5:錬金術の第一歩

◆◆5◆◆


 三人(主にシャーリーとアネット)で掃除し、すっかり綺麗になった家。それを見てドロシアは満足していた。


 そんな本からシャーリーは視線を外へ向ける。掃除に夢中になっていたこともあり、すっかり空は赤く染まっていた。

 僅かに暗闇も広がり始めており、もうすぐ夜だと告げている。

 アネットもそれを確認し、ランタンに火をつけようとした。


 その時、一台の馬車がシャーリーの家の前に止まる。三人が目を向けるとその荷台から荷物を出す。

 そこには木箱と大きな釜があり、家へと運び込まれた。


「ここでいいのかい?」

「はい、お願いします」


 木箱を持つ恰幅のいいおじさんがアネットに声をかけてくる。

 日焼けして黒くなった肌に白い歯が印象的な男性は、ガハハッと豪快に笑った。


「いやー、まさかアネットちゃんからオーダーが入るなんて驚いたよ。どうしたんだい、一体?」

「ふふ、素敵な人に助けてもらいましてね。そのお礼ですよ」

「素敵な人ぉ~?」


 おじさんはアネットの視線に合わせる。そこにはシャーリーがちょこんと立っており、見るからに田舎から出てきたばかりの少女にしか見えなかった。

 覗き込むようにおじさんは彼女を見つめる。

 シャーリーはシャーリーで戸惑っていると、おじさんはまた豪快に笑った。


「かわいらしいヒーローだな。ま、アネットちゃんを助けてくれたんだ。俺からもお礼を言うぜ、ありがとよ!」

「は、はい! えっと、どういたしまして!」


 大きな声でお礼を言われたシャーリーは、大きな声で返事する。おじさんはそんな反応をした彼女の肩を叩き、嬉しそうな顔をしていた。


 アネットはそんなやり取りをしている二人からドロシアへ視線を移す。

 本である彼女はおそらく真剣な眼差しで木箱の中にあるフラスコ類と、その近くに置かれた釜を満足そうに見つめていた。


『まあまあね。シャーリー、ちょっと悪いけどこの機器を全部綺麗に洗ってちょうだい』

「え? どうして?」

『錬金術をやるために決まってるじゃない。それに私じゃあ洗うことできないし』


 シャーリーはドロシアを見つめた。確かに本の姿をしているドロシアに機器の洗浄をしろ、というのは酷な話だ。


 仕方なくシャーリーはガラス機器を洗うことにした。アネットはそれを見て「手伝いますよ」と声をかけ、一緒に移動してくれる。おじさんはそんな女子達を眺め、なぜか満足そうに頷いていた。


「いい光景だ。カミさんが若かった頃は娘とよくあんな感じに食器を洗ってたもんだ」

『あなたはやらなかったの?』

「恥ずかしい話、関白宣言をしてたからな。今だとカミさんに頭が上がらないぜ」

『尻に敷かれてるのね』


 楽しげに会話を交わすおじさんとドロシア。二人は仲良く道具を洗っているシャーリー達を眺めつつ、適当な話題で盛り上がるのだった。


◆◆6◆◆


 道具の洗浄が一通り終わり、綺麗な布で水分を拭き取る。ドロシアはそれを確認した後、シャーリーにこう声をかけた。


『さ、錬金術をやるわよっ』


 シャーリーの顔に緊張が走る。ドロシアに学ぶ錬金術はこれまで触れたことのないものだ。

 できるかな、という大きな不安がある。だが、それと同じぐらいにワクワク感も胸に抱いていた。

 そんなシャーリーを見つめながらドロシアはこんな声をかける。


『そんなに緊張しなくていいわ。今回やるのは、簡単な抽出だから』

「そう言われてもぉ……」

『応用は後々よ。まずはそうね、井戸の水を汲んできてちょうだい。あ、あと中庭に生えてる植物を適当に摘んできて』


 シャーリーは言われた通りに井戸の水を汲み、植物を摘んで持ってくる。

 ドロシアはちゃんと指示通りに動くシャーリーに満足そうに頷きながらも、次なる指示を出した。


『よし、じゃあまずは水をフラスコに入れて。あ、半分ぐらいでいいからね』

「こう?」

『そうそう。次はこのガラス瓶を指定の場所に設置して』

「こうでいいの?」

『うん。あとはフラスコに管がついた栓をして、ガラス瓶に通したらこのランプに火をつけれて。それをフラスコの下へ置いてね』


 指示通りにセッティングし、シャーリーは小さなランプに火をつける。それをフラスコの下へ移動させ、ジッと見つめた。


 だんだんと水は熱を帯び、ブクブクと沸き立ち始める。気がつけば水が蒸発し、それが管を通ってガラス瓶へ。

 管を通っている間に冷えた水蒸気は水へと戻り、気がつけばガラス瓶には水が溜まっていた。


 シャーリーはそれを見て、「おぉーっ」と感心した声を上げる。

 ドロシアはそんなシャーリーの反応を嬉しそうに見つめ、笑った。


「これ、何なの?」

『ちょっとした簡単な抽出よ。水って綺麗に見えるようで小さな汚れやバイ菌がいっぱいあるのよ。だから飲んでも大丈夫なように蒸留水を作ったのよ』

「へぇー、そうなんだ。でもどうしてこれを作ったの?」

『これから作るのに必要だからよ。ま、たいしたものはできないと思うけどね』


 たいしたものではない、と聞き、シャーリーはとても簡単なものかと思った。しかし、ドロシアから放たれた言葉を聞き、すぐにそうでないと感じる。

 なぜならそれは、シャーリーが持つ常識ではとても高価な品物になるからだ。


『シャーリー、あなたにはこれからポーションを作ってもらうわ』

「ポ、ポーション!?」


 シャーリーは目を大きくし、口をあんぐりと開けた。

 ポーション、それは傷の回復手段が乏しい現代では大変高価な薬品である。そんなものを作ることになったシャーリーは、身体を震わせていた。


「ポーションって、それが生成できたらすごいですけど……」


 近くで聞いていたアネットとおじさんは、ちょっと疑い深い目でドロシアを見つめる。

 ドロシアは不安がっている一同を見て、頭を傾げた。


『どうしてそんなに不安がっているのよ?』

「だ、だってポーションは高価な薬品だし」

「ギルドでも調達が難しい品物でもありますし」

「調達するには何日もかかるもんだ。品質もあまりよくないもんばかりだしな」

『ふーん、そうなの。私が寝てる間に何があったのかしら?』


 一同の話を聞き、ドロシアは状況を理解する。

 しかし、いやだからこそドロシアは燃えた。ここでシャーリーが錬金術を獲得すれば確実に助けになると確信したからだ。


『ならなおさらね。シャーリー、これからどんどん錬金術を叩き込むわよ!』

「えぇー! そんなぁー……」

『何か特技が欲しいんでしょ! さ、ちゃっちゃとやるわよ!』


 こうしてシャーリーはポーションを作ることになる。

 アネットとおじさんは、ドロシアの指示を受け行動し始める彼女を見守るのだった。

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