第16話
「実は、片思いしてる人がいるの」
紅色に染まった顔。
もじもじと恥ずかしそうな足。
チラチラと俺の様子をうかがう瞳。
そんな恋する乙女になっているのは他でもない、蘭さんだ。
部活動に裏アカを使って脅されたとき、考えもしなかった女の顔。
蘭さんがこんな顔を俺に向けてきたのは、少し前に遡る。
オカルト研究部に入り、今日で二日目。
この部活の主な活動内容は『オカルトの研究』である。そのため、俺はてっきりなにかするのかと思っていたが、部屋の中で待っていた蘭さんは椅子を2つ使い、その上で横になっていた。
人に見せないような、だらけきった姿。
おじさんのように背中をボリボリとかいていた姿を見た俺は、突然部屋の外に連れ出され……。
「実は、片思いしてる人がいるの」
今に至る。
正直またなにか脅してくるんじゃないのかと勝手に思っていた。が、誰もいない廊下でされたのは片思いをしているという告白。
「片思いしてるっていうのはわかったんですけど、それがどうしたんですか?」
「あ、大丈夫。柳さんに片思いしてるんじゃないから」
「別にそんなこと一言も言ってないんですけど……」
なんか振られた気分。
「んんっ。片思いしてるんだけど、その……私は片思いの先輩としていろんなことを教えてもらいたいなって」
そう言い、蘭さんは目を逸らした。
この様子を見る限り、どうやら本気で片思いしているらしい。
「いろんなことって具体的には? 正直に言いますけどこういうのって、片思いの先輩じゃなくて恋の先輩に聞いたほうがいいと思うんですけど」
「片思いをそのまま片思いで終わらせない方法とかなんだけど……。ふふっ。というか、私にそういうこと聞ける人がいると思うの?」
首ををグニョっと曲がらせ、不吉な笑みを見せてきた。
危ない危ない。今の話題はパンドラの箱だった。
美少女で、男子からとてつもなく人気がある人も色々苦労してるんだな……。
「か、片思いで終わらせない方法ですか……。俺もまだ成功してるのかわからないんですけど、自分の気持ちを面と向かって伝えることは大切だと思います」
「ふーんなるほど。じゃあ私も裏アカしよっかな」
「いや、それとこれとは別というかなんというか……。やっぱり、直接自分の気持ちを本人に伝えたほうがいいんじゃないですかね」
「たしかに」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
凛香さんは何でもできる女性だ。
成績は断トツで、すべて学年で五本の指に入るほど。以前家庭教師を呼ばれると言って嘆いていたが、逆にその成績を一人で叩き出しているのが意味不明だ。
そんな凛香さんは体育では、血気盛んな男子に引けを取らないほど運動神経抜群だ。
そんな凛香さんが部活に入るとどうなる?
そう、他の部活の人が黙っていないのだ。
「九条さん! あなたなら必ず全国大会に行けます! なのになぜそんな部活なのか怪しい部に入部したんですか!?」
「九条!! お前の一本背負いは世界を取れる!! 柔道部へこい!!」
「あ、あなたの肺活量や楽器の扱いは完璧なんです。だから、その、吹奏楽部に来てください……」
「なぁ、九条。一緒にサッカーしないかっ?」
「九条様。私どもにはあなた様の知力が必要です。ぜひ科学部に」
「九条ちゃん。九条ちゃんのスリーポイントシュート、また見たみたいな。今から女子バスケットボール部に入って、一緒にバスケしない?」
小さく、人が数人入ることができる部屋がぎゅうぎゅう詰めになっている。
もちろんこの事態を凛香さんが見過ごすわけもなく。
「申し訳ないんだけど、私はもうこの部活に入ることにしたの。勧誘をするのはやめてくれない? はっきり言って迷惑なの」
凛香さんの冷たい言葉。それを言われた部活に勧誘しに来た人たちは、顔をうつむかせながら部室から出ていった。
「あ。柳くんと蘭、二人ともどこ行ってたの?」
「ちょっと廊下の方で……」
「おねえちゃんは別に心配することじゃないよ」
蘭さんは俺の言葉を遮ってきた。
片思いしているということは、言われたら嫌なことだったっぽい。
凛香さんは「?」と納得いっていない様子だが、本人が止めてきたのでこれ以上は口にできない。
「ささっ。ほら柳さんも、一緒にオカルト研究しよ! なんたってここはオカルト研究部なんだからっ!」
きらぁ〜ん、と白い歯を輝かせる蘭さん。
「……わかった」
俺は凛香さんの隣の席に座った。
「今日はなにやろうかなぁ〜」
蘭さんの声色からわくわくが伝わってくる。
それにしても、蘭さんはいつもこの部室で一人オカルト研究をしてたんだな……。
俺は話を耳に入れず、部室を改めて見渡していると。
「っ!?」
部屋の隅っこにちょこんと座っている人がいることに気が付いた。
ぼさぼさとした、目を覆い隠す前髪。
ところどころ破れており、ボタンが何個か外れている不良のような学ラン。
まるで俺たちのことを見守るかのように体育座りをしながら、無言で見てきている。
「り、凛香さ……」
「ん? なに?」
「あ、あそこに知らない男の人いるんですけど知り合いですか?」
「うーん。私はまだ一度も喋ったことないから、知り合いだとは言えないかな」
凛香さんは俺とは違い、冷静に返答してきた。
幽霊ではないことがわかったが……。
この男の人って誰なんだ?
改めて男のことを観察すると、男の靴紐の色から同じクラスの人なのだということがわかった。そして、文字が消えて正確には分からないが『内藤』と書かれたネームプレートがあることも。
たしかこの部活には同学年の幽霊部員がいると言っていた。
もしかしてこの人って。
俺は恐る恐る声をかけよかと思っていたが、それより先に男に声をかけた人物がいた。
「ちょっと
蘭さんは当たり前のように内藤さんに喋りかけた。
話し方的にやっぱり幽霊部員の人らしい。
「……だ」
「なんて言ったの?」
「嫌だ」
「それって私の隣に座ることができないってこと?」
「い、いやそういうわけじゃなくて。この部室に知らない人が二人いるから……」
「何? もしかして内藤ってば、柳さんと凛香のこと見てビビってるの?」
「ビ、ビビってなんかないし!」
「なら早く私の隣に座って? ほらは、や、く」
蘭さんの圧に負けて俺たちに怯えながら、正面の椅子に座る内藤さん。
少し絡みを見てわかったが、なるほど。
片思いしている人というのは、そういうことか。
「うぅ。どうもはじめまして。一年の
内藤さんはか細い声で自己紹介をしてきた。
「あ、俺も同じく一年の柳貴斗です」
「私も同じく九条凛香。そこにいる蘭の双子の姉だよ」
「…………」
自己紹介は終わったが、内藤さんからの返答はない。
内藤さんは下を向いていて、蘭さんがさっきから心配そうにチラチラ顔を覗いているのには気付いてなさそう。
俺たちがいるせいで、普段通り喋れないんだろう。
蘭さんが片思いをしている相手。
今は二人っきりになるチャンスだ。部活のことは忘れて、俺たちおじゃま虫は退散することにしよう。
「凛香さん。そういえば俺たち、教室でやることあった気がします」
「……やること? なにそれ」
「たとえ凛香さんが覚えていなくとも、俺は覚えていますよ。オカルト研究部の二人には申し訳ないですが、こればかりはやることのほうが重要です」
「よくわからないけど柳くんがそう言うのなら教室に戻ることにする」
「二人ともじゃあねぇ〜」
蘭さんの言葉のお陰ですんなりと部室を出ることができた。
退出する寸前、蘭さんの顔は「頑張るから!」とでも言わんばかりのやる気に満ち溢れた顔になっていたので、何も心配することはなさそうだ。
いや、本来なら自分のことを心配をしたほうがいいんだけど。
「ねぇ柳くん。それで、私たちが教室でやることってなに?」
凛香さんに一切説明をしないまま、教室についてしまった。もちろん教室には誰もおらず二人っきり。
どうしたらいいんだろう?
蘭さんの秘密はバラしちゃいけないし……。
「あ、はっ。ははは……。もしかしたらそのやることっていうの、なにかの聞き間違いだったかもしれないです」
「柳くん、なにか私に隠し事してない?」
ギロッと怖い目を向けてきた。
反射的に何も言わないぞと決心をしたが、徐々に後ろに押し込まれ。
いつの間にか背中が壁にぶつかっていた。
「なんで逃げようとするの? やっぱり柳くんってば、私になにか隠し事してるんだね。……もしかしてさっき二人っきりになってた蘭のこと?」
「っ!」
「やっぱりそう言うことだったんだ」
だめだ。
俺は凛香さんの隠し事なんてできる気がしない。
「柳くん。柳くんは私のことが好きなんだよね?」
「も、もちろんです」
「じゃあさじゃあさ、なんで蘭と二人っきりで喋った内容教えてくれないの? もしかして私に聞かれちゃまずいことでも話してたのかな? 私に都合の悪いことでも話してたのかな?」
目がやばい。瞬き一つせず、キマってる。
なぜか……怒っているようには見えない。
どちらかというと、心の枷が外れてしまったような。
「なんで黙ってるの? 黙ってるってことはそういうことなの? なんでなんでなんでなんで」
「俺は別に凛香さんが思うようなこと喋ってないので、一回落ち着いてください」
肩に手を当てそう言ったが、凛香さんが聞き入れることはなく。
「でもでもでもでも、結局喋っていた内容は言ってくれないんだね。私のこと好きなのに教えてくれないんだ。好きなのにね」
「もちろん好きですよ。でも、こればっかりは蘭さん次第ですよ。喋ったって言っても、それは蘭さんからの一方的なものでしたから」
「ふーん。そうやって言い訳して、私にはその内容は教えてくれないんだ。柳くんは好きな人より、別の人のことを優先するんだね。そっかそっか……」
狂気を体現したような顔だった凛香さんは、途端元気がなくなった。
脱力して、俺の足元に崩れ落ちて。
……片思いしている人のこんな姿を見て、もう我慢なんてできない。
「凛香さん聞いてください。秘密にしないと蘭さんになにか言われるかもしれませんが、もう何を喋ってたのか言います」
蘭さんは片思いをしていて、その助言を頼まれたこと。包み隠さず全部話してしまった。
多分蘭さんも片思いをしている内藤さんからこの手の質問をされたら断ることはできないだろう、と思いながら話していたのであまり罪悪感は感じなかった。
「そっかぁ〜。蘭が片思いねぇ〜」
凛香さんは声色が元に戻り、その場にニョキッと立ち上がった。
もう枷が外れた様子ではない。
顔も元に戻っている。
「じゃあ、私たちは先に帰ろっか!」
先程までの問い詰めは何だったのだろうか?
もしかして蘭さんと二人っきりで喋っていて、嫉妬したのだろうか。
「帰ろぉ〜帰ろぉ〜」
もしそうだとしたら、これ以上の喜びはない。
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