14:美しき使者

◆◆16◆◆


 オークを倒したものの、ドロシアがシャーリーを庇って傷を負ってしまった。シャーリーではどうしようもない状況の中、白いモコモコの呼びかけで一人の男性が現れる。

 絶世の美丈夫、いや使者ダンダリオンは警戒心を抱いている彼女に手を差し伸べた。

 その手を握った彼女を見て、ダンダリオンは優しく微笑んだ。


「あ、あの」

「願いはわかっている。それを助けたいのだろう?」

「は、はい! お願いします!」

「いいだろう。だが、助けるには対価がいる。相応のものでなければ私は力を使えない」

「対価、ですか」


 ドロシアを助けるために何かを差し出さなければならない。

 シャーリーは考えるが、何を対価に差し出せるか考えつかなかった。

 もし渡すことができるとしたら、今は自分自身の命しかない。


「真剣に考えすぎだ。そこまでの対価は求めていない」

「え?」

「お前が今渡せるものはなんだ? それを見せろ。そうすればいろいろと考えられる」


 まるで心でも読まれたかのような感覚だった。しかし、ダンダリオンの指摘のおかげでシャーリーは冷静になれた。

 今、自分が持っているもの。それを確認するためにウエストバックを漁る。


 その中にあるのは、探索に必要だと思ういくつかのポーションだ。これでどうにかできるかな、と不安を抱きつつダンダリオンに見せた。


「あ、あの、ポーションしかないんですけどいいですか?」

「品質を見せてもらおう」


 ダンダリオンは薬液が入ったビンを手に取り、観察する。

 透き通った黄金の液体。まるで自分から輝いているかのように見えるそれは、現状で売られているポーションとは違っていた。

 試しに栓を抜き、薬液を一滴だけ手の甲に落としてみる。

 すると不思議なことが起き、その雫は虹色に輝いた。


「なるほど、かなりの上物だ」


 ダンダリオンは嬉しそうに微笑む。

 顔を上げ、シャーリーを見つめると彼はこう告げた。


「このポーションはいくつ持っている?」

「えっと、四つです」

「なら二つもらおう。対価はそれでいい」


 シャーリーの顔がパァッと晴れる。とても嬉しそうな笑顔を浮かべ、ダンダリオンにポーションを二つ手渡した。

 シャーリーから対価を受け取った彼は、ゆっくりとまぶたを下ろす。


 何かを呟いた後、手にしたポーションが浮く。そのまま言葉を紡いでいくと、薬液が入っていたビンが割れた。

 液体がダンダリオンの周りで踊るように漂う。

 それは不思議な光景で、薬液が意志を持っているかのように思えた。


「さて、久々の魔法だ。媒体の質は十分。彼女の覚悟も確認できた」


 ダンダリオンは薄く目を開くと、シャーリーには理解できない言葉で何かを歌い始めた。

 頭の中に直接語りかけられるような声が響く。


 不思議なことに、シャーリーの身体の芯が温まり始める。

 それと共に、ドロシアに光が集まっていく。温かい輝きはだんだん大きくなり、彼女の全てを飲み込んだ。


「綺麗……」


 シャーリーはただ茫然と見つめる。

 それは今まで見たことがない美しい輝きだった。表現なんてできない。してはいけない。そう思えるほどの美しさだ。


 だが、それでも敢えて表現するならばその輝きは地平線から顔を出したばかりの太陽、と言えた。


 いつしかその輝きは消える。

 気がつけばシャーリーの手元にドロシアは戻っており、ぱっくり裂けていた表紙はすっかり元通りになっていた。


「これで心配はない」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ、時期に目が覚めるだろう」


 一度ドロシアを強く抱きしめた後、ダンダリオンに顔を向けた。

 助けてくれたお礼を言おうとしたその瞬間、彼の身体が消えかかっていることに気づく。

 思わずシャーリーが悲しげな顔をすると、ダンダリオンは優しく微笑んだ。


「そんな顔をするな。死ぬ訳ではない」

「でも……」

「機会があればまた会うさ。そう頻度は高くないだろうがな」


 悲しそうに見つめるシャーリーは、ただうつむいた。ダンダリオンはそんな彼女の肩に手を置く。

 そして顔を上げたシャーリーに、ある頼みごとをした。


「もしよければ、私の友を助けて欲しい」

「友達? モコモコのこと?」

「ああ。あとはそうだな、その胸に抱きしめているそれもだ」


 シャーリーは思わず息を止め、目を大きくするとダンダリオンは優しい笑顔を浮かべた。

 その言葉は何を意味しているのか彼女は把握しきれない。ダンダリオンはそれを理解しつつも敢えて、こう言い放った。


「大切な友だ。優しく面倒見もいい。だから、かけられている鎖から解放してくれ」


 ダンダリオンは消える。

 優しい微笑みを残して、消えていく。


 シャーリーは彼の言葉を噛みしめるようにドロシアを抱きしめ、再び前を向いたのだった。

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