2:不思議な本との出会い

◆◆2◆◆


 不安混じりの大きな期待を抱きながら手に入れた迷宮探索者のライセンス。

 それを与えてくれた受付嬢のお姉さんから細かな説明をシャーリーは受けていた。


「ライセンスにはランクが存在します。最大で五つあって、それは星の数で表記されます。個人の功績はライセンスに埋め込まれたクリスタルに記録されるのでご安心してください。ただ、更新は専用の機器に通さないとできませんのでお気をつけくださいね」


「は、はい! あ、パーティーを組んだ時はどうなるんですか?」

「そのパーティーでの貢献度が功績に変わります。ちょっと計算が複雑になりますので省きますが、個人活動と大差なくできますので自分の好きなスタイルでできますよ。ただ、シャーリーさんはまだ始めたばかりですからパーティーで活動するのがオススメですね」


 受付嬢のお姉さんのアドバイスを受け、ふむふむとシャーリーは頷いた。確かにまだ右も左もわからない状態で、どういう風にクエストをこなせばいいかわからない。ならどこかのパーティーに入っていろいろ教わってから考えたほうが無難である。


 よし、とシャーリーは立ち上がる。そしてお姉さんに「ありがとうございます!」と頭を下げた後、ロビーを見渡した。

 食事処にもなっているロビーには様々な人がおり、それぞれが談笑している。

 男ばかりのパーティーもあれば、鎧で身を包んだ女性が多いところ、シャーリーと同年代と思われる十代半ばぐらいの男女がいるパーティーなどがあった。


 シャーリーはとりあえず自分と歳が近いパーティーの人達に声をかけてみる。

 だがあまり芳しい返事をもらえなかった。


「アンタ、何か特技はあるか?」

「特技、ですか? いえ、特にないですけど……」

「じゃあダメだ。何か一芸となる特技がないとやってけないぞ。駆け出しなら特にな」


 こんな感じでパーティー入りを断られ、シャーリーは呆然とした。

 気を取り直して他のパーティーに声をかけてみる。だが、どこも似たような返事ばかりだ。


 断り続けること三十分。

 シャーリーはロビーの端っこにあるテーブルで肩を落とし、大きなため息を零していた。

 どこのパーティーも自分を入れてくれない、という事実に打ちのめされ、すっかり落ち込んだ様子である。


「うーん、特技かぁー。石ころの知識、役に立ちそうにないし……」


 迷宮探索者として生き残るために必要となるもの。それを一切持っていないシャーリーはどうすればいいか考え始める。


 シャーリーは見た通り、力はない。

 戦闘技術も持っておらず、かといって突出した知識もない。

 女性としての魅力はまだないうえに、音楽や絵画といった芸術的な才能も持っていない。

 そんな少女がどこかのパーティーに入ろうとしても難しい話なのだ。


「一人で活動するしかないかぁー……」


 誰かに教えてもらおうにも難しい。

 なら一人でやるしかない。手探りで進むことを考え、シャーリーは顔を上げると視線の先に一つの大きな本棚がある。

 彼女がそれを見つめていると誰かが声をかけてきた。


「パーティーに入れましたか?」

「あ、受付嬢の――」

「アネットと言います。見た限り、あまり芳しくないようですね」

「は、はい。お願いしてみたんですがみんなから『特技がないと難しい』って言われて」

「迷宮は何が起きるかわかりませんからね。人に気を回す余裕がないほど大変な状況になるとも聞きますから、だからそう言って断るのかもしれませんね」

「どうすればいいんだろう……私、鉱物は好きですけど特技なんてないし」


 シャーリーの悩みを聞いたアネットは、ニッコリと笑って後ろにある本棚へ振り返った。シャーリーの目にも入ったそれを見て、彼女はこうアドバイスをする。


「なら、作ればいいんですよ」

「作るって、そう言われても……」


「なら本ですよ。すぐに手に入れるには難しい技術はありますが、知識はあっても困りません。鉱物の知識があるならそれと関連させて覚えればいいです。あ、そうそう。あそこの本はギルドマスターのものですけど、好きに読んで大丈夫ですよ」


 うーん、とシャーリーは唸った。

 だが、すぐに特技ができないのも事実。ならばアネットのアドバイスに従い知識を蓄えてみるのがいいかもしれない。


 ひとまずシャーリーは立ち上がる。アネットにお礼を言い、数冊の本を手に取った。

 そのまま本をテーブルへ運び、読み始める。

 何か役に立つものがあれば、と必死になって目を通した。


 アネットはそんな彼女の姿を見て、満足そうに笑う。

 そして静かに立ち上がり、持ち場へと戻っていった。


「ハァァ……」


 だが、集中力なんてそう長くは続かない。普段本を読まないシャーリーではものの十分で飽きてしまった。

 続けようとするがどうしても読むことができない。

 それどころか美味しそうなご飯に目移りする始末だ。


「おなかすいたなぁー」


 ご飯を食べたい。だが食べようにもお金がない。

 シャーリーはため息を吐きながら本を置く。その瞬間、ザラザラとした感触が伝わってきた。


 視線を落とすと、手に一冊の本がある。

 それは表紙に〈ドロシア〉という文字が表記されていた。


「こんな本、持ってきたかな?」


 シャーリーは何気なく手に取る。なぜか封がされており、ちょっとだけおかしいなと彼女は感じた。

 だが、このままでは読めないので勝手に封を切る。

 そしてゆっくりと、最初のページを開こうとしたその瞬間だった。


『フオォオオォォォオオオォォォォォッッッ――』


 大きな声が放たれると共に、猛烈な風が吹き荒れる。

 テーブルに置かれたパスタや具材、パンなど様々な食事が飛び交う中、シャーリーは何が起きたかわからず目を大きくして宙に浮いている本を見つめた。


 突然のことにロビーにいた人々は反応が遅れる。そのため、風に吹き飛ばされほとんどが身体を壁や床に打ち付けてしまった。


 大惨事といえる光景が広がる中、風が止む。

 そしてそれを引き起こしていた本はゆっくりとシャーリーの前に舞い降りた。シャーリーはポカンとした顔で見つめていると、本から思いもしない問いかけをされる。


『あら? 見たことのない顔ね。というかここはどこ?』


 人の言葉。まるで頭に直接伝わるかのような響く声だ。

 シャーリーは不思議そうに見つめながら、頭を傾げてそうな本に答えた。


「え、えっと、ここはユルディアっていう都市です。あ、あの、あなたは?」

『あら、見てわからないの? なら仕方ないわね。私はドロシア。賢者ドロシアよ』

「ごめんなさい、聞いたことないです」

『ハァ!? 聞いたことがないって、どういうことよ。というか私を見て、わからないってどういうこと?』


「どういうことって、どういうことですか?」

『私の姿よ、す・が・た! ま、わからないなら仕方ないわね。私のこの美しい姿に魅了されなさい』

「え、えっと、その、どうすれば魅了されるんですか?」


 シャーリーは本のドロシアに問いかける。その言葉を聞いたドロシアは、とても不思議そうにシャーリーを見上げていた。

 何かを考え始め、行動し始める。

 しかし、シャーリーから見るとただ本が独りでに立っているようにしか見えない。


『ねぇ、あなたから見て私はどう見えるの?』


 震えた声でドロシアが問いかけてきた。

 シャーリーはどう答えるかちょっと考えてみたが、すぐに正直に答える。


「本に見えます」

『え? 本?』


 ドロシアは確認する。

 落ちている銀色トレイを覗き込み、自分の身体を。

 そして理解する。自身の身体が、人でないことに。


『何これぇええぇぇぇえええぇぇぇぇぇッッッ!!!』


 ドロシアは絶叫する。

 それはギルドの外まで聞こえるような大きな大きな声だった。

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