく笑った。

 これは過去。すでに過ぎ去った一時の出来事。

 だからこそそれを思い出す夢。もはや戻ることのできない思い出だ。


 そんな夢を、ドロシアは見ていた。


◆◆18◆◆


 闇に包まれ、星が点々と輝く空が目に入る。

 温かな感触が身体を包み込んでいる中、ドロシアは目覚めた。まだ冴えない頭で周りを見渡すと、白いモコモコがたくさんいる。まるで身体を冷やさないように包み込まれている状況に、ドロシアは少し驚いた。


 一体何が起きたのだろうか。気絶する前のことを思い出そうとしていると、聞き慣れた声がドロシアにかけられる。


「ドロシア、さん……」


 視線を向けるとシャーリーが立っていた。その手には収まりきらないほどの様々な素材を抱えており、どうやら探索を頑張ってきたことが伝わる。

 ドロシアは彼女に労いの声をかけようとしたがその前にシャーリーは目を潤ませ、涙を流し始めた。


『ど、どうしたのよシャーリー!』

「よがっだぁー、ドロシアざんがいぎででぇー。このまま、目覚めないんじゃないがどっ」


 どうやらとても心配されていたようだ。そのことを知ったドロシアは、ちょっとだけ嬉しくなった。

 しかし、シャーリーが考えなしに無茶をしようとしたことを咎めなければならない。だからドロシアは、注意するためにこう言い放った。


『ありがと、シャーリー。でもあまり無茶しないでね。今度こそ死んじゃうかもしれないから』

「わがりまじだぁー」


 泣いているシャーリーは素直にドロシアの注意を受け入れる。ドロシアはそんな彼女の姿勢を見て、やれやれと頭を振るように自身を揺らした。

 ふと、白いモコモコの一匹がドロシアに声をかける。振り返ると、何かを訴えかけるようにそれは見つめていた。

 ドロシアは何を言いたいか理解し、だからこそこう口にする。


『もう大丈夫よ。ありがとっ』


 白いモコモコは満足そうに「にゃー」と鳴いた。

 ひとまず身体の調子を見るためにドロシアは飛び上がる。不思議なことに異常はなく、それどころか気絶する前よりも調子がよかった。

 死にかけるほどの傷を負ったはずだけどどうしたかしら、と考えているとシャーリーがこんなことを教える。


「あ、そうだ。ドロシアさん、ダンダリオンって人と知り合いなんですか?」

『ダンダリオン? 誰それ?』

「あれ? ドロシアさんと友達だって言ってましたよ。あ、ダンダリオンさんはモコモコが呼んでくれたんですよ。なんだかすごく綺麗で、男の人なんですが女の人と思えるほどで、あと使者とかどうとか言ってましたけど」

「使者!?」


 ドロシアはシャーリーの言葉に思わず大声を出してしまった。

 なぜ使者がこんな所に。というか白いモコモコは何者。

 そしてそんな使者が自分を友といったのなぜ!?

 などなど様々な疑問がドロシアの中で浮かぶ。


『え、えっと、何があったのか教えてくれる?』


 ドロシアは気絶している間の出来事を教えてもらう。

 すると賢者であるはずの自分でも理解できないことが起きており、結果的にわからないという結論に至った。

 ドロシアは考える。考えるがやっぱりわからない。

 ひとまず、考えることはやめてシャーリーに声をかけた。


『ま、まあ、話をそのまま受け入れることにするわ。にしても、使者と友達かー。私、何したんだろ?』

「悲しまれますよ、ドロシアさん」

『わかんないから仕方ないじゃない!』


 こうして元気になったドロシアは、シャーリーと一緒に探索を再開する。

 わからないことは後回し。いつかわかればいいな、と考えつつ迷宮の奥へ進んだのだった。

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